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Deeper than well  作者: 水素
第1章 妄念
21/42

4.3

 それから休み時間も昼休みも、微は見が話しかけようとすると、教室から去った。放課後、掃除の時も自分のノルマを済ませて部活に行ってしまい、取りつく島がなかった。

 文芸部の部室で、顔を伏している見。エリから持されたクッキーをぱくぱくと食べながら部室の本を読んでいる羅愛。未だに文芸部に入部届けを出していないにも関わらず、部室に居座っていた。しかし、今の見にはどうでもよい話だった。

 見は昔から何にでも関心を示す(さが)だった。少しでも気になることがあれば、それについてとことん調べ、本を片っ端から読み、それについて、知らないということがないぐらいに調べ尽くし、それが終われば、次の関心物について同じことをした。

 周りからは一種の病気と見られた。中学では腫れ物のように扱われ、三年間を過ごした。何にでも関心を抱くというのは、他人には到底できないことだったのだ。全知というのは無知よりも世間的にはたちの悪いものだ。

 ただし、微は違った。微は見を、腫れ物として扱わず、友達として扱ってくれた。

 友達とは『何でも話せて、興味のない話でも聞こうと思えて、自分が、もしくは相手がピンチになった時に助ける関係』である。それに完全に一致する相手だった。人間として生きていくに必要な、他者からの容認を与えてくれた。好奇心を腫れ物として扱わずに認めてくれた。しかしその好奇心が原因で現状の事態を招いている。

 どうすればいいか、わからないまま、はや一時間ほど頭を突っ伏していたところ、本を一冊、一時間で読み終えた羅愛が口を開いた。

「なら、もう関わらなければいいんじゃないかしら?」

 見は顔をあげた。様子からして、見が何を考えているのか大体察しているようだった。

「そんなことしたくないよ。微は僕の唯一の友達なんだ……」

「友達、ね………………」

「何か言いたげですね」

「………………そうね。私としては人と関わるってそんなに大事かしら?」

「大事かって?」

「そう、人と関わる行為ってのはね、私から言わせれば、価値の創出を他人任せにする行為なの。つまり、人一人では、自分に一体どれほどの価値があるかなんてわからないし、自分でその価値を決めるってのは途方もない労力と忍耐が必要。だから、他人と関わることで、自分に対する評価をもらって、価値を創ってもらってるの。だから、人と関わる行為ほど怠慢なことはないわ」

「そんな、人との関係って、価値を創ってもらうとか、利害の関係では……」

「でも、人は利害で動く生き物、必要がなければ、関わらないか、切り捨てるか、殺すかして、必要があれば、どれほど丁重に、念入りに扱うことか……」

「つまり、もし自分の考えを通すなら、微を切り捨てろって言いたいの?」

「最初からそう言っているでしょ。聞くか聞かないかは自由だけど、私からの助言よ」

 見は、それだけはあり得ないと強く思った。でも、見は現在、自分の存在を構成しているものを否定されていた。

 多くは、人間関係に飢えているか、仮面をかぶることを選択しない限りは、それを否定されれば否定する対象とは絶対に関係を持たないし、持っていたとしたら、早々に切り捨てる。しかし、そう言った利害や、打算で動きたくなかった。単純に、微だから、その人だから、という理由で、見は関係を断つ行為を否定しようと試みていた。

 どうしてだろう、見の、より根底の部分では、彼を拒絶対象とみなそうとしていた。でも、見の、何か別の部分は彼を肯定していた。その二つの相反する理念は激しいせめぎ合いを起こしていた。

 見は、羅愛に言った。

「僕は確かに、微に受け入れられてうれしかったと思う。でも、それだけじゃなくて、単純にいてくれるだけでうれしいと思った。それって利害の範疇に収まるものなのかな?僕にもよくわからないんだけど、この人がいれば、心が和らぐというか、その他大勢にいくら肯定されてもやはりこの人に肯定されないと肯定された気がしない、という直感的な何かかな……」

「………私にはわからないわ」

「それは、今まで、人と関わってこなかったから………?」

「そうかもしれないわね。でも、私には、人はみんな同じ棒人間に見える」

「それは残火さんの経験がそう思わせているの?アドラー的な発言で申し訳ないけど……」

「知らないわ」

 羅愛は俯いて、それ以上の質問をさせようとはしなかった。デリケートな部分であることには違いなかった。

「僕ね、ちょっとした暴露を言うとね、七年前より前の記憶がないんだよね」

 羅愛は見に視線を向けた。見の口から思わぬ一言が出たことに多少驚いていた。

「だから、経験というのが人より相当乏しくて、本で得た知識が僕の判断の基準になっている。でも、その少ない経験から言うと、人は確かに異質なものを嫌うし、自分と合わないものは切り捨てる生き物だ。でも、微のように、受け入れてくれて、話を聞こうとしてくれる人もいる。だから、大多数というのがあっても、やはり色々な人がいるんだよ。僕の中では、残火さんもその一人だよ。自分と違うからって切り捨てたくないし、もっと自分という幅を広げていきたい。価値を否定したくないし、嫌われたからといってそれだけで関係を断ちたくない。でも、自分のこの性格のせいで問題を起こしているから、考えなくてはいけないのだけれど……」

「そう………」

 羅愛は何かを考えるように、顎に手を当て、彼を一瞥すると、元の、二冊目の読書に戻った。活字から視線を逸らさずに言った。

「そういえば、私、六日後に研究センターに乗り込むから。一応、伝えておくわ」

「夜中に『コンビニ行く』に近いテンションで言うね」

「まぁ、似たようなものでしょう」

 食いつきたいのは山々だが、ある程度の節度を保って答えた。

「どうして僕に伝えるの?」

「えっ?わからないの?私的には、貴方がついて行きたいって言ったのに、しょうがないそぶりで承諾して、貴方を間接的に冥土に連れて行こうかと」

「ものすごくダイレクトな邪魔者宣言だね」

「貴方がいなくなれば、私、ここにいる必要もないから」

「それは正論だな。じゃあ、ついて行くよ」

「へぇ、断らないの」

「確かに普通なら、ついて行かないと思うけれど、一つの答え探しの仕方だと思う。微との関係を考え直す意味でも」

「ふーん。…………でも詭弁じゃないかしら…」

「詭弁?」

「だってそうでしょう?畢竟貴方は私やデミウルゴスに関心があるのよ。それを推し進めているに過ぎない。まぁ、貴方がついてくるってなら止めはしないわ。ただし、私は何もしない。戦場では自己責任。私は私のやることをやるだけだから………」

 見は再び、顔をぼろ机に伏した。


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