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Deeper than well  作者: 水素
第1章 妄念
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1.4

六限も終わり、見は文芸部の部室で、独り本を読んでいた。部員は彼だけで、閑散とした部室は、彼専用の部屋と化している。大量の文庫本がスカイスクレイパーのように聳え、乱立している。書棚も隙間なく本が充填されていて、中には学校設立当時から置かれているような古い書物まで保管されている。白いカーテン越しに窓の外が見える。ただの都会の一風景かと思えば、その中央には、ハラッパーを思わせる、古代遺跡の姿があった。しかし、想像するような土色ではなく、暗黒の色であった。古代の遺跡にも窓から見える景色のわずか十分の一ほどしか占めていないものの、二百キロも離れているとわかれば、いかに巨大な建造物であるかがわかる。

 八年前に突如として、世界各国で隆起、出現した謎の遺跡群の一つである。

 市民にとって畏怖の対象であったが、生活風景の一部として完全に溶け込んでいた。

 八年前というのは人類にとって、一つのターニングポイントとなった。

 遺跡には様々な壁画や、文字が記されており、各国の専門家によって遺跡の修復、解読が進められた。しかし、その努力も虚しく、解読は難航し、一年が経過した。一方で、遺跡を構成する黒い金属は、我々の科学の未踏領域を提示した。

 現在、発見されている元素は百十八、そのうち、百三番以降は超重元素と呼ばれ、半減期が短く不安定な放射性元素である。1965年にアメリカの物理学者であるグレン・シーボーグは超重元素であっても、ある条件を満たせば、安定状態を保てるという「安定の島」なる理論を提唱した。この理論には、未だ解明されていない点を多分に含んでいる。 一見関係ないような話ではあるが、遺跡を構成していた黒い金属が、「安定の島」に達した超重元素であれば、話は別である。それは百二十六番の元素であることが判明した。仮称として、アメリカで調査し、最初に未知の元素であると示唆してそれを証明した物理学者、アーサー・ティマイオスの名を借りて、「ティマイオン」と呼ばれるようになった。ただし、正式な命名の順序を未だ踏んでいないので、俗称であることには変わりない。

 これは一大発見となり、科学界に激震を与えたと同時に、理論的には、これほど大量に存在することがありえない元素が、しかも加工されて都市設計の材料に使用されていたという驚愕は、各国政府らに文字の解読を急がせるに至った。しかしながら、遺跡はただ、隆起しただけでは終わらなかったのだ。遺跡からは謎の黒い霧が常時発生するようになった。未知は幾層にも重なり、黒い霧は、ティマイオンと反応し、新たな超生物を生み出した。それらは、ティマイオンの由来者の名が、古代ギリシャ、プラトンの著作の名称と一致していたことで、その著作で語られる創造神の名を取って、「デミウルゴス」と名付けられた。全てのデミウルゴスに共通していると言われているのは、元の金属の大きさが、大体ビー玉ほどの大きさであること。それより小さくても大きくてもデミウルゴスになることはない。また、全身が黒く、デミウルゴス化させる黒い霧を帯びているということ。そして、五十メートルを超える巨体を持つということだ。

 古代都市から出現したデミウルゴスは周囲の街を蹂躙し、世界に大災害、デミウルゴス・ショックを引き起こした。人口は七十八億あったものが十億に激減し、首都機能は麻痺、犯罪は横行した。デミウルゴスは、超重元素が構成元素であることにより安定した原子核炉のように、無尽蔵にエネルギーを生成することができる。従来のあらゆる銃火器、ミサイルが通用せず、人類に最大の負け戦を強いた。

 デミウルゴスの活動範囲は、黒い霧が散布される領域に限定されていたことによって、人類滅亡のシナリオは回避された。現在凡そ古代都市を中心とした半径五キロ圏内が、黒い霧の散布範囲であり、古代都市は世界に合わせて九十二基存在し、黒い霧が活発に遺跡から放出されていた時には、文字通り、暗黒で世界は覆い尽くされた。デミウルゴスは世界中に出現し、蹂躙し、破滅のクライマックスのあと一歩まで差し掛かっていたのだった。

 各国政府は対策本部を設置し、デミウルゴス掃討のための計画を練っているようだが、多くの人は、そんな非現実を顧みることなく、悠々と、まるで何事もないかように生活している。人間は死ぬことを考えては生きていくことなどできないと言ったのは果たしで誰だったろうか。

 見は、折り畳み椅子から立ち上がると、書棚から一冊の分厚い本を取り出した。表紙には「クラデス文字」と記されていて、三千ページにも渡って、百の古代都市に書かれた古代遺跡の文字、通称クラデス文字の記された壁、そして壁画を、全て掲載している。当初、遺跡の情報は極秘事項として扱われていたものの、各国が壊滅的な被害にあった事により、情報が漏洩、一般の手に渡り誰もが閲覧できるようになっていた。

 突然、部室の扉が開いて、女子生徒が一人入ってきた。見のクラスの学級委員長、天童樹花である。

「今、少し、大丈夫かな?」

 後ろには今朝から見知った人影が控えていた。おっとりとした話口で微かに笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ」

 基本的に見は、微以外とは敬語で話をする。

「ちょっとね、今から文実に今度の文化祭の提出書類の関係で呼び出されちゃって、だから案内してくれないかな?八路くん、副委員長だったから……。ダメ……かな?」

 特に断るような理由もなく、正直、暇を持て余していたので、見は引き受ける事にした。

 見が学校を案内する最中、一言も羅愛は口を開かなかった。無愛想というよりは、話すこと自体を拒んでいるようにも見えた。

「ここが図書室で、この通り、昇降口の側にあります」

 図書室を最後に、一通り、学校の紹介を終えた。何か見の方から話しかけた方が良いのかと思案したが、触らぬ神に祟りなしである。

「じゃあ、これぐらいですね。あ、そうです、この学校、生徒全員の入部が義務付けられているので何かしら興味ある部活に入るのをお勧めしますよ。個人的には部員が僕しかいない文芸部に入ってくださると非常に助かりますが、遺跡巡りに興味があるなら、考古学研究会など面白いかも知れませんね」

 余計な事にまで、結局、気を回してしまう。見の悪い癖だな、とつくづく思った。

 すると、驚くべき事に彼女は遂に口を開いた。ただし、見にとってあまり心穏やかになれるような言葉ではなかった。

「余計なお世話よ」

 そう言い、羅愛はすたすたと靴に履き替えて、昇降口を出て行った。

「案の定、だな……」

 取りつく島もなかった。


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