表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第2話 算数ってムズカシイ。

あ。おはよ。こーた。

うん。うとうとして、夢を見ていたんだ。ちょっと昔の夢。

今日もらなっちの話をしていい? あたしがらなっちをはじめて「らなっち」って呼んだ日の話。


はじめて会った日からね、あたしはらなっちと「カフェ・プロコープ」で一緒にお勉強をしていたんだ。といっても、「お勉強」っていうほどの堅苦しいものじゃなくて。らなっちがしてくれるいろんなお話を聞いて、考えて、自分の考えを伝えて。らなっちはほとんどあたしの考えを否定しなかったけど、ダメなところはつついてくるから面白かったな。「それって本当かな?」がらなっちの口癖なんだよ? 最初はびっくりしたけどね。

あるとき、一通りお勉強を終えたあたしとらなっちはお昼ごはんみたいな感じでワッフルを食べていたんだ。そのとき、らなっちがあたしに質問したの。

「えあちゃんは算数は嫌いだったの?」

「え?」あたしはその質問にちょっと身構えた。っていうのもね、やっぱり算数って嫌いだったんだ。何が嫌いって…うまく言えないんだけど…計算ばっかりやらせるでしょ。らなっちと話していて、なんとなく数学って面白そうな気もしていたけど、「算数は嫌いか?」って聞かれるとやっぱり「うん」と答えるのが本心なんだよね。

あたしが答えにつまっているから、らなっちはうんうんとうなづいてこう言ったんだ。

「算数のどんなことが嫌い?」

「えっと…」あたしはらなっちをちらちら見てつぶやくように答えた。「計算ばっかりっていうか…」

らなっちはため息をついた。「そーだよねえ…計算しこたまやるもんね」

「かけ算の順序でバツにされるし…」

あたしのその言葉に、らなっちがぴたりととまる──フォークを口にくわえて。

「にゃに?」

「かけ算の順序でバツにされるんだよ?」あたしは悪い子の悪行を言い立てる感じで、らなっちに説明した。「たとえばね、『1人に3個ずつりんごをあげます。5人だとりんごは全部で何個いりますか?』っていう問題なら、3×5なら正解だけど、5×3だとバツなんだよ? …(1あたりの量)×(いくつ分)…だったっけ…それでかかないとダメなんだって。わけわかんないよ」

らなっちはあたしの言葉をぱちぱちとまばたきして聞いていたんだ。そうして、しばらくすると、顔を崩して笑い出したの! あたしはびっくりして、抗議した。

「ええ?! らなさん、なんで笑うの?!」

「ご、ごめん」らなっちは笑うのをやめて…でも、目には涙をためて、あたしに謝った。「そ、そんなことで算数嫌いになっちゃうか」

「そんなことって!」あたしはらなっちに強く抗議したよ。「バツにされるあたし、わかんないんだもん! そんなに笑うなら教えてよ! らなさん!」

あたし、そのときは本気で怒っていたんじゃないかな。らなっちはあたしの勢いにちょっとびっくりして目を丸くしてたけど、すぐに頬杖をついてあたしを上目づかいにながめた。ここらへんの余裕は大人の女性なんだな、っていまは思うね。

「いーよ。まずね」らなっちは静かに言った。「数学的には、かけ算の順番なんてどうだっていいよ。3×5で表される式の答えを、5×3という式から答えを求めても、なあんの問題もない。交換法則が成り立つもんね?」

「そうでしょ!」あたしは鼻息荒く同意した。「…じゃあ、なんでバツになるの?」

「えーっとね。まず、これは数学の問題じゃないんだ。指導法の問題なんだよ」

らなっちは静かに言った。「指導法?」あたしはおうむ返しに答えた。

「そ。指導法。どうやって子どもに算数や数学を教えるかっていう方法のことだね」

らなっちはフォークで宙に円をえがくようにくるくるとまわす。あたしは首をかしげた。

「そのほうが教えやすい…ってこと?」

「そだね。じゃあね、えあちゃん。たとえば、さっきの問題『1人に3個ずつりんごをあげます。5人だとりんごは全部で何個いりますか?』で考えてみよっか。どんな式になるかな?」

「えーと。3×5だよね。5×3じゃダメなんだよね…らなさん」

「らなって呼んでいーのに。えあちゃん。らなちゃん、でもいいんだよ?」らなっちが笑う。「でも、そーだね。5×3じゃダメ、ってことになるね、この問題だと」

「どうして?」

「それはかけ算をどういう計算だと定義するかによるんだよ」

「テーギ?」あたしは眉をしかめた。難しい言葉だと思ったんだね。

「最初にかけ算を習ったとき、どんな計算だって習ったかな?」

らなっちのその質問を聞いて、あたしはずっと昔に習ったときのことを思い出した。

「えっと…同じ数を何回たし算するか…だったっけ?」

「そう。じゃあ、さっきのりんごの問題、たし算だけで表現すると、どんな式になるかな?」

「1人に3個ずつ5人に…だから、3+3+3+3+3かな?」あたしはそこでピンときた。「あ、3を5回たしてるから…」

「かけ算の最初の定義は、えあちゃんの言ったように、同じ数を何回たすかなんだ。これを難しい言葉で言うと『累加』って言うよ。これからは、3+3+3+3+3というような計算は3×5と書いてかけ算と呼びましょう、って決めたわけ」

らなっちはそうあたしに説明した…んだけど、あたしはちょっとひっかかりがあったんだ。

「でもね、らなさん。『5人にりんごをあげます。1人3個ずつあげるとりんごは全部でいくついりますか』だったら? 5+5+5にならない?」

らなっちは一瞬驚いた表情をして、その後にっこりと笑った。

「いーところに気づいたね?」らなっちはうなづく。「5+5+5って、具体的にどういうことかな?」

「具体的に?」あたしは首をかしげた。「ええと…それはどういう質問?」

「答えの15はりんごの個数だよね? じゃあ、5を3回たしているのは、どういう作業を表しているんだろう? 5って何を表している数かな?」

「5は人数だよ」あたしは即答した。

「ふむ?」らなっちは天井を見上げるようなしぐさをする。「…とゆーことは、具体的にしてみると、5人+5人+5人=15個っていう計算なのかな?」

あたしはうぐっと言葉につまっちゃった。そんなわけないもんね。ときどきらなっちは意地悪いんだ。

「じゃあ…5はりんごの個数?」あたしは言い直した。「でも、りんごが5個っていうのは問題にないな…」

「そうだね。5+5+5の問題にするなら『5人に1個ずつりんごを配ります。それを3回配ったとき、りんごは全部でいくついりますか』って言う感じかな?」

あたしははぁとため息をついた。

「そっか…。何を何回たすかがかけ算の定義だから、何のほうを先に書くのか…」

「えあちゃん、『累乗』は知っているかな?」らなっちがあたしに尋ねた。「これは何を何回かけるか、っていう計算なんだけどね。これも何のほうを書いてから何回かけるかを右肩に小さく書くんだよ」

らなっちはそこまで説明すると、あたしを見つめながら肩をすくめた。

「まぁでもねー。仮に算数でもわたしはバツにする必要なんてないと思うよ。三角ぐらいにして指導すれば十分じゃないかな? 計算としては理解できてるんだしね」

あたしはちょっと不思議に思って、らなっちに聞いてみた。

「あのね…算数と数学って何がちがうの?」

らなっちはそれを聞いてにっこり微笑んだ。

「とってもいー質問! ありがと。算数はね、こんなふうに数に具体的な意味を持たせて、それを考えさせたり、読み取らせたりする活動を重視するんだよ。そこが数学と決定的にちがうところ。数学は数の意味をできるだけ捨てようとするからね。抽象化って言うんだけど。だから、3×5だろうが5×3だろうが、どーでもいい、ってことになるの」

らなっちはそう言うと、あたしを見てまたにこりと笑った。

「だから、算数が得意だった子が中学校に入って数学が苦手になることもあるんだよ。『中1ギャップ』って言うんだけどね。そもそもさ、小学校でバカみたいに訓練する計算の大半は中学数学で扱わないしね。小数や分数の四則演算の学習は『考え方』を学んでいるんだってことがほとんど理解されてないのがマジで問題だと思うの。円周率を3.14で計算させるならいっそ電卓でさせてほしいよね、どーせ中学校ではπなんだし…」

しばらく滔々としゃべるらなっちを見て、あたしはちょっとおかしかった。ここでらなっちが何のことをどんな思いで語っているのか、あたしにはよくわからなかった。でもね、なんだからなっちが本当に先生をしていたんだな、単なる優しいおねえさんじゃないんだな、ってわかって、ちょっとうれしかった。

あたしがぼんやりそんなことを考えてると、らなっちがはっと我にかえったようにあたしに言った。

「ご、ごめん。ちょっとおしゃべりが過ぎたね…。あはは…」

「ううん」あたしは首を振った。「わかんないことばかりだったけど、らなさんの思いはなんか伝わった…ような気がするよ」

「らなさんかー」らなっちが髪をなでながらつぶやく。「ね、えあちゃん。わたしのこと、らなちゃん、って言ってみて?」

「ええ?」あたしはびっくりした。「どーして? いいじゃん、らなさんで!」

「なんだか距離を感じる」らなっちがじっとあたしを見つめる。「じゃあ、らなっちとか?」

「えー、らなっち…?」

「うんうん、そうそう!」らなっちが嬉しそうに笑った。あたしもつられて笑顔になった。

あたしも最初は、「らなっち」なんて変な呼び方だなぁって思ったんだ。でも、「らなさん」はらなっちがなんだか嫌だって言うし、あたしは「らなちゃん」なんて呼べないし。あたしもらなっちがそれでいいって言うなら仕方ないなぁと思ったの。いまはもう「らなっち」以外で呼ぶことがないよ。らなっちが心配しちゃうもんね、あたしが「らなさん」なんて呼んだら。

そういえば、こーたはらなっちとつきあっていたとき、らなっちのこと、なんて呼んでたの? 呼び捨て? やっぱりさん付け? ねえ、教えてよ。


あは、怒ったの? ごめん。今日もお話を聞いてくれてありがと。

またお話、聞きに来てね。じゃあ、ばいばい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ