魔王は臣下の態度に不安を覚える
過去を悔いた人族と魔族が共存を目指し、手を取り合うことで平和が訪れた世界。
偉大なる先代の魔王が亡き後、その座を引き継いだ魔王ヴィルヘルミーナは臣下の報告に耳を傾けていた。
「ドワーフの鉱山で崩落事故が起きました。既に救助に向かわせております。それとは別件ですが、ドワーフの長老様より言伝があります。《アラルースア、良い酒が入った。飲み比べをしよう》……とのことです」
「良い判断ね。救援物資も手配しておきなさい。侏儒翁には、《先代は亡くなりました。ご自愛ください》と伝えなさい」
大変な事故が起きてる!? だ、だだだ大丈夫なのかな!?
侏儒翁は、未だにお父様を誘うのね。ボケているのかな。お父様は蟒蛇のような酒豪だったけれど、わたしはお酒飲めない。
「先日の件で、エルフの里より感謝状と贈り物が届いております。また、エルフの長老様からの言伝で、《たまには遊びに来て欲しい。顔が見たい》と仰られておりました」
「妖精翁は相変わらずね。もう、おいそれと動ける立場ではないのだけれど。討伐後の確認をするために現地に行くから、《近々、里に行きます》とだけ伝えておきなさい」
エルフの里の周辺で魔物が大繁殖したから四天王に命じて討伐をさせた。魔族が魔物を管理している訳では無いけれど、充分な戦力を保有するわたしたちが盟友のために動かない理由はない。妖精翁はお父様の友人だけれど、未だに子ども扱いしてくるから、ちょっぴり苦手だ。
身体が幼いままなのは、わたしのせいじゃ無いのに! どうしてこんな寸胴みたいな体形で成長が止まったの!? お母様は抜群のぷろぽーしょんだったのにぃぃぃ!!
……ハッ!? いけないわ。魔王らしく優雅に立ち振る舞うのよ、私。
「報告は以上です」
「ご苦労様。ところで、人族に関する情報は何かないかしら?」
人族の王は入れ替わりが激しいから、動向が気になる。今まで決定的な不和は生じていないけれど、どうしても不安になってしまう。
「……魔王様が心配なさるようなことは、特にありません」
ん? 何か言い淀んだ……? 確証がある訳ではない。詮索して度量が狭いなんて思われたくない。
「わかりました。下がりなさい」
あれから人族の情報を手に入れたが、特におかしなことはなかった。お姫様が産まれたと聞いたので、お祝いの言葉と品を送っておいた。強いて挙げるなら、人族の冒険者が魔族領の森を荒らしていたけれど、丁重にお帰りいただいた。心配のし過ぎだったのかな。
エルフの里では、妖精翁が美味しいお菓子を振舞ってくれた。不本意ながら、翁の膝の上に座って食べた。いい加減、頭を撫でるのはやめて欲しい。
わたしは魔王としての日々を過ごしていた。そんなとき、臣下の会話が漏れ聞こえてきた。立ち聞きは良くないよね。立ち去ろうとした。
「――、――勇者召喚を――――」
「――――魔王――知ら――――いけない」
勇者召喚と確かに聞こえた。かつて魔族と人族との争いが絶えなかった時代。圧倒的な強さを持つ魔族に対抗するために異世界より呼び出した切り札が勇者だ。どうして、勇者を召喚する必要があるの? わたしには内緒……?
お父様の代から仕えてくれている臣下を疑うことはしたくない。それでも、わたしは魔王だ。問わなければならない。大勢の魔族の未来を背負っているのだから。
人族との共存を掲げるアラルースアの言葉に我らは正気を疑った。今でこそ配下になっているが、命の奪い合いをしたこともある。中立だったエルフやドワーフはまだいいが、人族との禍根は根深かった。
それが今ではどうだ?我々は人族と手を取り合い生を謳歌している。
最大の難敵であり、多くの同胞を葬った勇者共。その中で、たった一人だけ信頼に値する者が現れた。最後の勇者、カンナ。彼女の存在が我らに可能性を与えてくれたのだ――
まあ、有体に言えば、彼女はアラルースアと懇ろになって人族を平定し、エルフやドワーフも巻き込んで当時の王と盟約を結んだ。こんな人族がいるのか!? と衝撃を受けた。当初は不満を言う者もいたが、平和という結果を前に口を閉ざした。心の底では皆が平和を望んでいたからだ。
アラルースアもおかしな奴だったが、魔王妃様も相当ぶっ飛んでいた。今はもう此処にはいないが、我らは魔王妃様に振り回されてばかりだ。
「……何か、私に隠し事をしていませんか?」
各勢力の報告を終え、踵を返そうとしたところで魔王様が呟いた。
あるにはあるが……。
「いえ、特にありません」
「本当のことを話して欲しいのです……」
魔王様の悲しそうな顔は、妙に罪悪感をかきたてる。
「本当に問題になるようなことは、ありませんので……」
「……そう、ですか」
やっぱり隠し事をしている。でも、裏切った様子はない。人族の街にお忍びで潜入したけれど、特に変わった情報は無かった。プリンが美味しかった。
その後も仕方なく街に通い詰めていると、勇者召喚が行われたという情報を耳にした。
「どうして知っていたのに教えてくれなかったの!?」
「お待ち下さい、魔王様!これには理由が――」
「うるさいうるさい! わたしが直接、出向いてやるんだからっ!!」
必死に引き留める臣下の声は魔王には届かない。
臣下を振り切り、魔王は転移した。
その場に残された臣下は独り言ちる。
「どうするのですか、魔王妃様……」
『今年こそはミーナの誕生日をお祝いしてあげたいの! でも、不用意に顕現できなくてね……。だからお願い! 人族から召喚陣を借りて私を召喚して欲しいの! 一応まだ勇者だから潜り込めるはずなのよ!』
『え? ミーナに伝える? サプライズでこっそり行きたいから、報告は不要よ!』
世界を救った勇者カンナは死後、女神に召し上げられ使徒としての役割を与えられた。使徒は〈もしも〉のときの抑止力であるため、平時は天界にいる。
神託という形で連絡をしてきたときは何事かと思った。勇者召喚……それは〈こっそり〉になるのか? 薄々気がついていた。魔王妃様は相変わらずだ。
「報告しなかった結果がコレなのですが。本当に良かったのですか?」
人族の王国。王城。
「ていやぁぁーッ!!」
ドゴォォン
王城の外壁を盛大にぶち破り、小柄な人影が謁見の間に転がり込んできた。
一見するとその辺にいる可愛い幼女と大差ないが、溢れ出る威圧感は人智を越えている。二つに分けた銀髪と深紅と黄金の瞳を併せ持った容貌は、神秘的な魅力を醸し出していた。どこか間の抜けた掛け声が台無しにしているが、引き起こした惨状は驚愕に値する。
魔王ヴィルヘルミーナが人族の王の前に姿を現した。
「な、なんじゃ!? 魔王……か?」
「人族の王よ! 盟約を破るのか!?」
「お待ち下され! 状況が飲み込めませぬ」
「貴様ら、何故勇者召喚を行った? また混沌の時代にするつもりか!?」
「勇者召喚? ……まさか、あのことか?」
「どういうことなの!? わたしだって戦いたくなんてないのッ!! 正直に話してよぉ……ぐす……っ……ふぇぇ……」
魔王の周囲に視認ができるほど濃密な魔力が渦巻く。
「そもそも儂らが召喚陣を使った訳ではないのだが……」
状況を把握した王は頭を抱えたくなった。御遣い様の要望で魔族が召喚をした。どうして魔王に話しを通していないのじゃろう。王妃が魔王を宥めに行きたそうな顔でこちらを見ておるが、あれでは迂闊に近寄れん。御遣い様もお人が悪すぎる。
「そこまでよっ!!」
噂をすれば……謁見の間の入り口に目を向ける。
甲冑だった。完全武装で顔が見えない。手にしているのは聖剣か?
いや、だから駄目じゃろうて。御遣い様の計画は既に破綻しておりますぞ。
「ふぇ?」
「こんなに散らかして……。駄目でしょ?」
「…………」
「魔族領に帰りなさい」
「…………」
「ねぇ、ちょっと聞いているの?ホントまだまだ子ど――」
「貴様が勇者か?」
「そうよ?」
「お前さえ居なくなれば、この世界は救われるッ!!」
渦巻いていた魔力を更に圧縮し、莫大な推進力で魔王が勇者? に襲い掛かった。
聖剣で全てを捌いているのか? 残像しか見えん。
「王様、ごめんね! ちゃんと弁償するから!」
勇者? は魔王の首根っこを掴んで外壁に空いた大穴から外に飛び出していった。
魔王の脅威は去った。
魔王城に帰ったミーナは泣いた。そりゃもう壮絶に。カンナは「ちょっと機嫌が悪いかな?」ぐらいに思っていただけに狼狽した。このままでは、何をしに来たのか分からない。あの手この手を尽くしたが部屋から出てこない。誕生日の当日になってようやく顔を出した娘に、手作りのケーキを渡したら機嫌が直った。
世界は今日も平和だった。
魔王ヴィルヘルミーナ:愛称ミーナ。齢数百になるが、未だに背伸びをしたいお年頃。身体に精神が引っ張られているのが原因なのかもしれない。魔王と勇者のハイブリッドで絶大な力を有するが、彼女を良く知る者の間では、ちょろ可愛いと評判。種族を問わず愛されている。
先代魔王アラルースア:勇者が召喚される度に始まりの街まで赴き「余に力を貸せ。さすれば世界の半分をくれてやる」と口説いていた。意訳すると「平和にしたいから手伝って。人族の方は勇者に任せる」となる。
使徒カンナ:勇者であり魔王妃、女神の御遣いでもある。先代魔王の怪しい口説き文句に対し「のった!」と即答した。魔王の意図は誤解していたが、心境の変化から「世界の半分は要らないから、あなたと居たい」と逆に口説いた。実はアラルースアも現在は天界におり、地上にいる間は女神の目を誤魔化すことを引き受けてくれた。召喚陣を起動した時点で女神にバレているのは内緒。