イリス!正義の騎士 後編
「このグズ!あれほど丁寧に運べといっただろう!」
「ひぃっ、お…お許しを…!」
「お前、あの壺が一体いくらすると…!」
「やめなさい!!」
男子生徒と、従者の間にイリスが割り込む。
「彼はもう謝っているでしょう!」
「…退いていただけますか?どこの誰だか存じませんが。
グズな従者を教育するのも、貴族の務めです」
貴族らしい男子生徒が、強い口調で睨んでくる。
「いいえ、退けませんね。そもそも、この学校に従者を連れてくるのは禁止されているはずです。
荷物だって、最低限のものに留めるように伝えられていたはず、馬車一個分の壺なんてどうかしてます」
イリスは全く動じない。
幼い頃から騎士団という男中心の社会で生活してきたイリスにとって、同年代の男子の恫喝など、気にもならなかった。
というか、イリスはそもそも、他人の悪意に疎かった。
「だぁから!こんなに最低限のものに絞っているじゃあないですか!!
それに他の方はどうだか知りませんが、ガルバード家の長男である僕が、従者もなしで生活など考えられない!
私の家族も、全く同じ意見でしたよ」
「なるほど、ガルバード家の方でしたか…」
イリスは、頷く。
「…」
「…ナナ、ガルバード家とは、どれくらいの名家なんですか?」
よく知らなかったイリスは、こっそりナナに聞いてみる。
「えっ?!知らないっスよ…、イリス様、知らないんスか?」
ヒソヒソ
「私はどうも、そういう世情に疎くて…」
ヒソヒソ
「たしか、王国の片隅の、ど田舎にそんな名前の貴族がいたような…」
イリス、ナナ、マルコの三人はヒソヒソと密談を交わす。
「こっ、こいつら…!」
密談は丸聞こえだった。
男子生徒は、大いに機嫌を損ねたようだった。
「とにかく!弱者を虐げるなど騎士の風上にも置けませんアーーンド!!
この馬車は通行の邪魔なのでさっさとどかしてください!」
ビシッ
イリスは男子生徒を指差す。
「…断るといったら?」
「こうします」
イリスは、素早く腰に下げていたロングソードを抜くと、後ろを向いて馬車に向かって剣を構えた。
「おっらあああああああああああああああ!!!!」
ドッゴォ!!
イリスは目にも留まらぬ剣速をもって、馬車を剣の横腹で思いっきり叩いた。
ズザザーーーーー!!
「え…?」
「え…?」
男子生徒は目を丸くした。
従者も目を丸くしていた。
というか、その場で見ていた全ての人間が目を丸くしていた。
ナナとマルコの二人以外は。
馬車は2メートルほど吹っ飛んだ。
「もいっちょーー!!」
ドッゴォ!!
見る間に馬車は、学校の門から離れた場所へ移動していく。
当然、中の荷物は無事ではないだろうが。
ドッゴォ!!ガラガッシャアン!!
「…」
絶句している男子生徒にマルコが近づく。
「…あー、ガルバード家の人、悪いことは言わねえ、あの人にだけは逆らわねえほうがいい。
あの人こそ現パルキア騎士団長、ファルコ・マキアートの娘さんだぜ」
「なっ?!ま、マキアート家の…!?」
騎士団はいくつもあるが、その中でも特に有名なのは二つ。
一つは王国の首都を守護する、王国騎士団。
もう一つは、騎士の町を守護するパルキア騎士団である。
つまりイリスは、騎士を目指すものにとって知らぬ者はいないほど有名な家の娘なのである。
王国の田舎のガルバード家とは違って。
「そうだ。しかもあの通り、見た目はアレだが中身はメスゴリラ、いや、メスキングコングだ。
しかも、自分が悪だと思うものは、決して放って置けない超お節介な性格だ」
ナナも男子生徒に近づいて話しかける。
「こないだなんか、町を襲っている狼を退治しに森へ出かけたはずが、なにがどうなったんだか、バジリスクの首を持って帰ってきた化け物っスよ〜。謝っておいたほうが身のためっスよ〜」
「ばばばばば、バジリスクの首っ?!」
男子生徒は震え上がった。
普通なら、とても信じられないような話である。
しかし、実際にあんなことをしているところを見ると…、
「おっらあああああ!!」
グッシャア!!!
信じざるを得なかった。
その後、馬車を通行の邪魔にならない場所にまで移動(?)させて戻ってきたイリスに対して、男子生徒は何度も頭を下げた。
イリスは自分の正義の心が通じたのだと嬉しくなったが、それ以降、どうも周りの自分を見る目が変わったような気がして、首をかしげるのだった。