天に中指を立てろ
『神様』なんてもん、信じちゃいなかったさ。信じる立場になかったってのにどうして俺を救っちまったのかねぇ。
俺は「悪魔憑き」だ。見初められたのは神じゃなくって悪魔だったってわけ。
借金残して自殺した親父。体を売りもんにして、それすらできなくなって終いには内臓やら片目やら売り払い、衰弱して死んだおふくろ。ほんと、クソみてぇな奴らだったよ。
俺だって必死に生きた。最初は自分の食い物を取った。次に売るため、金にするために。
そんな中でよ、「お前の願いを叶えてやる」なんて言われたら…
縋るしかなかったよなぁ、あの状況じゃ。分っていたさ、弱者に付け込んで願いを叶えたらどうなっちまうか、なんてな。
金が欲しかった。ああ、ほんの少しでよかったさ。現状をどうにか打破できるだけの。
金がドバドバ何処からともなく溢れ出てくる光景に、俺はきっと狂っちまったんだと思う。貪るようにして零れる金を拾った。たらふく食った。キメまくって女も抱いた。家も、車も欲しいまま。
だったのになぁ。欲がちょっとばかし深すぎた、自重しよう。そうやって思ったころには手遅れだった。
悪魔は、俺の体で好き勝手し始めた。魔術ってのか知らねえけど、呪いを振りまいた。疫病を、災害を。
気付いた時には誰も居なくなってたさ。俺の周りには使いどころのない金と、蠅の集る死骸しかなかったんだ。
それでも飽き足らず、奴は俺の意識を奪っていった。
次、目が醒めた時には周りに一杯黒いのがいた。あれはきっと、他の悪魔だったんだろう。心の底から震えたさ。
その次に目が醒めた時には何もいなくなっていた。前のは夢だったのかって思いたくなるほどにな。
そして、再び目を開けたら…
「ここにいた。そういう訳だ、分ってもらえたかい?」
変なクスリをキメて落ちたあと、どうやらベッドに運ばれたようだった。窓一つない、無菌室って感じの部屋。そこでいかにもお役所の人間ですと言った風貌の男に根掘り葉掘り聞かれたわけだが。
「なぁ、さっきのクスリ、なんだったんだ」
今回の被験者中、生存者は俺のみ。どんなブツを使ったんだ。
「あれは所謂『増強薬』ってやつだ。君にとり憑いた悪魔を強化し、尚且つ抑制する、といったおクスリだよ」
一体そんなことしてなにんなる。悪魔は厄災、てめぇらだって分かってるんだろうがよ。
「大丈夫!ちゃんと理性が残るよう調整されているからね」
「まあキミが初めての成功例だから、分んないんだけぇぇい止めたまぁぁぁえぇぇ!」
突然奇声を上げたのは俺が奴の胸倉を掴んだからだ。
「分かんない、だぁ?」
白目向いてあんまりにも気持ちよさそうに逝こうとするもんで、引っ叩いたら俺の顔見て『死にたくないッ!』ってほざきやがる。
「質問に答えろよ、クソが。一体全体悪魔を使って何しやがるつもりだ」
教えるから殺さないでくれと、五月蠅いので手を離した。厳つい顔してるっては言われっけど、そんなに人殺してそうな見てくれかよ…まったく、悲しくなっちまうぜ。
「わ、我々は、君たちを兵士にしようとしてるんだよ。その呪いじみた力に不死身の体。まさに最強の兵じゃあないか!」
さっきまでの命乞いが嘘みてぇに興奮してやがる。コイツの方がヤベェのキメてんじゃねぇのかよ。
「呪いじみた力に…不死身の体?」
なに、呪いじみた力ってのは分かる。常日頃から火事場の馬鹿力が出せるってのも妙なもんだがな。
それにしても
「不死身ってのはどゆことだよ」
悪魔に取り憑かれる、というのはつまり、魂を食い物にされるということだ。生命は病や老衰によって、どんどん減少していく。
「それは悪魔のとある行動によるものである、というのが近年の通説でね」
「悪魔の能力、つまり厄災の散布と誘引にある」
そいつの長ったらしい話は聞いているだけで頭が痛くなるようなものだった。妙にキザな口調が鼻につく。
その糞野郎の話を要約すると
『厄災を振りまくのに必要なのは、契約者が持つ生命の源』らしい。
「キミの命を削り、キミの意識のない間に厄が振りまかれているのならばその特性だけを抑え込んでしまえばいい」
どうやって…
「もちろん薬さ」
ドヤ顔が、見ていて苛ついてくる。
「いやだから、どんなブツを入れりゃあ抑え込めるんだっつの」
「知らん」
はぁ?
「科学者だか医者だか。はたまた退魔士だか知らんが作った奴に聞いてくれ」
そう残していけ好かないのが踵を返す。
「おい、これからどうすりゃいい」
「命令があるまで待機だ、好きなだけ寝ているがいいさ」
飯の時間になったら持ってくると、扉の前に立った奴は、最後に
「そういえば、此処が何処の国で今日は西暦何年何月何日か、わかるかい」
「アメリカ…今日は2005年の…えっと、5月11日。俺の24の誕生日だ、違うか」
日にちは適当だ。寝てたんだ、分るもんかよ。
「…へぇ、誕生日おめでとう。君はこれで152歳だ」
コイツ、何言ってやがる。
「所謂『浦島太郎』というやつだよ、ようこそ日本へ。歓迎しよう、No13」
ウラシ…?何だそりゃ。
あと、此処アメリカじゃなかったのかよ…
途方に暮れる彼の背後の壁には、確かに2133年5月11日のカレンダーが掛かっていた。