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襲い掛かる

 

「まぁ、こうなることは分かってたから良いんだけどさ」


 火澄と別れてから数分後、侠一郎はレストランの前で立ち尽くしていた。

 店内に入ることなく、店の外にあるメニュー表を見て、侠一郎はため息をつく。

 値段がどれも高すぎるという理由で侠一郎はレストランに入ることを諦めざるを得なかった。

 もしかすれば、ということも考えてきたのだが、そうそう都合の良いことなど起きるはずも無く、侠一郎はレストランに背を向けると来た道を戻り、火澄の部屋がある階に向かおうとする。だが――


「その前にトイレでも行っとこうかね」


 別に漏れそうというわけでも無いが、用心するにこしたことは無い。どうせ、火澄の方はもう少し時間がかかる。

 女性の身支度とはそんなものだろうと侠一郎は考えていた。だから、少しくらい時間を潰しても問題は無いという判断に至った。


 レストランのあるフロアのトイレで侠一郎は用を足す。

 詳しく述べるようなことでもないので、それについては割愛しつつ、場面は侠一郎が洗面台で手を洗っている場面に移る。


「ふんふふんふふーん♪」


 特定の曲のリズムというわけでもなく、なんとなく頭に浮かんだリズムの鼻歌を歌いながら手を洗う侠一郎。それなりに上機嫌であることが見て取れた。


「おや、奇遇ですな」


 手を洗っていると、先程ロビーで話した男がトイレに入ってきた。

 レストランのあるフロアであるので、軽く食事でもした後なのだろうと考えることは出来る。

 男は軽く腹をさすりながら、侠一郎の隣の洗面台の前に立つと鏡を見ながらジャケットの襟を正し、ネクタイをしっかりと締め直す。


「いやはや、どうしてこうホテルのレストランというのは、ああも高価なのですかね。うっかりと入ってしまったら目が飛び出るような値段ですから、学生さんには入るのが難しいでしょう?」


「まぁ、そうっすね」


 侠一郎は答えながら、水気を払おうと手を振ると水滴が飛び散る。

 その水滴は思いもかけず、隣に立つ男の方にも飛び散り、その顔に数滴の水がかかる。


「こいつは失礼しました」


 侠一郎はすぐに自分の失礼に気付き、懐からハンカチを取り出すと男に差し出す。


「どうぞ、お使いください」


「いえ、自分の物があるので、お気になさらず」


 男は丁重に断ると、自分の懐からハンカチを取り出し、顔に付いた水滴を拭う。

 しかし、それでも侠一郎は差し出したハンカチをしまうということはせずに、差し出したまま――


「いやいや、そっちのほうじゃねぇよ。俺のは、これからアンタがボコボコになった時用だぜ?」


 そう言い放つと同時に侠一郎はハンカチを放り上げる。

 男の視線がヒラヒラと舞い落ちるハンカチへ僅かに向かい、その瞬間を逃さずに侠一郎の拳が男の顔面を捉え、その体を殴り飛ばす。


「隙だらけだぜ、オッサン」


 男の体は壁に叩きつけられ、トイレの床に倒れ落ちる。

 位置関係としては侠一郎が入り口側に立ち、男の方は便器のある奥側。この位置では侠一郎をどうにかしなければ出ていくことは不可能である。

 それを理解したのか男は紳士的な雰囲気を捨て、侠一郎に対して挑戦的な視線を向ける。


「これはどういうことかな? 何か君の気に障るようなことでもしたのだろうか?」


「何かしたかって? 何もせずともバレバレだぜ、アンタ」


 侠一郎は不敵な笑みを口元に浮かべながら相手を見る。

 なるほど、と男は侠一郎に対し、興味を抱いたような視線を向けつつ観念したかのような口調で言う。


「いやはや、まさか見破られるとは思わなかった。彼女に巻き込まれただけの一般人だと思っていたのだが――」


「ああ、やっぱり神名さんの関係なのね」


 言い終わる前に侠一郎が口を開いた。

 その様子はまるで勘で出した答えが偶然合っていたかのようで、先ほどまで確信と自信に満ちた態度から一変していた。そして、そんな侠一郎の変化に驚いたのは素性を明らかにしようとした方で、侠一郎はそんな状況の相手に事実を明かす。


「いやさぁ、なんとなく怪しい奴だったから、殴ってみたわけよ。そんで適当に自信満々なふりして話してたら、今度は自分から話してくれるなんて助かるぜ」


 確信など欠片もなく侠一郎は殴った。とはいえ、本当に何の理由も無く殴ったわけではない。

 勘が働いた以上は多少なりとも怪しいと思わせる何かが男にあったということだろう。その何かは侠一郎にしか分からないが。


「勘で殴りかかって来るとはマトモな人とは思えないな」


 男は呆れを隠していない。

 侠一郎としても呆れられるのはもっともだと思いつつ、一応言い返しておくべきことは言い返しておく。


「そういうアンタもあんまりマトモな人間じゃないようだけどな」


 言いながら、侠一郎はゆっくりと近づく。

 対する男はというと、それを警戒する様子もなく、侠一郎の自由にさせている。

 それは油断ではなく自信の表れであり、侠一郎が近づこうがどうしようが相手にはならないだろう自信が見て取れた。


「ええ、その通り。私はこう見えて、尋常の人ではございません。私の名は――」


 余裕と自信を溢れさせ、自身の名を口にしようとした瞬間、男の頭が大きくのけ反る。


「悪いけど、アンタの名前に興味はねぇんだ。俺が興味あるのはアンタがマトモじゃないってことの方でな」


 体勢を崩しながらも男は何らかの術を発動させようとする。

 だが、発動するよりも早く、再び男の頭が衝撃で揺れ、術の発動は未遂に終わる。


「アンタさ、すげぇ遅いぜ?」


 その言葉に男は澄ました紳士の仮面を捨て去り、敵意と殺意を溢れさせた眼差しを侠一郎に向ける。

 だが、そうしたところで何かが急に変わるわけでもなく、再び衝撃を受けて体をのけ反らせるのだった。



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