36『ホーミング』
侵食世界となったこのバルメドールで、僕だけが放てる『規格外の武器』――緊縛の鎖。
その赤い鎖が、襲い来るリュルルを打ち飛ばした。
これまで守られるだけだった僕の初めての攻撃が、予想以上の威力を発揮した事に、自分の事ながら息を呑む。
「ショーカ⁉︎」
マルヤが声を上げ、それに並ぶヴェルカノンとアロエットも、僕の行動に目を見張っている。
特にヴェルカノンは、「手を出すな!」と命じた僕が、まさか防御ではなく攻撃に転じるとは思っていなかっただろうから、その驚いた顔は、いつもの冷静さを欠いた彼女らしからぬものだった。
だが、そこは歴戦の戦女神――ヴェルカノンはすぐに気を取り直し、この好機を逃すまじと自身も戦闘に加わるべく、前に出ようとするが、
「大丈夫だ、ヴェルカノン。僕にまかせて」
今度は、僕は静かな声でそう言った。
「う……うへっ、うへへへへーっ!」
洗脳により、再び戦うだけの野獣と化したリュルルが立ち上がる。
これで正気に戻れば――と淡い期待を抱いていたが、今度の洗脳は強力なのか、もしくは僕の鎖の威力が弱いのか、ヴェルカノンの一撃みたいにはいかない様子だった。
そして体勢を立て直したリュルルが、また僕へと向かってくる。
その軌道は真っすぐ直線的。おそらく彼女の野生は、まだ僕を警戒するべき敵として認識していないのだろう。
ならば、こちらもまた同じ攻撃を繰り出すまでだ。
「緊縛の鎖!」
蛇の様にうごめく鎖が、僕の両手から打ち放たれる。
鎖は一定時間で雲散霧消するので、確実かつ効率的に運用しなければ固定武装に負ける。
言ってしまえば、撃ったら終わりのミサイルの様なものだ。当たらなければ、どうという事はない。
リュルルもそこは見抜いているのか、左右に大きくジグサグ走行しながら、鎖の軌道を真っ赤になった目で見極めている。
さっきは不意打ちの様な形だったので、難なく当てる事ができたが、やはり子供とはいえ戦女神に同じ手は二度は通用しない様だ。
だが――
「グヘヘッ!」
再び鎖を食らったリュルルが、もんどり打ちながら、後方に吹き飛んだ。
「――――!」
皆、呆気に取られた顔をしている。
なぜ単純に前に放っただけの鎖が、複雑な軌道で迫るリュルルに当たったのか、理解ができないのだろう。
でも、僕は心の中で、この成果に納得していた。
「う……う……うひぇーっ!」
立ち上がったリュルルも、この不可解な結果にようやく警戒心を抱いたらしく、今度は無闇に特攻するのではなく、僕の隙を伺おうとしているのか、ひとまず遠巻きに疾走するという撹乱戦法に出てきた。
それでも――僕の鎖からは逃げられない。
「緊縛の鎖!」
三度、放たれる鎖。
その赤くうごめく軌道が、高速で走るリュルルの背中を追尾する。
僕はこの権能の特性を、これまでの戦いで理解した。
『緊縛の鎖』は、目付神が戦神を強制的に縊り殺せる――戦神たちに課せられた理不尽な足枷だ。
だが強制的とはいえ、そこには能力差による成果の違いは出る。
実際、天界でマルヤがヴェルカノンに放った鎖は、すぐに断ち切られた。
それはマルヤの能力が、ヴェルカノンを下回っていた事を意味している。
マルヤの言葉を信じるならば、僕の鎖はそれらの常識を無視した――『規格外』らしい。
まずは、対戦神用の権能が封じられたこの侵食世界で鎖が放てた事。
それと僕の鎖が、拘束したヴェルカノンを強化した事がそれを物語っている。
でも僕は、それだけでなくもっと根本的な部分で、自分の鎖の能力に注目していた。
僕の鎖はこれまで、対象はヴェルカノンだけだったが、あまりにも容易に目標を捕捉している。
「く、鎖がリュルルを追いかけている!」
状況に気付いたマルヤが声を上げる。
そう。僕の鎖が、高速で疾走するリュルルを追いかけている。
例えるなら、これはミサイルが電波を感知して対象を追尾する――いわゆるホーミング誘導に似ている。
これが僕の鎖の第三の力――目標を自動追尾する『ホーミング・チェーン』だ。
対象はおそらく戦神に絞られるのだろうが、ヴェルカノン以外にもそれが有効な事を確認して、僕は自分の予想が合っていた事に胸の昂りを覚える。
リュルルを追う鎖が一本消え、また一本消え――そして最後の一本が遂にリュルルの背中を捉えた。
「グヘッ!」
背中を強打されたリュルルが、また絶叫を上げながら、高速で走り回った勢いそのままに前方に転げ回る。
ヴェルカノンでさえ、あれほど苦戦したリュルルの高速移動に、僕の権能は完全に対応している。
どころか、戦況は僕が圧倒的に優勢な展開だ。
でもリュルルだって、きっとこのままでは終わらない。
彼女はまだ、すべての手の内を見せてはいない。
超高速移動による残像を利用した必殺技――『十体分裂』が、まだリュルルには残っている。
みんなが僕の戦いぶりを、息を呑んで見守っている。
その中にいるヴェルカノンと不意に目が合う。
彼女の視線は――この後、十体分裂が来ますよ――と訴えかけていた。
それに僕も無言で頷き返す。
「うがっ、うがっ!」
立ち上がったリュルルが、本能のままに叫ぶ。
ここまで三度、僕の鎖を食らった彼女の怒りは頂点に達している。
――次の攻撃で、必ず十体分裂を繰り出してくる。
それに僕は、両手を前に突き出して迎撃姿勢を取る。
同時に、また体が重くなっていくのを感じる。
これだけ鎖の連射をした事はなかったので、それも無理のない事だ。
次で勝負を決められなければ、きっと僕の体力が先に尽きてしまうだろう。
つまり――次で勝負が決まる!
「うがーーーっ!」
咆哮と共に、リュルルが超高速移動を開始する。
そして、その体が一体、また一体と分裂し、予想通り僕は十体のリュルルに囲まれるという展開になった。