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Deeper than well  作者: 水素
第1章 妄念
8/42

2.1

 視界に靄のようなものがかかっている。白と黒が間欠泉のようにぽつぽつと視界の中で目まぐるしく変化し、自分が目を閉じているのだと気づく。重い瞼を開けた先に見知らぬ白い天井が見えた。ステンレス製の簡易ベッドに横たわっている。右手からは管が伸びていて、点滴が流れている。

 カーテン越しに指す光は眩しく、陽気なスズメの囀りが聞こえてくる。

「起きた?」

 部屋を仕切っているカーテンの奥から聞き慣れた声が届く。引き払うと、包帯の巻かれていない左手で本を携えて、悠々と読書をしている見がいた。

「起きて早々なんだけどさ、何で病院で本読んでいるんだよ?しかも、いつ持って来た?」

「いや、制服のポケットに入ってた。あのポケット、見た目の割りには広くて、iPad miniなら入ったりするよ。そのためのポケットだったりしてね?」

「ぜってぇーちげぇよ。で、ここ、何処なんだ?」

「僕もさっき起きたばかりだから何とも………」

「気がついたかい?」

 清涼感のある、女の声だった。二人が振り向くと冗談めいた笑いを見せる、身長の高い女性がカーテンを引いて現れた。白衣を着ているので、医者のようだった。ただし、顔には、不気味な黒の、半面だけのマスクを装っている。

「応急措置は済ませたから、もう二人とも心配ないよ。それにしても、デミウルゴスに襲われたのに、二人とも凄い回復力だね」

 医者は大層感心していたが、これをどう受け止めてよいものやら、二人は思案した。以前に、なぜ仮面をつけているのか思わず気になってしまっていた。

「あ、これね?とある古傷を隠していてね。オペラ座の怪人のオマージュさ」

 二人の視線に気づいた医者は、ははっ、と笑いながら答えた。

「あ、失礼しました」

 見はデリケートな部分に触れたと思い、謝意を示した。

「いやいや、気にしないでくれ。そんな大したことじゃあないんだ。ただ、色々あってね」

 そう言い、誤魔化すように笑った。

 奥のドアが徐に開いた。無精髭を生やした、垢抜けない身なりの男性は知らなかったが、もう一人の人物には大いに面識があった。

「では、私は失礼して、後のことは二人に任せるとしよう」

 医者は風のように去っていった。

「初めましてだね?僕は日木頭花。まぁ、研究者の端くれだよ。一応、ここの病院に運んだのが僕たちなんだよ」

 二人の意識はもう一人の人物に向いていた。

 相変わらず、冷めきった表情である。視線だけを二人に向け、目を細める。二人には睨みつけてるようにしか見えなかった。

「ありゃ、僕は聞いていないんだけど、もしかして、君たち面識あるのかな……?」

「面識なんてないわ」

 見はともかく、微はキレ気味である。羅愛の態度一つ一つに苛立ちを覚えるようだった。

「クラスメイトなんですよ」

「なるほどね。羅愛くん、そういうこと全然教えてくれなくてね。私が来た時には、怪我人がいる、としか言わなくてね。もしかして、羅愛くんが戦う一部始終を見た感じかな?」

「ええ、それは、もう、ばっちり。倒す手助けまでしてやったさ」

 微が見下し気味に言った。

「手助けされた覚えはないわ」

「羅愛くん、そんなに突っかからなくても……」

 花の発言に、羅愛は沈黙を通す。それがまた、場の空気を強烈に、零度に近づけて行く。

「申し訳ないね。これでも悪気はないんだよ」

「そりゃ、よかったな」

 微は皮肉を言いつつ、外方を向いている。

「それでなのですが……」

 見は、場の空気を変えようと話を切り出した。

「ん?」

「助けていただき有難うございます」

「いやいや、私の方こそ。羅愛くんを助けていただいたようでね、ほら、羅愛くんも」

 当然のように無視して、そのまま部屋から出て行ってしまった。

「………………………………………」

 返すコメントが浮かばない微。

「ははっ」

 苦笑が浮かぶ花。

「さて、質問よろしいですか?」

 場の空気をスルーしての一言を放つ見。

「あ、そうだね、どうぞ」

 花は簡易ベッドの下に収められていた折りたたみ椅子を取り出して、腰を下ろした。

「デミウルゴスの一件を何かご存知かなと」

「うん、君の言う通りだ。ある程度は知っている」

「それに、残火さんについても……」

「そうだね。教えてあげたいのは山々だけどね」

「けど、何ですか?」

「あまり、オススメはしないね」

「どうして?」

「二人は確かに、このデミウルゴスの一件に巻き込まれ、生還した。しかし、これは同時に死を意味することでもある。私としては、この一件を綺麗さっぱり忘れて、何事もなかったように暮らすのが得策と思っているがどうだろう?」

 二人は互いに顔を見合わせた。見は躊躇(ためらい)ない真剣な眼差しで微を見た。微はどこか不安げだったが、見の目を見ていると、杞憂に思えた。

「……ご忠告感謝しますが、僕は知りたいです。それが、危険なことなのかそうでないのか、本当の意味での実感は経験していないので分かりかねますが、首を突っ込んだ以上、引き下がるよう言われて引き下がれるほど、他人に隷属して生きている人ではないので」

「短命なタイプだね」

「このご時世ですよ。あまり、長命の方も少ないのでは?」

「死ぬことは怖くないのかい?」

「生きることは欲望ですが、私の好奇心は熱望です」

「なるほど………。上手いこと言うね………。理解した。私の方から後で羅愛くんに言うとして、君たちに話すこととしよう」

 二人は、唾を重く飲み込んだ。

 花は立ち上がり、窓のカーテンに手を伸ばし、外を見下ろしていた。二階の窓からは、路地を走り抜ける郵便バイクが見える。太陽の直射は眩しく、思わず手で目を守る。

「羅愛くんの能力についてまず話すとしよう。彼女は黒い霧を浴びることで、現在の状態に至った」

「えっ?どういうことだよ?黒い霧を浴びた者は等しく……」

「そうだね、死ぬはずだ。でもね、死なない人がいたんだよ。それが彼女だ」

「黒い霧について、疑問に思っていたことがあります。あのデミウルゴスが黒い霧を纏っておらず、周辺にも発生していなかった事実です。本来ならデミウルゴスの攻撃もそうですが、黒い霧が被害の半数を占めます。ですが、今回はそれがなかった」

「その通りだ。黒い霧を浴びた人間は、ほぼ百%、即死する。たとえ浴びた量が少なく、生還したとしても、黒い腫瘍に代表される、原爆症に似た症状に陥り、最悪の場合死にいたる。それが通説とされていたが、彼女の存在はそれを覆した。そして、デミウルゴスについてだが、黒い霧が発生している範囲でしか活動できないとされている。しかし、これは半分正解で、半分間違いだ。というのも、デミウルゴスの中には黒い霧を必要としない個体が存在するからだ」

「それは他の個体とどう違うのですか?」

「いい質問だ。これは、黒い霧の代わりに、カードがティマイオンの結晶に反応する」

「カード……残火さんが戦うときに使っていたものですか?」

「ご名答。カードは実のところ、古代遺跡に封印されていた代物のようだが、誰が作ったのか、古代遺跡同様に不明であり、そのカードが、ティマイオンの結晶を核としてデミウルゴスになると、従来の対デミウルゴス弾が通用しなくなる。カードは、自然界に存在する九十二の元素に由来しており、それぞれが元素特有の能力を有している。このカードは黒い霧を浴びた者にしか使うことができず、私たちのような一般人が使っても一切反応しない」

「しかし、黒い霧を必要としないデミウルゴスなど聞いたこともありません」

「そうだよね。まぁ、私が説明するより、ニュースを見た方が早いかもしれないね」

 そう言い立ち上がると、部屋の角に置かれていたテレビのリモコンを取り、電源のボタンを押した。壁に貼り付けるタイプの、紙のように薄いテレビが主流の今で、台に置くようなテレビを持っている人がいることに二人は少し驚いていた。

 女性のアナウンサーが快活な声で、テーブルにある原稿をちらちらと見ながら、ニュースを伝える。

「えー、昨日、東京都七竅市七竅駅付近にて、大規模な爆破テロが発生、未曾有の大災害となりました。死傷者は千人に上るということです。現在、地域は国防軍によって、完全に封鎖されています。犯行声明を出した組織は未だおらず、犯人を究明している模様です……」

 それ以上は不要と判断し、テレビを切る。

「デミウルゴスのデの字もねえな」

「『模様です』のところで『で』は出てくるけどね」

「そう言うことを言ってんじゃねぇ」

「一般には知られていないがデミウルゴス・ショックの後、デミウルゴスに関する情報の流出を懸念した政府がマスメディアの報道を検閲する体制が敷かれた。しかし、それは現在行き過ぎを迎えている。政府はデミウルゴスについて余計な知識を知った人たちの処刑を繰り返している。これが、君たちは生還したけど、それが死を招くと私が言った理由だ」

 微は絶句し、余りの非現実に慄いていた。しかし、見は一切の戦慄からかけ離れた精神の中で冷静に質問を続ける。

「でもなぜ、そこまで黒い霧の事実を隠しているんですか?」

「私は二つ理由を考えているよ。まず一つ目。黒い霧を必要としないデミウルゴスの出現は、人間の破滅を暗に言っているようなものだ。デミウルゴスに場所的制約がなくなり、加えて対デミウルゴスの兵器が一切通用しない。あとのことはわかるよね?それで、問題は二つ目だ。黒い霧の事実を隠すことで、カードの事実を隠すことが政府の真意だと思う。これは他国でも全く同じことが言える」

「カードの存在を隠すことによる国のメリットとは何ですか?」

「カードは現代科学では全く解明できない未知のエネルギーを有している。カードのデミウルゴスを見ただろう?手のひらサイズの代物に強大な力が秘められているんだ」

「しかし、カードから生まれたデミウルゴスは塩酸で溶けてませんでしたか?」

「あれはカードの持つ欠点と言える。元素の有する性質が、カードでは強化されるけれども、弱点の方にも強くなるよ。だから、今回は倒すことができた。しかし、今回のようにうまく行くケースはほとんど稀だ。もし、カードが真の意味で兵器利用されれば、たった一枚で、惑星、一つや二つは簡単に消滅させることができるだろう…………。国はこのカードの効果を多くは兵器利用に、もしくはデミウルゴス災害で荒廃した自国の経済を立て直す道具として利用したいと考えている。元素のカードは、例えるなら全てがジョーカーのトランプのようなものだね。ただ、幸いなことにカードを使用できるのは、黒い霧を浴びた人間だけだ。仮に能力者としておこう。彼らはカードが使える他に固有の能力を使うことができる。例えば、羅愛なら驚異的な身体能力と再生能力だ。傷を受けても数秒で回復する」

「複数人いるんですか?」

「そうだね………。私も数でしか把握していないが、一人、今回の一件で姿を現したみたいだ。ただ、少々厄介なことになってね………」

「どうしたんですか?」

「少なくとも羅愛くんの味方ではないようなんだな。そして、あの現場にいたということは、君たち二人の存在も知られている可能性がある」

 微は、未踏の未来に恐怖した。今も刻々と死に近づいている。それは数十年後かもしれないが、明日かもしれない。そして、明日である確率はデミウルゴスの一件によって飛躍的に高くなっている。しかし、隣の見は、驚くべきことに冷静そのものだった。それどころか、興奮しているようにすら見える。

「では、昨日の今日だ。君達も体力があるとはいえ、疲れていると思うし、私は外に出ているからゆっくり休んでくれ」

 花は気を使ってか、病室を後にした。

 見は一息つくと、途中だった本を再び読み始めた。微は呆然と見の一連の挙動をみていた。機械的にページを繰る手。上下に、リズミカルに動く眼球。

 みかねた微は口を開いた。

「何で、そんな冷静でいられるんだよ?」

 見は視線をページから外すことなく答える。

「僕が冷静でいられるわけないじゃないか?」

 微は、見が必死に動揺を隠していると踏んで安心を覚えた。しかし、それは見当違いも甚だしかった。

「だって、これほど面白いことが起きようとしているんだよ。これは人生に遭遇するかし得ないかの一大事、僕の好奇心が疼いてどうしようもないね」

「おい、そんなこと言ってんじゃねぇよ。死ぬかもしれないんだぞ?国に殺されるかもしれないんだぞ?今は太平洋戦争じゃないんだぞ?二十一世紀だ!」

「時代なんて関係ないよ、普通に生きていたら味わえないような興奮の時を感じているね」

 微は、好奇心という盲目に犯された表情を目の当たりにして、今までとは比べ物にならない戦慄を覚えた。思えば、どうして見がデミウルゴスに襲われた時、いたって冷静だったのか不思議に感じていた。周囲に同級生の死体が転がっていることなど見ることもなく、ただ、その瞳は巨大な化け物を捉えていて、それはデミウルゴスに惹かれ、そして死など何処かへ置き去りにしてしまった瞳だった。

 だから、あれほど、冷静さを事欠くような状況でさえデミウルゴスの分析を始めることができた。決して、ゴキブリのような条件反射的な思考ができて、そして孤独だったからではない。彼の思考は何事をも注視しない、ただ一点のみに神経が使われる脅威的な集中力、悪くいえば冷酷さを持っていた。

 微は、肩をがくりと落とし、カーテン越しに見える景色を目に映した。あざ笑うかのような、血の気の引いた顔からさらに血の気が引くような青空だった。

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