エピローグ.3
「ああ、そうか。ご苦労だった。後始末は任せるよ、ああ」
黒いセダンの中、デミウルゴス対策庁事務次官の連藤助虎は話を終え、スマホを切った。隣に座っていた鷲蛇清一審議官はそのタイミングに合わせて口を開いた。
「例のヘブンズヘルの一件の処理ですか?」
「ああ、まぁ失敗するだろうと思っていたが、見事にやってくれたよ。ヘブンズヘルの社長含め幹部や、こちらの兵士も皆殺しだ。タイプワンは怖いね」
「津田沼にある研究所のことはどうなさったのですか?」
「研究センターは完全に大破、職員も一人残らずあの世だ。残ったヘブンズヘルの連中も自分たちのやっていたことがバレるのを恐れて何も言ってこない。このご時世で日本にはまともに機能している警察組織があるからね。彼らが私に何を言ってこようと、私のすることは警察に突き出すことだけだ」
「そちらで行なっていた『パラケルスス』は如何なさいますか?」
「処分するさ。レーテのものに比べれば、我楽多同然だ」
セダンは二階建ての平坦な建物前のロータリーに停車した。運転手がドアを開け、二人は車から降り、出迎えていた職員から挨拶をもらった。
早速、建物内に入り、エレベーターで、地下へと降りて行く。地下十階の表示が出て、真っ直ぐ、緑色に照らされた金網の通路が目の前に伸びている。通路に踏み入れると、その通路の下に広がる小さな空間には、青い液体の入った培養用の高さ三メートル、直径一メートル管が通路に沿って両側に並べられていて、白衣姿の研究者たちが往来し、実験を行なっている最中だった。容器には、そのどれにも、人間そっくりの生き物が裸体のまま入っていた。
「カードを核として、黒い霧に対する耐性も有しています。カードだけではやはり、黒い霧病が発症してしまうので、『ヘルモクラデス』を改良した『クリティアス』の投与で進行の防止に成功しました」
「確か、君たちの方でもその薬を作るために能力者を捕獲したと聞いているが、どうしているかな」
「それはこちらになります」
通路を進み、厳重なロックを解錠し、円筒形の部屋に足を踏み入れた。その中央に、背を向かい合ってイエスの磔のようになっている、十五歳ぐらいの二人の少女がいた。身体中からチューブが伸びていて、様々な薬剤が注入されており、二人の意識は混濁して、一人は譫言のようなものを呟き、一人は魚のように目を大きく見開いたままだった。
「タイプテンとタイプイレブンです。双子の能力者のようですね。現在は薬剤で無力化し、研究検体として有効活用しています。その甲斐もあって、こうして『クリティアス』を完成させられました。それにしても驚きです。見た目は私たち人間の血液と変わらないのに、特的の刺激を加えてあげるだけで、その違いが顕著になるとは。この違いこそ、黒い霧に対する耐性に繋がっている。これは本当に医学界の進歩です。感動しますね」
「うーんと、首に下げている名札を見る限り、加藤と言うんだね。加藤君が研究熱心なのはわかるが、少しだけ抑えていただけると助かるよ」
「あ、これは失礼しました。昔からこういうことが多くてですね。どうにも興味のあることについての話が止まらなくなってしまって」
「いや、むしろ、こうした場でその才能を活かしてくれて私としても嬉しい限りだ。感謝するよ」
「あ、ありがとうございます」
馬鹿丁寧に加藤はお辞儀をした。
「それにしても、あんなに強い能力者も、これじゃ形無しだな」
「殺してしまっては、やはり貴重な資源ですので、能力者の致死量をぎりぎり超えない程度に薬を打っています」
「なるほど。それで、『パラケルスス』動きそうかい?」
「理論的にはそろそろ起きるはずなんですが、やはり人造とはいえ生物ですので、そこは難しいところですね」
すると、先ほどの通路下にある小さな空間から歓声が上がった。向かってみると、研究者たちが一つの培養管に集まって、互いに喜び合っている。培養管内の「生物」はゆっくりと液中を動き回っていた。そのアメジストのような、純粋で、無垢な、そして中身のないな瞳を通して、人々を認識し、反応をしているようだった。
「遂にやったか、よし、念願が叶った!」
加藤がまるで子供のように飛び跳ねている。
連藤は、頰の筋肉が緩み、意気衝天の心持ちで言った。
「さて、面白くなってきたじゃないか」
第1章 完
参考文献(引用文献)
M・クンデラ『小説の技法』西永良成訳 岩波書店
M・クンデラ『不滅』菅野昭正訳 集英社
M・クンデラ『生は彼方に』西永良成訳 早川書房
バルザック『サラジーヌ』芳川泰久訳 岩波書店




