寮生活は危険なかほり 前編
「ですから何度も言っているように、もう寮の空きはないのですよ、校長」
ギルモア校長は困っていた。
同じ質問に対し、もう何度も同じ回答を聞き続けていた。
「しかし、トルネ君はもう入学しておる。
入学者全員を寮に入れるのが我が校の伝統じゃ。
どうにか部屋が見つからんかのぅ?」
ギルモアはもう一度、同じ質問をする。
「そう言われましても…、あまりに急なことでしたからねぇ。
あの平民の生徒が入学することになったのは」
「ええ。
それに寮の生徒たちも、突然自分たちの寮に平民が入ってくれば戸惑うでしょうし、親御さんも黙ってないでしょう」
「いや困りましたねぇ、せめてもう少し早く言ってくださっていればなんとかなったのですが」
そう言う教師たちの顔は、まったく困っている様子ではない。
むしろニヤニヤと笑っていた。
クソが…!この性格の悪い頑固貴族どもめ…!
ギルモアが頭を悩ませている案件、それはトルネの生活する寮の部屋の確保であった。
パルキア騎士学校に入学した生徒は、平民も貴族も、皆寮に入らなければならない。
それはトルネも同じこと。
しかし、トルネはもともと入学する予定のなかった生徒である。
なので当然、寮の部屋は用意されていなかった。
部屋がもうないじゃと…?嘘つけ!!
こんだけたくさんの寮があって、たった一部屋空いとらんわけなかろうに!!
ギルモアにはわかっていた。
これは嫌がらせである。
この教師たちは、ギルモアが自分たちに相談もなく、特待生待遇で平民のトルネを入学させたことが気に入らないのだ。
それにトルネのせいで、多くの貴族の男子生徒たちがペナルティを受けたことも理由の一つだろう。
その男子生徒たちは集団で、しかも真剣を抜いてトルネ一人に襲いかかったのだから、ペナルティを受けるのは当然のことなのだが、その原因は、むしろトルネの方にあるというのがこの教師たちの意見であった。
ギルモアは教師たちをぶん殴ってでも寮の部屋を用意させたかったが、自分が無理にトルネを入学させた手前、強く出れないでいた。
ちなみに、パルキア騎士学校の教師たちには大きく分けて二つの派閥がある。
一つは、騎士団で働いて戦闘経験もある、一般的な騎士出身の者たちが集まった【騎士団派】。
もう一つは、騎士の資格だけをとって戦闘経験がなかったり、自分の領地を守るための私設騎士団で活動していた者たちの集まった【貴族派】である。
【騎士団派】の教師には平民出身の者もいるため、それほど身分を気にせず実力主義の傾向があるが、【貴族派】の教師たちは貴族出身の生徒を重視し、平民を軽視する傾向にあった。
ギルモアやレナードは当然【騎士団派】であり、ギルモアが校長になってからは、主だった【貴族派】の教師をめちゃめちゃクビにしたので、あまりに度がすぎた差別はなくなった。
だが、ギルモアもさすがに全員をクビにはできないし、まだまだ学校内にそういった風潮は根強いのだった。
貴族派の教師たちは、ニヤつきながら話す。
「まぁ、あの平民は今までも学校の売店の二階で寝泊まりをしていたようですし?
それでいいのではありませんか?」
「そうですね、わざわざ寮の部屋を用意してやる必要はないでしょう」
「少し不衛生ではありますがね、学校に一匹ネズミが住み着いたと思えば…、ハハハ!」
あまりにもな教師たちの発言に、ギルモアは大声を出そうとする。
丁度そこへ、
「わかりました、では私がなんとかしましょう」
一人の綺麗な女性が割って入ってくる。
「せ、セリス?!」
ギルモアは怒りを忘れて驚いていた。
◆
放課後の教室。
「ふぅ、死ぬかと思ったぜ…」
トルネは絶体絶命の状況から、なんとか無傷で生還していた。
「あれ?トルネ君。
先生にやられたじゃなかったっスか?」
ナナが、不思議なものを見るような目でトルネを見る。
「バカ言うなよ、教師が生徒をやっちゃうわけないだろ」
「そうっスか?
なんかトルネ君の頭がきたねえ花火になるところをみた気がするんスけど…」
「気のせいだよ、ナナ」
そういうことにして欲しい。
「さて、ではナナ、寮に帰りますか…。
そういえば、トルネはもう寮の部屋は決まったのですか?」
イリスは何事もなかったかのように、トルネに聞いてくる。
「んにゃ、聞いてないよ。
でもまぁ今までも売店で寝てたし、別にいいんじゃないかな?」
「そうはいきませんよ、トルネさん」
突然声をかけられて、トルネたちは揃って教室の扉の方に目を向ける。
そこにはパリッとしたスーツを着込んだ、凛とした女性が立っていた。
「お、お母様?!!!」
「イリス様のお母様?!!」
「お嬢のお袋さん?!!」
「せ、セリス様?!!」
「?だれー?綺麗な人だねー」
そこにいた五人の中で、わかっていないのはシャンテリオンだけだった。
扉の前に立っていたのはギルモア校長の娘であり、イリスの母親でもある、セリス・マキアートその人だった。
トルネは以前、騎士学校に店を出すため、校長の娘であるセリスに口を利いてもらったことがあった。
「久しぶりですね、イリス。
ナナとマルコも、元気でしたか?」
セリスはにっこりと笑いかける。
その笑顔は、思わず息を飲んでしまうほど美しい。
とても一四になる娘がいるようには見えなかった。
「そして…」
セリスはトルネに歩いて近づく。
「お久しぶりですね、トルネさん。
お店がお忙しいようで何より。
前より会う機会が減ってしまって、少しさみしいですけれど」
「お、お久しぶりです、セリス様…。
こちらこそご挨拶もできませんで…!」
トルネは顔を引きつらせている。
「お、お母様!!!なぜ教室に…!?
というか、トルネと知り合いなのですか?!」
イリスがセリスに聞く。
「なぜも何も、彼に騎士学校の売店を任せたのは私ですからね。
それに私は、ずいぶん前からトルネさんの作るアイテムのファンですから」
「そ、そうだったのですか…?」
イリスは驚いていた。
そ、そうか…!!校長の娘さんってことは当然、セリス様がイリスの母親なのか…!
当たり前のことなのに、見た目が若すぎて気づかなかったぜ。
というか、オレこの人苦手なんだよなぁ…。
押しが強くて…。人の話を聞かないし…。
トルネが考えていると、セリスがまた話しかけてくる。
「それで、トルネさん?寮の話なのですが」
「はっ?はい!!」
「残念ながら、どこも部屋が空いていないそうなのです」
「え?ああ、そうですか。
でも別にオレは…」
「なので、トルネさんには私が管理する寮に入ってもらいます」
「えっ?」
「えええーーーーーっ?!!」
イリスとナナが驚く。
特にナナが。
「?二人とも、なんでそんなに驚いてるの?」
シャンテリオンが不思議そうに二人に聞く。
「だ、だって、お母様の管理する寮といったら…!」
「女子寮っスよ!!!!!!」
「えっ…?えええええええ!!!!!」
トルネはびっくらこいた。
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なんとかそれを糧に書いていきたいと思います。