5.2
時刻は二時間ほど前に遡る。既に羅愛と見、微は駐屯地の侵入に成功し、配管脇の上下に伸びた狭いスペースに付いている梯子を降りていた。例え、警備が厳重であれ、やはり廃液タンク周辺は手薄で、一人気絶させるだけですぐに梯子の入り口に到着することができた。
下を向くと、底なしの闇が広がっている。見は身体が竦んで、降りる足が一瞬止まる。今から向かおうとしている所が、人間の住む領域とは違う、別世界の領域なのではという錯覚を催した。そこに近づくにつれ、背中が凍って身体の動きを止めていくようだ。一方で羅愛と微は何も臆することなく、どんどん降下していく。
微も多少なりとも恐怖を覚えていた。しかし、ここに来ることを選択したのは自身であり、その目的も有している。身体が硬直するような怯えを感じる要素はどこにもなかった。
十分ほど経過して、ようやく地に足をつけることができた。羅愛は研究センターの見取り図を取り出して、確認をする。耳にはワイヤレスのマイク付きイヤホンを取り付けていていた。花との連絡用と思われた。
「ところで、残火さんの恰好は、何というか動きにくそうですね………」
羅愛は不気味な黒いローブを纏っていた。至る所に穴が空いており、スカートが裂けていて、ストッキングに覆われた流麗な脚が露わになっている。まるで堕ちに堕ちた死神のようだ。
「貴方に言われる筋合いはない………」
三人は警戒したまま両側に伸びる通路の右方向に前進し、間も無く、一番目のドアに辿り着いた。中央の窓を除き、周囲に人がいないことを確認するとひっそりと入る。二人も追従する。
東京ドーム一個分はあろう、広大な空間に、島のように加速器が密集して稼働している。ただしドアから最も近い位置の加速器は停止しており、試料を差し込む部分の装置が外されていた。加速器のサイクロトロン部分、外からみると円筒形の構造物の表面に、ボールド体で『EYES』とかかれている。見回しても肝心のカードがどこにもなかった。
辺りに一陣の殺気が漂った。羅愛はカードを二枚、構えた。羅愛の様子を察し、二人も装置の影に隠れて周囲を警戒する。
ハープの音が耳に届いた。
どこからともなく、銃撃が炸裂。しかも、以前よりも数が増えて、六ヶ所からの同時攻撃。羅愛はバレエのような軽やかな動きで、銃弾同士の空いた空間をくぐって回避する。
銃弾の飛んできた方向を振り向くと、FLASHと目される小型の人形が浮遊していた。データの通り、人の動きを完全に再現したかのような挙動。細やかな指の動きや、狙撃銃の構え。その全てがプロの狙撃手のそれであった。そして、計十機取り付けられた、小型のジャイロによって可能となる機敏な運動性能。まるで、羽の生えていない妖精のようだ。しかし、その比喩に相応しくない、無機的な外見。 FLASHは即座に移動、装置の影へと身を隠した。
奏者は隠れるつもりはないようで、視界に姿を見せていた。巨大空間の上方、壁際に張り出した通路にタイニーハープを携え、夷然と構えつつ、羅愛を捉えていた。微の方を一瞥する。少し驚いているようだったが、その瞳には淀みがなく、もう覚悟を決めているようだった。牢固な双眸に、微は戦々恐々とした。その円の中心には、染まることのない漆黒が広がっていた。
「探し物はこれ?」
そう言い、舞依は手に『ルテチウム』、『インジウム』、『タリウム』のカードをつかんでいる。舞依は首筋から身体に取り込み、臨戦態勢に入った。
ハープに微かに触れる、女神のような指。目深に被られた帽子。はためく白いワンピース。そのどれ一つをとっても、殺し合いの服装として不釣り合いだった。
先に動いたのは羅愛だった。地面から飛び上がり、そのまま空中で身体を捻り、フライングキックを送り込む。すかさず、舞依はハープを奏で、狙撃。
——元素召喚
「『酸素』『ジルコニウム』!」
すると、粒子は月のように光り輝き、ジルコニアのナイフに成形され、右手で舞うように回し、一陣の風の如く、飛んできた銃弾をばっさりと両断した。しかし、一弾、右踝を掠め、キックの軌道が逸れる。舞依の右側、壁に巨大な穴が生まれ、空間が激震する。
舞依はすかさず、
——元素召喚
「『チタン』」
粒子は、ハンマーのようなものに成形され、瞬間、静止していた羅愛に鈍器を振り回す。羅愛は壁を蹴って、背後に回避。機会を逃さず、ハンマーを元のカードに戻し、銃撃。再び、羅愛はナイフで斬り落とす。驚異的な動体視力の産物である。
するとFLASH六機は胸部を開き、携えていた狙撃銃を内部に格納すると、自動小銃を取り出し、連射を開始。銃弾の雨を降らせる。羅愛は回避できないと踏んで、ナイフで斬りつつも、腹部で二発、左膝で一発受け止めた。しかし、次の瞬間に羅愛は舞依目がけてナイフを投げ飛ばした。舞依は予想外の行動に、FLASH一機を盾に用いてしまった。ナイフはFLASHの胸中で静止し、爆散、FLASHは鉄屑と化す。
羅愛は地面に足から着地、血がローブの布に血が滲んでいく。致命傷ではないので、みるみるうちに回復し、銃弾が身体からこぼれ落ち、傷口が塞がった。
「やはり、人間じゃないのね…………」
「それは貴方も一緒でしょ?」
二人は楽しげに笑っている。
微は装置の影から、やはり狂気に取り憑かれていると思った。戦うこと自体、ただのゲームのように思っているのだろうか。むしろ状況を楽しまずには、戦うことなどできないのかもしれない。戦いに慣れ、そして強大な力を振るうというのは、消極性の中では不可能なのだ。自分を洗脳して作り出す積極性でしか、血腥い戦闘に陶酔できない。
一方で、見は一挙手一投足逃さずに目に焼き付けていた。どうして、これ程に彼女たちの動きに魅了されるのだろう。微は最初、冗談交じりに見の状況を恋だと算段した。それも、あながち間違いでないように思えた。心は高ぶり、高鳴りを見せていた。羅愛、そして舞依、その根幹たるデミウルゴス、それらの存在を熱望していた。他の一切の対象でも、これほど血湧き肉躍ることはなかった。
ふと、見は一台の加速器の上面に、カメラが設置されていることに気づいた。注意を凝らせば、あちこちにカメラが設置されていて、レンズの奥から赤い光が覗いていて、二人の戦闘の様子を撮影しているようだった。ヘブンズヘルと政府によることであるのは明白だった。また、加速器から伸びる数本の管のうちの一本ががたがたと何故か揺れていた。稼働していないはずなのにどうして揺れているのか。
二人の戦闘では、舞依が圧倒していた。羅愛は自動小銃の雨霰の餌食で、一歩も装置の影から動けずにいた。たとえ、相手の位置がわかっているとはいえ、距離を取られては攻撃もままならない。
——元素召喚
「『アンチモン』『鉛』」
銃弾の猛襲を相殺しようとするが、精々食い止められるのはFLASH二機。後の三機が旋回し、羅愛の背後に入り込んで銃撃。すかさず回避して、別の装置の影に入る。
銃撃が止んだ。既にFLASHの三台のうち、一台が狙撃銃に切り替えて構えていた。雨の中に降った一粒の雹のように、一発の銃弾は羅愛の足首を抜けた。動脈を的確に射抜かれ、回復が遅れる。隙を逃さず、同じ傷口に目掛けて、二台のFLASHは先と数度位置を変えて銃弾を浴びせる。羅愛は影から影へ移ろうと走るが、三発ほど同じ箇所に命中、血を巻き上げていく。
羅愛はカードの召喚解除をし、アンチモンと鉛のカードを手元に戻す。FLASHは全台自動小銃に切り替え、徐々に羅愛に迫り来る。足も回復していないので、回避行動が取れない。何とか、脳の思考のリミッターを外し、手持ちのカードで戦略を走らせる。
FLASHの銃撃が始まる。羅愛は横にあった、装置を破壊して、板状のパーツを取り出し、銃撃の盾にする。
舞依は少し違和感を覚えた。以前なら、『鉄』のバリアを張り、銃撃を防いでいたのに、わざわざ周辺の部品を盾がわりにする必要性がどこにあるのだろう。
羅愛は続けて、
——元素召喚
「『酸素』」
舞依の前方に円形の魔法陣が出現。光とともに酸素ガスが大量に舞依に向けて放たれる。酸素は体に無害の元素だが、呼吸量の五十%を超えると酸素中毒を引き起こす。
舞依はカードを首から引き出して応戦。
——元素召喚
「『リチウム』」
銀白色の銀の壁が出現し、酸素ガスの直接の放射を防止、酸素はリチウムと反応を引き起こし、小爆発を引き起こした。ナトリウムやカリウムと違い、リチウムは原子番号が小さいので周辺の装置を巻き込むほどの爆発は起きず、周辺に酸化リチウムが花火のように飛び散っていく。
しかし、依然、ハープの演奏によって銃弾が降り注いでいた。もうすぐ鉄のバリアも用をなさなくなり、身体が蜂の巣になる。
「おい、これ、まずくないか………?」
そうは言いつつ、微は内心、このまま羅愛が負けてくれてもいいんじゃないかなと思った。そうすれば舞依は任務を達成し、今まで通り彼女の母には治療費が入り、二人が各々の意味で救われる。羅愛が負ければ、自分たちは捕らえられ、死ぬかもしれない。それでも、舞依が助かればそれだけで幸せのように思えた。あの時のようにはならないのだから。




