1.3
「残火さんってすごいね」「どうしてあんなに出来るの?」「前いた勾田高校ってどんなとこ?」「遺跡好きなんて面白い」
一週間が過ぎた頃、昼休みに、クラスメイトたちは羅愛の机を囲んで、様々な質問を矢つぎ早に浴びせている。
見は弁当を食べながら、文庫本を読み耽っていて、微も、購買で買ったお気に入りの焼きそばパンを片手に漫画をめくっている。
「残火さんってすごいね。シャトルランでも男子の最高超えてたし。才色兼備を地でいってる感じだね」
「確かにな」
「興味なさそうだね」
「なんかいけすかねぇよな。逆にああいうのが好みなのか?」
「あまりそういう意味で言ったわけじゃないけれ、どこか気になるんだよね」
微は漫画を机に置いて、腕を組み、真面目くさった顔で言った。
「好きには理由がいる。でも、その理由はどんな理由でもいい。てな訳で頑張れよ」
「違うんだけどな………」
「まぁ、あいつって人を避けている節はあるな」
「でしょう?そこが妙に気になるというか。惹きつけられる何かを彼女は潜ませているような気がするんだよね」
「そうかい、じゃあまぁ、観察してなよ」
微も仕方なしに、羅愛の方を見やった。
「でも、何かコミュニケーションしようとしてねぇか」
「言われてみれば……」
先まで黙ったままでいたクラスメイトたちが怪しんでいる中で、ようやく羅愛の口が開きかけていた。
「五月蝿い……」
一瞬で場の空気は凍りついた。二人も、思いもよらない、質問に対する残火の回答に、若干の思考停止が起こっていた。
「そうだよね。いっぺんに質問しても困っちゃうよね」
一人が凍った空気を溶かそうと、フォローを入れる。皆も、彼女の言葉を気にしまいとする雰囲気になっていたのに一瞬でその本人がぶち壊しにかかった。
「私の周りによってくる小蝿なんて目障りなだけ」
羅愛の机を囲んでいた生徒は間も無く散って行った。
一部始終を傍観していた二人は茫然としていた。
「確かに、寄せ付けない雰囲気は持ってんな」
「雰囲気というか、圧倒的な言葉の火力で殲滅しているって印象を受けたよ」
「俺は、めっちゃタイプだな」
「さっきはいけ好かないみたいなことを……」
「ちげぇよ。あの黒いタイツに包まれた流麗な脚は、まさに芸術品だなぁ、と」
「脚フェチだねぇ……」
「脚はいいぞ、美の本質とは何たるかを知れる」
「で、フェチスト曰く、美の本質とは?」
「飾らないところだな。顔なら整形も化粧もありだろ?、でも脚はない。肉を落とすとかはあるかもしれねぇけど、自然に近い、ありのままの美があるってもんだ」
「ありのままね……でも、彼女もその化粧みたいなことをしてるかもしれないよ?」
「何でそう思うんだよ?」
「観察していて、何となく?」
羅愛は、一人、黙々と質素な弁当を口に運んでいる。彼女は誰かに話しかけるのをこの一週間見たことがない。誰から話しかけられても、先生との応対を除いて、会話を遠ざけていた。それほどに人との接触を断とうとする目的は果たして何なのだろうか。
「俺は鑑賞に留めておくけどな。それに、そんな人の行動目的なんか、気にしてもしょうがないだろ。言ってたじゃないか、アンナ・カレーニナ、忘れたのかよ」
「そうなんだけどね……」
見は残り僅かの『野菜生活』を啜った。空気の破裂音がストローの後端から連続して響き、箱を震わせた。