黒桜市
「色々と混乱しているようだな」
侠一郎は呆然としている火澄に話しかける。
火澄はまだ起き上がることが出来ず、倒れたままだった。
「まぁ、人間なんて普通は最低一回は必ず死ぬんだから、気にしないことだ」
「……じゃあ、私はどうなっているの?」
火澄はようやく声を出す。
自分を戸惑わせるために侠一郎が適当なことを言っていると火澄は思いたかったが、彼女にとっては残念なことに侠一郎の言葉は事実であった。
昨夜、神名火澄は間違いなく殺された。
それは覆しようのない事実である。
「死んだというなら、こうして今いる私は何なの?」
「なんなのって、神名火澄本人だぜ?」
何を言っているんだという顔で答える侠一郎に対し、火澄は苛立ちを込めた言葉をぶつける。
「あなたは死んだといった私がどうして生きているのかって聞いてるの! あなたが嘘をついているのか、それとも私に何かしたのか、どういうことなのか教えなさい!」
「死んだから生き返らせたってだけだ」
侠一郎はなんでもないことの様に答えるが、その答えに火澄は納得がいかずに声を上げる。
「ふざけないで! そんなことができるわけ――」
気持ちが昂ると同時に火澄は意識を失いそうになる。
生き返ったなどという話を真実とは思えないが、体の不調は間違いないものであると火澄は理解する。
「蘇生術を施したのがヤブだったせいが八割、生き返り慣れてねぇのが二割ってとこか? しばらくは調子が悪いままだろうな」
見かねた侠一郎は倒れている火澄に近寄ると、抱き起して再び布団の上に寝かせる。
布団に横になったことで少し落ち着いたのか、火澄は多少冷静さを取り戻した声で、侠一郎に尋ねる。
「私を生き返らせたというのは本当なの?」
自分が重傷を負ったということ間違いないという記憶が火澄にはあった。
そして、傷を負った時のことを生きているのが不思議であることも理解できる。
だが、それでも自分が死んで生き返ったということは信じられなかった。
「余所の人間には驚きかもしんねぇけど、この街には死んだ人間を生き返らせる方法なんか幾らでもあるぜ」
その答えに火澄は怪訝な表情を浮かべる。
侠一郎から嘘を言っているような雰囲気はないが、それでも信じがたかった。
信じるか信じないかは別にして、火澄は侠一郎に尋ねる。
「この街はなんなの?」
それは極めて単純な問いかけだった。
侠一郎の言葉の端々には街を強調する響きがり、それはまるで、この街が特別な場所であることを匂わすようであったてめ、そのことが火澄には気になった。
「ここは黒桜市。ありとあらゆる次元と世界が重なり、交わり、混ざり合う街だ」
侠一郎は今まで何人もの人々に話してきたのと同じような口調で火澄に自分たちがいる場所のことを語り始めるのだった。
――黒桜市。
日本の関東地方の端にある都市。人口は公的には十万人程度。
これといって目立つような産業もなく、一度として世間的に話題になったことはないものの、毎年人口は増え続け、税収も常に上向き。
表向きは多少豊かな地方都市といった程度。だが――
「実際にはアンタみたいな奴らが良く集まる場所さ」
侠一郎は街中を歩きながら、並んで歩く火澄に説明する。
火澄の方は、非常に顔色は悪いものの、様々な事情があり布団から出て、外を歩く必要に迫られて、仕方なくといった様子で侠一郎と共に黒桜市の住宅街を歩いていた。
「理由はまぁ色々あるんだが、それについては追々説明するとして。神名さんは今どんな感じよ?」
「吐きそう……」
それは体調のせいもあったが、それよりも大きいのは街中に満ちる気配のせいでもあった。
昨日、黒桜市にやって来た時には何も感じなかったはずなのに、今は街中に魔の気配が充満している。
その気配が火澄の気分を苛んでいた。
「昨日は無かったはずなのにどうしてこんな……」
ふらつく身体を侠一郎に支えられながら、火澄は疑問を口にする。
「それは神名さんが、こういう世界もあるって気づいたからだな」
気付かなければ、知らなければ、それは存在しないも同じ。
火澄達が世間一般には知られていないのと同じように、能力を持っていても世間には知られずに生きている者たちがいるが、そういう特殊な能力を持つ者同士でも出会うことは稀である。
それを黒桜市の人間は世界の座標がズレていると言い、座標のズレている世界同士は通常では認識できない。
ただし、それは座標の違う世界を知らないことから生じる物であり、認識してしまえば、ズレていたはずの座標は自分という存在を接続点として繋がり、ズレていたはずの世界は座標に共通点を作り出し、互いに交じり合うことの無かった存在同士が交じり合うことを許し始める。
そして、それを『世界観が共有される』と黒桜市に住む者は言う。
もっとも、世界観が共有されても、完全に世界が繋がるわけではなく例えば縦、横、高さの三つの次元の中で高さだけ一致し、同じ平面状に存在するというだけであるが。
「――とまぁ、こんな感じなわけだが」
「理解できない」
話すのも辛い状態であるので、面倒な話が理解できるはずもなく、火澄は鬱陶しい気分で吐き捨てる。
「俺と会ったことで、俺の見えている世界が見えるようになったって理解しときゃ良いよ。俺の見えている世界は色んな存在がいるから、俺と世界観が共有された神名さんも色んなものを見たり感じたりできるようになった。そして、俺も神名さんと会ったことで、神名さんの見えている世界や知っている世界なんかを認識できるようになったって感じ」
火澄の不機嫌な様子も気にせずに侠一郎は話を続ける。
「こういう現象は日本だと黒桜市以外には無くてな。まぁ、黒桜市でもちょっと会って話しただけで世界が繋がるわけでもなく、多少なりとも因縁ができないと駄目なんだわ。だから、昨日、俺が神名さんと戦わずに速攻で逃げてたら、神名さんは俺の世界も黒桜市の本当の姿にも気づかずにいたというわけ。お分かり?」
火澄はうんざりといった様子で首を横に振る。
それでも侠一郎は別段、気分を害した様子もなく仕方ないといった感じに肩を竦めるだけだった。
侠一郎としては、体調の悪い火澄の気分を害さないように振る舞ったのだが、その様子が気取って見え、逆に火澄の気分を害していた。
「そういうのやめてくれる?」
「そういうのって?」
侠一郎は首を傾げてみせるが、その態度がわざとらしく見え、火澄の感情を逆なでする。
「私を舐めて子ども扱いしてる態度。それと、神名さんて呼び方は何? 私のことを小馬鹿にしてるの?」
「そりゃあ、多少は」
返ってきた侠一郎の言葉にカッとなった火澄は侠一郎を突き飛ばそうとするが、体に力が入らないので、それも難しく、逆に侠一郎に体を支えられる羽目になった。
「あんまり興奮すんなって。神名さんっていうのはアレだよ、いきなり呼び捨てもおかしいだろ? 態度はまぁ性格的な問題だから、どうこうしろって言われても難しいから勘弁してほしいんだけども」
火澄は言い訳がましく聞こえる侠一郎の言葉に対して、侠一郎の体を跳ね除けることで返答する。
「もういい。どうせ、ホテルまで行けばそれで終わりの付き合いなんだから、色々と言っても仕方ないわ」
火澄はそう言うと、侠一郎を置いていくように早足で歩きだし、それに合わせるように侠一郎は火澄の背を追って歩き出す。
二人が目指す先は火澄の所属する組織が黒桜市での火澄の拠点として用意したホテルであった。
何故、二人がその場所を目指しているかというと、それには様々な事情が絡んでいるものの、当座の問題として重要なのは火澄の着替えと財布とスマホを確保するためであった。
その中で財布と着替えは重要であるものの無くても最悪なんとかなる。だが、スマホだけはどうにもならない。
スマホにしても正確にはスマホのデータ内に登録してある連絡先が必要なだけなのだが、それだけはどうしても必要な物であり、現状においては火澄の生き死にに直結するものでもあった。
その結果、火澄は侠一郎を伴って、自分がこの街で泊まっているホテルに戻ることを余儀なくされたのだった。
頭の中で考えた設定を思った通りに表現できてないなぁって読み返して思った。