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Deeper than well  作者: 水素
第1章 妄念
15/42

3.2

 会社内にある治療室。舞依は丸椅子に腰をおろし、片腕でピンセットを操作して、両上腿に埋まっている銃弾を取り出すと、スチールトレイに投げ入れた。弾がトレイ内でビリヤードの玉のように転がって血の跡を残していく。ガーゼで消毒をして、包帯を巻いた。止血帯を外し、脚が動くかを確認する。最小限のダメージで、最大限の痛みを伴うように、神経の合間に銃弾を撃ち込んでいたようで、それほど脚の動きに支障をきたすことはなかった。賢しらな社長の考えそうなことだった。

 その足で、ビルを出ると東京駅で山手線に乗り、数駅して下車、高級住宅地の一角に、ヘブンズヘルによって与えられた豪邸が聳え立っていた。剛理舞依は表向きの顔は世界的に有名な音楽家であり、ヘブンズヘルとしては豪邸に住んでもらうことで、彼女の地位に箔をつけたいようだ。

 だだっ広い応接室を通り、三十畳はあろうリビングに足を引きずっていった。シャンデリアが吊るされていて、ゴシック調の装飾が至る所に施された内装、百万はくだらないソファ。クローゼットに仕舞われた、凝った装飾のドレスの数々。そして中央に佇む厳粛なハープ。クローゼット脇の棚には小型の、年季の入ったタイニーハープが置かれていた。子供の頃に母からプレゼントされたものだ。

 本棚に並べられた楽譜の数々。ハープアレンジだけでなく、ハープに似た絃楽器の楽譜が数多く収められている。

 リビングを通って廊下を突き抜け、寝室に着く。ここにもあるクローゼットには代替の義手が取り揃えられていた。

 寝室にあるテレビを付けた。舞依がドレス姿で、仮面のような笑顔をつけてアナウンサーのインタビューに答えている、つい数時間前の様子だった。

「『昨日は、オルフェウスホールでの圧巻の演奏を披露していただいた剛理舞依さんに独占インタビューを行いたいと思います。剛理さん、わざわざお時間の方をありがとうございます』

 『いえいえ』

 『それにしても、ドレス姿、お綺麗ですね』

 『ありがとうございます』

 『では、早速ですが、質問の方に入らせていただきます。いつ頃からハープを始められたのでしょうか?』

 『三歳ごろからですね。母の勧めで。母が高校で音楽を教えていまして』

 『それからずっと続けていらっしゃって十歳の時に、全国ジュニアハープコンテストでグランプリに輝き、十三歳の時に全国ハープコンテストでもグランプリに輝き、その他数多くの賞を受賞なさったわけですね』

 『はい』

 『その後にデミウルゴス・ショックがあり、お父様を亡くされたと……』

 『その通りですね』

 『不躾な質問ですが、心境の変化というのはどうだったのでしょうか?』

 『最初は本当に悲しかったです。いつも父は私の味方でした。そんな父を突然に亡くしたのですから。現在において、デミウルゴスのもたらした災害に苦しんでいる方は大勢いらっしゃいます。その悲しみや苦しみというのは自分も痛いほどわかります。もし、この悲しみや苦しみを少しでもハープで和らげてあげたい、そういうハープに対する姿勢を前向きなものにしてくれました』

 『力強いコメントですね。それほどにハープは強いものだと』

 『私はそう感じています。ハープというのはただ優しい音色というわけではありません。そこには人々の様々な感情を映し出しています。まさに太陽の光を映し出す月のようだと思っています。私たちが強い気持ちで弾けば、ハープはそれに答えてくれます。そして奏者の感情の光は聞き手を照らしてくれます』

 『なるほど。その後、三年ほどして音楽界に戻って来た剛理さんは音楽賞を総ナメ、現在では世界的に有名な音楽家、ハープ奏者となったわけですね。ここで少しプライベートについても迫っていきたいと思いますが、厳選して三つ質問をご用意しております。大丈夫でしょうか?』

 『はい』

 『まず一つ目、ハープ以外に趣味になさっていることはありますか?』

 『そうですね……。帽子集めは好きですね。コンサートで色々な国に行くことが多いので、現地でしか手に入らないような帽子を色々と買っていますね。つい先日までフィンランドにいましたので、そちらでニット帽を購入しました』

 『それはまた、お洒落な趣味ですね。どれくらいの数を持っているのですか?』

 『大体、百五十ほどでしょうか?』

 『そんなに!帽子コレクションの特集をしたくなりますね』

 『御時間に都合があれば構いませんよ』

 『お、いい返事をありがとうございます。さて、続いての質問ですが…。休日などは何をなさっているでしょうか?』

 『家にいることが多いですかね。仕事柄家にいる時間が短いので。本を読んだり、ハープ以外の楽器に触ったり、お菓子を作ってみたり』

 『休日はインドアなんですね。剛理さんは非常にアクティブな方なのでアウトドア派と思っておりました』

 『外に出るのは正直、あまり好きじゃないんですよ。元気だけが取り柄ですけど、一人の時は比較的大人しいというか』

 『そうなんですね。意外な一面が垣間見れました。さて、心苦しいですが最後の質問になります。今までにあった人の中で一番大切な人はいらっしゃいますか?』

 『大切な人…………』

 『どうかされましたか?』

 『あ、いえ……。母、ですかね……』

 『お母様ですか』

 『はい。私にとって、母はいまを作ってくれた人ですね。私にハープを教えてくれて、こうして大好きな気持ちを持ち続けられたのも母のおかげだと思います。苦しいこともたくさんありましたが、私にとっては大切な人です』

 『感動的なコメントをありがとうございます。以上、剛理舞依独占インタビュー、(わたくし)、蜷川がお送りいたしました!』」

 舞依はテレビを切って、ベッドに身を預けた。数度、空中との間を振動し、クッションの弾みがゼロになる。横を向くと、家族写真があった。笑顔の両親に挟まれて写っている不機嫌な舞依。

「舞依もせっかくなんだから笑ってよ、ね?」

 ふと、母のその時の言葉が浮かんだ。

 笑う。簡単なようで、難しいことだ。

 笑ってみた。笑顔が顔の種々の筋肉によって成形される。形など簡単に作ることができる。たった数秒の仕草を数々のコンサートのためにどれほど練習してきたことだろう。所詮は笑顔など何かのためだった。利益のために笑顔を装着した。そうしなければ、そうしなければ舞依に未来はなかったかもしれない。未来とは、訪れるであろう出来事を確定的にすることである。舞依は自分自身の未来が想像できた。そのための準備として、笑顔を作ったのだ。確定事項から自分の身を守った。そうでなくては、誰にも自分は顔向けできなかった。

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