1.2
東京都霞ヶ関では多くの省庁がタイプワンによる破壊行動によって激務に追われていた。デミウルゴス対策庁も例外ではなく、対策庁の要員らは大臣たちへの釈明に追われていた。
「七竅駐屯地の被害は対策庁の予想をはるかに上回っている。どう言うつもりだ?」
防衛大臣が怒号をあげる。
「しかも、カードまで奪われたなんて。研究センターも再起不能にまで陥った。どう落とし前をつけるつもりです?」
財務大臣は皮肉たっぷりに言った。
「財源なら十分に補填したつもりですが?」
対策庁大臣、萬至は言った。
「ヘブンズヘルが作戦を失敗した上に社長がタイプワンによって殺害され、会社単独での運営が困難になったことを受けて、政府が社財を接収しました。義手・義足の製造についてはヘブンズヘルの右に出るものはいない。きちんと政府が管理・運営しなくてはならない。これによって今後どれほどの利益が期待されるか、資料は提示した通りですが?」
「しかし、カードを三枚もだぞ」
官房長官はなかなか賛同できない様子である。
「我が国の保有するカードは残り二枚だ。私たちとて対策庁の独断を許すわけにはいかない」
「その指摘はご尤もです。しかし、何も対策庁の目的はカードを回収することにないはずです。対策庁設置時に私が国民に言った通りの言葉をここで述べさせていただきましょう。私たちの目的はあくまでデミウルゴスの根絶です。ヘブンズヘルの社財接収はそのための布石なのです。それを理解していただかないことには対策庁の存在意義が危ぶまれるところです」
官房長官は腕を組むと声を唸らせた。首相に何と言って説得しようか考えている様子だった。
「しかし、多大な犠牲を払ったことは確かだ。対策庁の予算も来年の委員会では見直す必要がありそうだ」
§
会議が一旦終わり、萬大臣は事務次官、連藤助虎とともに会議室を後にした。ワインレッドの絨毯が敷き詰められた廊下を歩きながら、萬はぐちぐちと助虎に文句を垂れた。
「お前は安心していいと俺に言ったはずだ。にも関わらずこの惨状は何だ?死者が何人だと思っている?五百人だ。それでタイプワンは野放しだ。各国政府がどれほどタイプワンの捕獲のために資金を投入しているか知っているだろう?」
「タイプワンの捕獲が対策庁の目的なら是が非でも行いますが?」
「俺はお前の方便に付き合ったにすぎん。誰がデミウルゴス根絶のためだけに対策庁を設置したと思っている?」
「それよりも次のことを考えた方がよいのでは?今回、一切言及なく終わりましたが『ubiquitous』の打ち上げは既に始まっていますよ?これが完遂すれば日本は世界を一歩リードすることができる」
「アメリカやロシアも参入している事業だぞ。一歩先を行けるとはとても思えないな」
最後に「官僚のくせに出しゃばった真似はするな」と萬は言い残し、足早に去って行った。助虎は事務次官室に戻ると、黒い肘掛け椅子に座り、身体を休めた。数分が過ぎると、ノックと共に声がして、立川審議官が中に入ってきた。
「ああ、立川審議官か」
助虎は気が抜けたように再三、溜息をついていた。
「事務次官たる人間がお寛ぎとはな」
自分よりも年下であることに嫌悪感をむき出しにする立川。
「大臣がガミガミとうるさくてね。このままじゃ庁にお金が降りないとか何とかで。カードを三枚も奪われたのはよくなかったかな」
「予定通りなのに何の不都合がある?」
「そういえば、十一月十一日の十二時二十六分に日食が日本で見れるそうだ。しかも、皆既日食。今からとても楽しみだな」
「一つ、報告がある」
「相変わらず立川審議官は融通がきかないな」
立川本人としては、融通がきかないと言うよりは単に助虎と話したくないだけだ。
「ヘブンズヘルの放棄された研究所のパソコンを調べると、情報が盗まれている痕跡が確認された」
「それは物騒だね。辿れたりはするのかい?」
「直接パソコンにアクセスして情報を抜き取ったようだ。ネット上なら痕跡を辿ることはできるが、直接となると不可能だ。うちのデジタル課によれば五日前の出来事だそうだ」
「そうなると、タイプワンらは関係なさそうだね。対策庁が接収してから第三者の目には触れていないはずだ。スパイがいるってことかい?」
「その可能性が高い。私の方で引き続き、調査する」
「よろしく頼むよ」
挨拶もせずに、立ち去ろうとする立川。
「他に話があるんだけどいいかな?」
「手短にならな」
「『ubiquitous』の情報システムの整備はどうなっていたか?」
「その点は抜かりない。ローカル回線で、各省庁に『ubiquitous』の情報がリアルタイムで表示されるようになっている。試験運転も問題なく動いている。そして情報のバックアップは各国政府の重要施設の地下に保存される。我が国では、対策庁の地下にある情報管理室に蓄えられる」
「打ち上げも順調なのかい?」
「ああ、打ち上げのプログラムも正常に機能している。このまま行けば、来月の七日には全七十二機の打ち上げが完了する見込みだ」
「それはそれは何よりだ」
「そんなことを聞きたくてわざわざ呼び止めたのか?」
「まさか、少しだけ確認したくて世間話をしたに過ぎないさ。『ヘルモクラデス』の販売がアメリカで来月に開始されることは聞いているね?」
「レーテのか。ああ、聞いている。うん?違和感のあるタイミングだな」
「そう。今はちょうど黒い霧病法が議会で審議されている最中だ。まぁ、否決の方で濃厚だろうがね」
「それなのに薬が認可され、販売されるってのは妙だな」
「だからそこのところを少し調べて欲しい。私は私で色々と仕事があってね」
「しかし、レーテのことだ。鷲蛇に任せればいいだろ?」
「会話については融通を利かせなくても、仕事については融通を聞かせてもいいんじゃないかな?鷲蛇審議官には色々と頼んでいる別の用事があってね」
「……… …そうか」
立川は不機嫌そうに言い、書類を幾つか受け取って立ち去った。入れ違い様に鷲蛇審議官が入室した。乱暴な様子で歩き去る背中を見て、鷲蛇は助虎に言った。
「相変わらず立川は態度が悪いですね」
「彼はあれでしか他人と接することができないんだ。ある意味、仮面のようなものさ」
「事務次官がよくても人として正直許しがたいところがあります」
「まぁまぁそう言わずに。それでどうです?」
「事務次官の仰る通りでした。今月に入って、七竅市に密入国する数が急増しています。たとえ世界的に七竅市の政情が安定しているとはいえ、これまでの十倍も増えるのはおかしいですね。しかもその素性を調べてみると、驚くべきことに各国傭兵やスパイ、腕利きの殺し屋、政府直属の軍など、さながら博覧会です」
「なるほど」
「彼らの目的はタイプワンですかね」
「だと考えるのが自然だね」
「しかし、七竅市にタイプワンが潜伏している情報を彼らはどこで仕入れたのでしょう?タイプワンの庇護者が自ら流したとも思えませんし、対策庁もそんな情報を流していません」
「つまり、第三者かな」
「しかし一体誰が………?」
「そうだね。ただ一つ気づくことがあるとすれば………」
「何ですか?」
「私の予想では、このことをタイプワンの庇護者らは気づいていないんじゃないかな?恐らくまだ七竅市に潜伏しているからこうしてタイプワンを狙って各国政府・組織が暗躍している。もし気づいていれば場所を変えそうなものだ」
「となれば、タイプワンの情報を流した第三者は相当な人物ですよ。我々の情報網をかいくぐり人知れず情報を流したどころか数々のタイプワンに関する情報を裏で揉み消した庇護者でさえ気づかない存在だなんて」
「面白いな」
「はっ?」
鷲蛇は素っ頓狂な声をあげた。
「今、何と?」
「これを面白いと言わずして何という?いやはや、生きていてよかったよ。これほどの好奇心に掻き立てられる事件に遭遇できるとは」
「はぁ………」
鷲蛇審議官は彼に敬意を評しているとはいえ、理解するのは難しいと思った。




