40話 私の妹の想い
私は今、王都へと向かう馬車の中にいる。
辛い馬車の旅の中、占める思いはお姉様の事。
私はお姉様が好き。
誰よりも大好き。
それは、今でも変らない。
学園祭のあの日、私は天使が空に向かって飛んでいくのをステージ上から見た。
それはいつもお姉様の頭の上に乗っている小人さんの様な天使ちゃんだった。
お姉様の天使ちゃんは3人。
それぞれお姉様の頭の上と左右の肩に乗って、たいてい寝そべっている。
デベーと安らいでいるのが印象的で、それがとってもお姉様らしいと思う。
そして、私達の曲の終了と共に雲に切れ目ができて、日の光が一筋ステージを照らした。
その幻想的な光景が加わって、ものすごい歓声があがった。
お姉様の天使ちゃんが雨を小ぶりにさせ、そして日の光を当ててくれたに違いない。
それがきっとお姉様の力。
私は、すごく嬉しかった。
お姉様は、どこまでも優しくて笑顔が素敵で、私を包み込んでくれる。
私がどんなに疲れていても、お姉様に抱きしめられると安らいで疲れもどこかに飛んでいってしまう。
その上、雨降らしの聖女様の様な力まで持っているなんて。
自慢のお姉様。ずっと、ずっと一緒にいたい。
でも…………
デビュー公演が終わって片付けの時、〝お花摘み〟のためにステージを一旦離れた。
戻る最中、コアトレーニン様に呼び止められた。
そして言われてしまった。
『アイリ譲。君のお姉さん、リリーを開放してやってくれないか』
開放?……私がお姉様を縛っている?
ショックだった。
『君達の仲がいいのは知っている。でも考えてほしい。アイリ嬢が学園を卒業した時、リリーは何歳になる?リリーの将来は?』
私は何も言い返せなかった。
卒業まで一緒にいたら、お姉様は間違いなく婚期を逃しちゃう。
そうだ、私はお姉様といつまでも一緒に居てはいけないんだ。
そんな当たり前な事を指摘されるまで考えなかったなんて。
お姉様は私といつも一緒に居てくれた。
シャルに誂われてからは自分で起きて身支度するようになったけど、それまでは毎朝起きるのをお姉様が見守ってくれてニッコリ笑って、身支度を手伝ってくれた。
幼い頃、怖い夢をみて夜中に起きたときも、いつもお姉様がいて抱きしめてくれたから安心できた。
お姉様は膝枕を頼んでも喜んで応じてくれるし、お姉様の膝枕でのお昼寝はぐっすり眠れた。
お姉様は私の為にいろいろなデザートを作ってくれる。
私がどんなに甘えてもニッコリと微笑んで受け入れてくれる。
お姉様はいつだって私優しく包んでくれる。
でも、お姉様はいつ自分の為の時間を使っているの?
お姉様はいつだって私やみんなの為に動いている。
このままいったらお姉様は自身の幸せを逃しちゃう……
そんなのはイヤだ。
私はお姉様に幸せになってほしい。
学園祭の後、コンサートの成功を祝ってお兄様が皆を食事に連れて行ってくれた。
お兄様の先輩のお店でおしゃれでは無かったけど、お姉様の言うとおりスープがすごく美味しかった。
でも、私はコアトレーニン様の言葉が気になって心から味わうことは出来なかった。
それ以降、私はお姉様にどう接していいのか、わからなくなって、なるべく接しないようになっていった。
そんなに冷たい態度をとる私ですらお姉様は受け入れてくれた。
私は嬉しくて、苦しくて。
そんな状況から逃げたくなって……
そして遂に決心してしまった。
お姉様に恨まれてもいい。
お姉様が幸せになる為にお姉様から卒業すると。
私はお父様に手紙を書いて、こっそりと学園経由でお父様の元に届けた。
学園に登録する侍女の変更をお姉様にバレないように行い、その交代日も私が不在の日にして貰った。
お姉様、悪い妹でごめんなさい。
恨んでくれて構いません。
私の為に使ってくれる時間をお姉様にお返しします。
だから、自分の幸せの為にその時間を使ってほしいです。
代わりに来てくれたアンリの話によると、お姉様はすんなりと受け入れてくれたとの事だった。
私の〝掌返し〟ですら受け入れてくれたお姉様。
その日の夜、私はひとり泣いた。
あの日以降、学園生活もバンド活動も楽しく過ごせている。
でも、お姉様が居なくなって如何にお姉様が凄かったのか改めて思い知らされてしまった。
私は勉強で困ったことがない。
お姉様が入学する前に全て教えてくれたから。
でも、私は他の子にお姉様と同じ様には教えられない。
幾人ものお友達や、お友達の侍女さん達からお姉様の復帰をお願いされた。
いつも飲んでいる紅茶がお姉様が淹れるほどは美味しく無くなってしまった。
クッキーも普通になった。
私の部屋もお姉様が居た時のような柔らかで安らぐ空間では無くなってしまった。
だから、バンド活動の後のお茶会は自然と開かれなくなった。
また、最近は忙しくて、まだ若いのに朝起きて疲れが抜けていない時がある。
そんな時、お姉様がそばに居たらなと思ってしまう。
お姉様が一緒に居た時はどんなに疲れて帰っても次の日は爽快に目が覚めた。
それは当たり前の事じゃなくてお姉様が私の疲れをとる何かをしてくれていたのだと思う。
アンリも良くしてくれてるけど、お姉様の時の心地良さには到底及ばない。
お姉様に帰ってきて欲しい。
またギュッと抱きしめて欲しい。
私は『お姉様苦しい〜』と言って、お姉様に謝ってもらう。
そんな幸せをもう一回味わいたい。
夏のお休みに入って帰省した。
移動がとても辛かった。
こんなに揺れる道だったかな。
その時お姉様がきっと快適に過ごせるようにしてくれていたのだと初めて気づいた。
本来夏のお休みは1ヶ月半ある。
でもお休み後半に公演が何件かあって、3週間で戻って来る事になっている。
お姉様に会えるかも知れない。
なんて話かければいいのかな?
なんて考えていたけど実家にお姉様はいなかった。
お父様に、せめて私が中等位を修了するまで、お姉様に戻したいとお願いしてみたけど、お姉様の事情で難しいと言われてしまった。
そこで初めてお姉様がコアトレーニン様と婚約するかも知れないと知らされた。
コアトレーニン様にお姉様を取られてしまったと思った。
そのつもりで私にあの言葉を投げかけてきたに違い無い。
まんまとコアトレーニン様の術中に嵌ってしまった。
この夏のお休みを、実家で過ごしたのはたったの1週間。
でもとても長い一週間。
お父様、お母様に申し訳ないけどお姉様に会いたくて心は王都に向かっていた。
今日、あと1時間もしないで王都に着く。
寮ではなく王都の邸宅に向かうつもり。
お姉様は元気かな。
なんて話しかけたらいいのかな。
〝ごめんなさい〟、〝婚約おめでとうございます〟、伝えたい思いはいっぱいある。
ーーーーーーーーーーーーーー
王都の邸宅に到着した瞬間、馬車から飛び降りて、お兄様への挨拶もそこそこにお姉様の部屋に案内してもらった。
お兄様は全てわかっているかの様に笑って、お姉様の部屋に案内してくれた。
部屋の向こうにお姉様がいる。
ノックする手が震えた。
なんとか勇気をだしてノックをした。
扉が開くと、いつもと変らないお姉様がそこにいた。
酷い妹の私に優しく微笑んでくれた。
「…………」
私は部屋に入っても話しかけれないでいた。
そんな私にお姉様が相変わらず優しく笑ってくれている。
お姉様に恨まれていない。
そう判ると、言葉が出るより先に涙が溢れてきてしまった。
そんな私をお姉様は優しく抱きしめてくれた。
この後のお姉様との会話は一生忘れることが出来ない。
「ぐす、お姉様……コアトレーニン様とご婚約したの?」
やっと絞りだした私の言葉は謝罪じゃなかった。
「お父様に聞いたのね。トレーニ様の申し出に応じたけど、まだ婚約までいっていないわ」
お姉様の言葉で私は判ってしまった。
お姉様はこの婚約を心からは喜んでいない。
「お姉様……中等位修了まででいいから戻ってきて。それまで婚約は」
私はギュッと抱きしめられて言葉を遮られてしまった。
いつものお姉様だと思った。
でも、泣いている私は何時もの様に甘える事が出来なかった。
「アンリにね」
お姉様は私を抱きしめながら突如アンリの話を始めた。
「去年お孫さんが生まれて、本当はこの春でお屋敷を出る予定だったのよ。大層可愛いお孫さんでアンリはお孫さんの面倒を見るのを楽しみにしていたの」
「それじゃ……」
知らなかった。
でもそれならアンリを開放してあげないと。
お姉様の手が私を優しく撫でてくれた。
「でもアンリは王都に来てくれた。アイリの為に……アンリの最後の奉公なの。だからね、そんなアンリの想いを無駄にしてほしくないの。お姉ちゃんのお願いよ」
「お姉様……」
「大丈夫、アイリは立派な聖女様になれるわ。お姉ちゃんが保証する。だってアイリはとっても自慢の妹なんですもの」
お姉様はいつだって私の味方だった。
酷いことをする我儘な妹なのに。
「お姉さまぁ!」
「アイリの気持ちは判っているわ。私の為に辛い思いをさせてごめんね」
「ううん、お姉様は悪くないよ……」
大泣きしてしまって後は言葉にならなかった。
私はお姉様にずっと抱きしめられていた。
気がついた時、お姉様のベッドの上だった。
お姉様に抱きしめられて、久しぶりに安らいで眠ってしまったみたいだった。
目が覚めた時、かつての様にお姉様と目が合って、お姉様の穏やかな表情に安心した。
見守ってくれていたことが嬉しくて恥ずかしかった。
「アイリ、とても疲れていたのね。気分はどう?」
その優しい声が心地いい。
子供の頃を思い出しうーんと背伸びをした。
「お姉様……とっても清々しい……よ」
「そう、良かったわ」
お姉様の笑顔が眩しかった。
私は判ってしまった。
私は今でもお姉様に愛されている。
だから離れて暮らしても大丈夫。
お姉様はいつだって私の味方で一番のファン。
「喉が乾いちゃった。お姉様の紅茶が飲みたい」
「冷たい紅茶を用意しているから一緒に飲みましょうか」
「うん」
「アイリの活動のこといっぱい聞かせてね」
「話すこといっぱいあるよ、何から話そうかな」
私はお姉様とお兄様と楽しくおしゃべりを楽しんだ。
公演日まで余裕が有るので3日間はお屋敷に泊まることにした。
その間はお姉様と一緒に寝て、お姉様に抱きついて眠った。
3日だけ、お姉様に甘えさせてね。
そしたら私はまた頑張れるから。
あぁ、お姉様とのこの時間がいつまでも続けばいいに。
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寮に帰る日になった。
「色々渡しておくわね。みんなで食べてね」
お姉様は色々とお土産を持たせてくれた。
クッキーや特製のど飴等いろいろだ。
「お姉様のクッキー嬉しい。また作ってほしいな」
「うふふ。お安い御用よ。毎日だって届けに行くわ」
「毎日はちょっと……」
「冗談よ」
「お姉様の場合、冗談に聞こえないよ」
お姉様にギューっと抱きしめられた。
「お姉様苦しいよ〜」
「ごめんなさい。アイリが可愛いすぎてつい」
お姉様が私を放してくれた。
私は幸せ者だと思う。
お姉様が私を幸せな気持ちさせてくれた様に、私も皆に幸せを届けてあげたい。
そして誰よりも大好きなお姉様にも幸せになってほしい。
そう心から思った。




