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目を覚ますと

 ──朝になれば目が覚める。充分に眠れば目が覚める。人間という生き物はそうできている。

 その少女がどちらの理由で目を覚ましたかは定かではないが、なんにせよ少女は目を開け、天井を見上げていた。

 少女は敷布団の上に転がされていた。掛け布団も何もなく、そのままの姿でだ。その有様は、尋常のものではない。

 少女が横になっている布団には大量の血の染みがあり、当の少女に関しても服は血まみれ、そして身に着けている衣服の腹の部分が何かに貫かれたように布を失っていた。

 それなのにも関わらず、少女の体には乾いた血の汚れは大量に付着しているものの、傷自体は一つもない。

 少女自身もそのことを不思議に思い、自分の体を確かめるが、何もおかしな点は無い。

 奇妙に思いつつも現状を確かめようと自分がいる場所を見回すと、そこは歴史が感じられる和室で、そこも当然というべきか少女の知らない場所だった。

 どうして自分はこんなところにいるのだろうか?

 記憶を呼び起こすために思考を巡らせようとする。すると、不意に声がかけられた。


「よう、起きたか」


 声をかけてきたのは黒髪の屈強な体躯の少年。

 その姿を見た瞬間に少女は黒木侠一郎という名を思い出し、昨夜の出来事も同時に思い出される。


「お前は!」


「ああ、お嬢さんの御記憶の通りに『お前』です。『お前』なんて名前を名乗った記憶はねぇけどな」


 侠一郎は畳の上に腰を下ろし、胡坐をかくと頬杖をつきながら視線を少女の方に向ける。


「そっちは神名火澄かみなかすみでいいのかな?」


 少女――神名火澄かみなかすみは、名乗った覚えのない自分の名前が侠一郎の口から出たことに驚きを覚えるが、火澄はそれを顔には出さないように気を付けつつ侠一郎に訊ねる。


「その名をどこで?」


「身分証くらいは誰でも持ってるじゃん?」


「盗み見たの?」


「緊急時だから仕方なく身元を確認しただけだぜ。それを悪いことみたいに言うなよ」


 肩を竦める侠一郎を火澄は睨みつける。

 そんな火澄の視線を受けて、呆れたような調子で侠一郎は口を開く。


「何も問題ないから気になんねぇのかもしんねぇけどさ。少しは自分の体のことを疑問に思った方が良いんじゃねぇの? それに昨日のことを思い出したなら、こうしてノンビリ話していてもいいんかね?」


 言われて、ハッと気づいたように火澄は自分の刀を探すが、辺りに刀は見当たらなかった。


「何をしたの?」


「それはどっちだよ? 刀か体か、それとも別の何かのことか?」


「全部よ」


 火澄は侠一郎に対して殺気を向ける。

 真っ当な世界に生きている者なら大の男でも怯えて許しを請うような強い殺気であった。

 しかし、侠一郎はどこ吹く風といった様子で、ノンビリとした口調で火澄の問いに答える。


「体は俺が頼んで治療してもらった。刀は折れてたから捨て――」


 言葉の途中で火澄の手が飛んでくるが、それを侠一郎は楽々と避ける。

 刀を捨てたということが逆鱗に触れたということは明らかであったので、侠一郎はすぐさま事実を伝えることにして、なんとか怒りを抑えてもらえるように努めてみた。


「すまん、嘘。質屋に出しちゃっただけだから」


 事実を告げると同時に再び拳が飛んでくるが、自分が悪いという自覚があった侠一郎は甘んじて受け止めた。

 当たっても微動だにせず、侠一郎は何事も無かったかのように振る舞う。

 口に出すと火に油を注ぐことになるというのは予測出来ていたので黙っているが、侠一郎にも一応の言い分はある。

 それは単純に火澄の刀がなまくらであり、手入れも充分とは言い難かったのでそれほど大事な物ではなく、売り払ってもたいして問題は無いだろうという見立てをしたためである。


「もういいわ」


 そう言うと火澄は大きくため息をつく。


「結局、あなたは何者なの。刀とか体の事より、そっちの方が気になるのだけど。昨日の夜の事だって」


 火澄は侠一郎を見つめて問う。その眼差しは真剣そのものといった様子で、侠一郎は居心地の悪さを覚えていた。


「そういや、昨日のことといえば、俺にいきなり斬りかかってきたことの謝罪をしてもらっていないような――」


「話を逸らさないでくれる?」


 睨みつけられた侠一郎は観念したように口を開く。


「俺の名前は黒木侠一郎。ちょっと強くて変わった体質の真っ当な高校二年生。それくらいしか言うべきことも語るべきこともねぇよ。それ以外に語れることと言ったら俺の半生と街のことだけだ。つっても、アンタはそういうのを聞きたいわけじゃねぇんだろ?」


「ええ、そうね」


 火澄は侠一郎に対して関心を無くしたように言うと、立ち上がり、侠一郎の方を見ることなく、その場から立ち去ろうとする。


「なに、もういいわけ?」


「ええ、どうせ、貴方はマトモに話す気は無いようだし」


 火澄の口調は吐き捨てるような物だったが、それも仕方ない。

 自分に重傷を負わせて連れ去り、そのくせ恩着せがましく治療したと言い、目が覚めてからは適当なことしか言わないのだから怒りを抱いても仕方ない。

 むしろ、ここまでよく我慢したと言っていいかもしれない。


「見た所、私に敵対するつもりもないようだから、現時点では見逃しておくわ」


 自分の方が上の様に言ったものの、火澄は侠一郎に対して勝てるという感覚は全くなかった。

 これまで侠一郎に対して大した抵抗も無かったのは敗北を心の片隅で確信していたためであり、目の前の少年がその気になれば自分はいつ殺されてもおかしくない。

 なので、刺激しないようにしようという計算が働いていた可能性があった。

 それが、どうして強気な態度を見せているかというと侠一郎が自分を害するつもりが無いということを読み取ったからであった。


「貴方から人ではない気配がするのは確かだけれど、今の段階で貴方に対して対処をする必要性を感じないから、見逃しておくことにしておく」


「そりゃよかった。俺が真っ当で善良な人間と理解してもらえたようで何よりだ」


 肩を竦めて言う侠一郎に対し火澄は不愉快な感情を露わにした視線を向けていた。

 とはいえ、話が通じるような相手に問答無用で斬りかかったという負い目がある以上、火澄としては事を荒立てるのは良くないという感情が働き、火澄は食ってかかるということはしなかった。

 黒木侠一郎という人物は極めて怪しく、いずれは何らかの対処をする必要があるが、それは今ではない。そう判断し、火澄は挨拶もせずに、その場から立ち去る。


「お帰りでしたら、部屋を出て左の通路を道なりに進めば玄関ですので、そちらへどうぞ」


 火澄は侠一郎の言う通りに和室を出て玄関の方へと向かおうとする。だが、その時だった、火澄の体から急に力が抜け、その場に倒れたのは。


「そういや、言い忘れたことがあった」


 侠一郎は何事も無いかのような態度で倒れている火澄に対し、語り掛ける。


「さっき、アンタのことを治療したって言ったよな。でも、俺は治療したけど、それが成功したかどうかは言わなかったよな」


 まぁ、何が言いたいのかというと……そう前置きをし、侠一郎は極めて重大なことを伝える。


「治療は失敗してしまったってわけだ」


 侠一郎は申し訳ないと言いたげな表情を作り、わざとらしく火澄に対して頭を下げる。

 そんな言葉を聞いて狼狽えるのは当然だが火澄である。

 治療が失敗したというなら自分はどうなっているのかと尋ねたかったが、力が入らない火澄は声を出すことが出来ない。


「あんな重傷で、しかも治療が失敗したとなると、その末路は決まってるって分かるよな?」


 侠一郎は横たわる火澄の顔を覗き込み、無慈悲に告げる。


神名火澄かみなかすみという女の子は死んでしまいましたとさ」


 めでたし、めでたし。

 侠一郎はそう締めくくったのだった。


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