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分かちがたい二人


「調子は如何ですか、お嬢さん?」


「少し黙ってて」


 侠一郎は肩を竦めて、成り行きを見守ろうとしたが、そうしたところで火澄に良い考えが浮かぶということはありえなさそうだった。

 なんだかんだ言っても、所詮は十代の少女であり、これまでの人生は戦ってさえいれば衣食住は保障され、大金を入手する手段など思いつく様な人生を送ってはいないのだから仕方ないとも言える。


「まぁ、黒桜市から出さえしなければ支払いは待ってくれるだろうから、ゆっくりと金を稼ぐ手段でも考えればいいんじゃないかな?」


 自分が立て替えた分に関しても多少は待つということも侠一郎は伝える。

 踏み倒すことなどはありえないのだから、支払いに関しては厳しくはない。

 なにせ踏み倒しなどすれば、その時点で蘇生術を切られて、死人に逆戻りなのだから払うしか火澄が生き続ける為の道はない。


「幸い、神名さんみたいに戦える人向けのバイトもあるわけだし、ちょっと頑張ればすぐに返せるよ。もっとも、俺に手も足も出ないで負ける奴向けの仕事の報酬なんて、たかが知れてるけどな」


 手も足も出なかったという言葉に火澄は侠一郎を睨みつける。


「油断していただけよ」


「そいつはスゲーや。初めて来た街で、得体の知れない相手を前にして油断できるとか神名さんは随分と大物なんだなぁ。そんな状況でも油断できるとか、逆に油断せずに警戒する場合を聞いてみたいぜ」


 侠一郎の言葉は火澄を露骨に嘲笑するものであったが、自分が迂闊であったという自覚がある火澄としては強く言い返すことはしづらかった。

 とはいえ、黙って聞いていられるほど大人でもないので――


「ねぇ、私をイライラさせて、あなたは楽しい? そういう子どもっぽい態度で私を馬鹿にするようなのはやめにして、お互い大人になりましょう、私の方もあなたへの言葉は気をつけるから」


「別に楽しくはねぇけどな。俺としては貴重な春休みの一日を神名さんのために使ってるんだから、多少の嫌味を言って溜飲を下げるくらいは許されても良いような気がするから嫌味を言っているだけだし、それを止めろと言われて止める筋合いも無い気がすんだけど」


 別に火澄のことなどは放っておいても侠一郎に何か不利益が生じるわけでもない。

 21世紀の日本であっても黒桜市では野垂れ死になど珍しくも無いので、火澄が死んでいたとしても誰も関心は持たないだろう。

 それなのに侠一郎が火澄の面倒を見ているのは単に侠一郎の人情に依るものである。

 そのことを火澄はまだ察してもいないので、火澄からすれば、現状では侠一郎は単に嫌な奴でしかなく、いい加減、侠一郎と話すことが嫌になっていた。


「正直言って、疲れてきたわ」


 火澄はこめかみを揉みながら言う。

 疲労の原因は一連の出来事もそうだが、侠一郎のことも大きい。

 侠一郎がもう少し言葉なり態度に気を遣ってくれれば、自分の疲労はここまでではないだろうと火澄は思うのだった。


「じゃあ、どっかで休めばいいんじゃないですかね。せっかくホテルにいるんだし、部屋でも取れば――って、もう引き払ったんだよな。俺に治療費の一部を返すために」


「分かってるなら言わないで」


 とりあえず、火澄は金に換えられそうなものを金に換えて、侠一郎に立て替えてもらった分を返していた。

 そのせいで、今日の宿がなくなることも理解していたが、多少なりとも返済の意思を見せなければ何が起こるか分からないという心配が勝っていた。

 実際には、それは無用の心配であったが、そんなことは火澄は知る由も無い。


「で、今日の宿はどうすんの?」


 侠一郎が尋ねる。

 宿を引き払ったのだから、寝床に困っているだろうという心配の気持ちから尋ねたのだが、今までの言動から火澄は侠一郎の言葉から心配ではなく好奇心と嘲りの気持ちがあると思い違いをしていた。


「野宿でもするわ」


 そう言って、火澄はそれが無理であることに気づく。


「それって俺にも野宿しろって感じで言ってんのかな? ここまで来る途中で説明したと思うけど――」


 火澄は現状では長時間、侠一郎と離れてはいられない。

 それは治療費を立て替えてくれた侠一郎から火澄が逃げ出して、治療費を踏み倒さないようにするために蘇生術を施した医者がかけた魔術によるものだった。

 その術は侠一郎から一定の距離と一定の時間、離れていると蘇生術が解けて死体に戻るというものであり、これがある限り、火澄は一定以上の距離と時間を越えて侠一郎の傍を離れることが出来ない。

 もっとも、その距離と時間はホテルで別れて行動できていたことから、それなりにあり明らかに逃げる意思を見せなければ困らないものであった。


「嫌かもしんねぇけど、俺の家に泊まりなよ。多分、そっちの方が面倒はないと思うぜ?」


 侠一郎は純粋な善意から言っていたが、火澄はその言葉に裏があるように思えて仕方なかった。

 しかし、侠一郎を頼るのが無難であるということも頭の冷静な部分が告げていたので、二つ返事で了承する。


「じゃあ、お願い」


 しかし、釘を刺しておかなければいけないこともある。


「でも、変なことはしないで。それと、あなたを信用したわけじゃない。現状では頼れる相手があなたしかいないから、頼っているだけだということを忘れないで」


「忘れたらどうなんの?」


 侠一郎が肩を竦めながら尋ねると、火澄は自分の指を首に当ててみせる。

 それはつまり、変なことをすれば首を落とすという意味で、それを見て侠一郎は火澄をアホではないかと思うのだった。

 それをすることは火澄自身も死ぬということを意味しており、状況把握が正しくできているのか侠一郎を困惑させることに繋がるのだった。


「それじゃあ、帰る前に私の刀を取りに行きましょう。案内して?」


 侠一郎の困惑をよそに火澄は自分の物ではなくなったホテルの部屋から出ていく。

 前向きなのは良いと思いつつも、侠一郎は火澄の前途にそこはかとない不安を覚えるのだった。



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