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Deeper than well  作者: 水素
第1章 妄念
16/42

3.3

3

 七竅市は全体を七つの地区に分けている。北部の、西から順に視上しがみ視下しげ聴上ちょうがみ地区、南部の聴下ちょうげ息上そくがみ息下そくげ地区。中央部の七食しちじき地区。七竅駅は息下地区に、オルフェウスホールは聴上地区に位置している。

 「十八日午後四時ごろに、東京都七竅市オルフェウスホール地下駐車場にて謎の爆発が発生、死傷者はゼロということで、先日の七竅駅事件に伴い、同じテロ組織による犯行なのではという見方が強まっており、警察は事故原因を調査しています」

 北部の視上しがみ地区にある視上クリニック。院長の幻エリは、三階の自宅で来客とともにニュースを見ていた。それだけ聞くと、エリはブラウン管のテレビを切った。病室に置いてあったテレビといい、それよりさらに古いテレビといい、エリの趣味は完全に現代人のそれではないので、見と微は案内された彼女のクリニックの上にある自室の風景に唖然としていた。

 置かれているインテリアもほとんどが昭和のもので、話をする限り、携帯も持っていないようだった。しかし、書斎と思わしき奥の部屋には最新鋭のパソコンが机を取り巻いているのが開いているドアの隙間から認められた。相当に謎な人物だった。

「で、どうして私のところに来たんだい?」

 仮面に隠れていない顔を確認するに、端麗で整った形をしている。不敵に口角を上げる女性。半面の黒い仮面と相まって、悪魔の手下のようだ。

 見は怖じけずに手に持っていた菓子袋を渡した。

「先日の治療していただいた件で感謝したいと思いまして」

「おお、律儀だな、君たちは……。遠慮なくもらうとしよう」

 そう言うと、エリは菓子袋を受け取り、その場で包装紙を破いて、中身がクッキーの詰め合わせであることを確認して目を輝かせると無遠慮に食べ始める。

「おいしいな、ありがと」

 二人はどういう返事を返せばよいのかわからなくなっていた。食べている様子は限りなく子供に近い。

「なんだ、どうやら私に用があるというよりは、花に用事があるみたいだな」

「あ、それは………」

 エリの観察眼によって図星をつかれ、動転する見。

「今のニュースのことだね、私も少しは花から聞いたよ。まぁ、気になるのはわかる」

「どれくらい聞いていますか?」

「うーん、能力者がハープを使って戦うってことしか……」

「ハープ、てことは……」

「君たちが芸術鑑賞会とかいうので出てた演奏者が能力者ってことだろうね」

「おい、まじかよ」

 一番驚いていたのは微だった。

「そうだね、気づいていないかもしれないが、君たちは演奏者の手を見たかい?」

「手………?」

「義手ですか?」

「お、よく気づいたな」

 医者であるエリは見の炯眼に感心した。

「確信はなかったのですが、演奏の前に、右肘の辺りが少し痺れていたのか一瞬だけ動作が止まった瞬間があったのですが、様子から幻肢痛ではないかと思ったんです」

「幻肢痛?」

「手とか切った人が、まだ手が繋がっているって脳が錯覚して引き起こされる神経症のことだよ。残念ながら、原因がまだわかっていなくて、人によっては切断してから二年で無くなるとも言われているけど、ずっと続く人もいるみたいだね」

「医者でもないのに、よく知っているな。大したもんだ」

「まぁ、本ばかり読んでいますし………」

「で、義手が何なんだ?」

 微がぶっきらぼうに言った。エリが話を続ける。

「なぜ、義手を使っている事実を隠しているのかってことさ」

「演奏者は世界的に有名な人ですからね。義手を作った企業としては、使っていることをアピールしてほしいと思うのが普通ですね」

「だろ?だから、その義手を作っているところは、演奏者と繋がっていることがばれたくない、つまり、演奏者が能力者であることを知っているのでは?とね」

「なるほど」

「で、調べてみると、これはびっくり、あの『ヘブンズヘル』だ」

「あの、義手とか、義足とか作っている王手の?」

「目的は何だと思いますか?」

「そこまでは私も知らないな。まぁ、そのほかの説明とか、今寝ている人にでも聞いたらいいよ。そろそろ起きてくる頃だろう」

 徐に居間に繋がっているドアが開き、寝間着姿の花が現れた。大きな欠伸をして、背筋を伸ばす。ぼきぼきっと、骨が折れたかのような音がなる。二人の姿を認めると、慌てたように欠伸を手で抑え、だらしない恰好を、見苦しくない程度に整えて、エリの隣に座った。

「おぉ、いつぞやの二人じゃないか。怪我の具合はどうだい?」

「お陰様でもう松葉杖なしで歩けるようになりました」

「それは良かった」

「それで、わざわざどうしたんだい?」

「実は、二日前にあったオルフェウスホールの件なのですが……」

「ああ、君たちに危害がなくて本当によかったよ」

「何か残火さんから伺っていませんか?彼女に訊ねても何も話してくれなくて」

「なるほどね……。君の好奇心は底なしなんだね」

 見は気まずそうに後ろを振り返る。

「お恥ずかしい話です」

「全然構わないさ」

 花は何かを確認するようにエリの方を見やる。エリは目線と首の動きで合図を送っているが、どうやら首肯という事で良さそうだった。

「まずは敵の能力者の話をしようか」

「それは、幻さんから伺いました。剛理舞依ですよね」

「そうだ。彼女が能力者で、どうやら彼女自身の能力は羅愛くんとは違うみたいだね」

「それが、ハープを使うってことですか?」

「はっきりとはわからないけれど、ハープを使って自由にものを操る能力を有している。無機物なら何でも操れるんじゃないかな。彼女は戦闘前にホールで羅愛くんに直接テレパシーのようなものを送って、かつ金縛りをかけていたみたいなんだ。推測だけど、ハープを使って空気を操作して、彼女の周囲の空気を固定し、縛っていたと思うね。テレパシーは羅愛くんの周辺の空気を震わせて声を作ったと考える」

「そんなこと出来るんだな」

「まぁ、指向性音をより高度化したものと考えられるだろうね。それで、謎の銃撃だけれど、何かを操っていたのは間違いない。しかし、それがただの銃なのか、それとも別の何かなのかがわからないね。それがわからない事には対策の立てようがないけど……」

 日木頭の言葉が止まった。エリは横で合計三十枚のクッキーを一人で食べ終えていた。

「その辺りは彼女のパトロンから調べてみる事にするよ」

「能力者のカードはどうだったのですか?」

「確認された限りでは、『ニッケル』『クロム』『ニオブ』『ハフニウム』の四枚だね」

「そもそもカードって元素特有の能力を発動させるキーになっているわけですが、一体何なんですか?」

「そうだね…………。おそらくだけれど、あのカードを構成しているのは元素や、分子の単位ではなく、素粒子の単位だろうと睨んでいる。それであれば、自由に元素を作り出せるのも説明がつく。ただこれだけでは不十分で、大量のエネルギーが必要になるはずだ。そこで、レビィ飛翔がカード内で起きていると私は睨んでいる。グラフェンという原子一個分しかない層状の炭素の同素体がある。これに伴う研究で、グラフェンはこのレヴィ飛翔、つまり微細で振幅の大きい振動によって、無尽蔵のエネルギーが得られるのではないかという研究がある。これと全く同じことがカード内で起きているのではないかと考えている」

「興味深いですね…」

 一人、興奮する見。隣で呆れたように見つめる微。

「でしょう?正直、こんな時勢じゃなければ研究に勤しみたいところだけど、私はこの通り、物理屋だったのも過去のこと、しがない一般人Hになってしまったからね」

「むしろ、変態のHだろ。今でもガラテア可愛がってんだろ?」

 エリがひひひっ、と不敵な笑みを浮かべる。その美しさで人を惑わせる魔女のようだ。

「人の愛情の矛先は自由じゃないか。現実の人を愛せなかったら、ぬいぐるみを愛するしかないんだよ」

「花の言い分には説得力がない。ただのヘタレではな。君たちは花を反面教師にこれから生きることを勧めるよ」

 完全に花をからかって悦に入っているエリ。

「君たちには好きな人とかいないのかい?」

「俺はいねぇけど見は、カード使いの事が気に入ってるらしいぜ」微が半ば冗談気味に言っている。

「ちょっと、違うって言ったじゃないか…………。単純に、知りたいんだよ」

「知りたい?」

「僕は、残火羅愛という人物がなぜ、あれほどに人を避け、同時に悲しい瞳をするのか気になるんです。これは衝動的なもので、理屈めいたものではないと思います。身体は感情の隠喩とも言います。思っていることを口で言わずとも、その姿を鮮明に映し出してくれるものだと思いますね」

「なかなかロマンティックなことを言うな」

 エリは気に入った素ぶりを見せた。

「この殺伐した世の中で、これほど人の仕草や振る舞いを大切にしている人間が居るとはね。外見というのは内実を語って居ることが多い。内面に目を向けよとは言っても、外面に目を向けてそこから汲み取るのが、精神を直接的に観測できない人間の行える最善の手法だろうね」

「確かに、彼女はいつも悲しい瞳をしているね……」

 花は口を一文字に結んで、険しい顔をする。

「それでいて、人を避け続ける。人を嫌悪しているのだと、彼女は言うね。彼女が私に語ってくれた過去はごくわずかだ。彼女が幼い頃に孤児になったこと………、カードの力を手に入れ、様々な組織に狙われたということだけだ」

「どのような経緯で彼女と出会ったんですか?」

「それはね、少し長い話になるなぁ」

 花は頭を掻いた。鬱蒼と生えている髭に隠れても、口角を引きつっているが二人にはわかった。二人には話したくないことらしい。

「まぁ、今度話すよ」

「そろそろ七時だろ?学生諸君はお家にお帰りの時間だ」

 エリが話を区切るように言った。


 花は二人を玄関まで見送り居間に戻ってきた。エリは抽斗からポテトチップスを出して、ぼりぼりと容赦無く食べていた。

「相変わらず、菓子類が好物なのは昔から変わらないんだね」

「人なんてそんなに変わらないもんだ」

「私は随分変わったよ。変えさせられたって方が正解なのかな……」

 花はため息交じりに答えた。エリは食べ続けているが、俯いていた。

「そんなに更地のことが大事か……?」

「そりゃあ。大事さ」

「もう彼女は死んだんだよ……」

 花はエリの隣に座った。

「ああ、彼女は死んだ。私にも関係ない話だった。でも、私も関係者になってしまったし、自分から志願した。これは運命だと思ったんだ」

「………そうか………」

 エリは足をソファに上げて、屈み込んだ。

「私はやれることをやろうと思う。そのためにも、能力の秘密、カード、古代遺跡の謎を知りたい。何のために私たちの前に現れたのか」

「だから、彼を私たちの元に引き込んだのかい?」

「そうだ……」

 花は毅然と話し続ける。

「八路見。エリから聞いた時にはまさかとは思ったけどね。彼の存在は、羅愛くんの能力の、そしてティマイオンの結晶、黒い霧の正体に近づくためのキーになるに違いない」

「そうだろうな」

 ポテトチップスの袋は空だった。エリは、闇夜に沈む風景、昔から儚さの象徴である満月に虚ろな眼差しを向けて呟いた。

「人間じゃないんだからな」


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