ナルシスの粛清
「ナルシス!一体なんの真似です?!!
生徒に騎士の格好などさせて…!」
イリスがナルシスに叫ぶ。
ナルシスに連れられている生徒たちは皆、騎士用の鎧や剣を身につけていた。
ナルシスは笑いながら答える。
「これはこれはイリス様…、そしてトルネ君もお揃いで。
ずいぶんと楽しそうでしたねぇ…?」
人の気も知らずに、とナルシスがイリスを睨む。
ナナとマルコも椅子から立ち上がり、身構えている。
どうも不穏な空気だ。
「おい、ブタドラゴン…」
トルネは小声でそこにいたレッドドラゴンに話しかける。
「誰がブタがお、ぶっころすがお!!」
「…いいから、二階から、オレの作ったアレ急いでもってこい…!
気づかれないようにな…」
「けっ、ちゃんとその分の給料もらうがおよ」
レッドドラゴンはパタパタと店に飛んでいく。
「イリス様、お言葉ですが…、これは騎士の真似事などではありません。
今から行われる行為は、正義の騎士の行為そのもの。
我々は王国の心ある者の代弁者なのです」
ナルシスが得意の大仰な素振りで、イリスに話す。
ずいぶんと機嫌がいいようだ。
イリスは嫌な予感がする。
「心ある者の、ですか…。一体、何をしにきたのですか…?」
イリスがナルシスに問う。
「我々は、断罪しにきたのですよ…、そこの平民を。
その男のせいで、学校はめちゃくちゃです。
風紀は乱れ、町は彼に洗脳されはじめている」
「はぁ?洗脳?」
イリスは耳を疑った。
「その通り!!
やつは言葉巧みに、校長やイリス様を操り、伝統ある騎士の大会のルールを捻じ曲げ、まるで自分が英雄であるかのように振る舞い、町の人間を騙している!!
そして、あろうことか平民の分際で、騎士学校に入り込もうとしている…!!
まさに悪魔だ!!このまま野放しにしていては、この町の、この王国の癌となってしまう!!
到底看過することはできません!」
ナルシスは狂ったように叫ぶ。
その言い分はまるで御伽話の中の、異教徒狩りをする騎士そのものだ。
「…自らの実力によって、決闘に負けた言い訳がそれですか。
呆れてものも言えませんよ。名誉のために言っておきますが…」
「あれは私の実力ではないっっ!!!!!」
イリスの言葉を遮って、ナルシスがイリスを睨みつける。
「私は、決して、負けてなどいない!!!決して!!
その男は、卑怯な手で我々をペテンにかけたのだっっ!!!
そうでなければ、高貴な我々がそんなやつに遅れをとるなど…!!」
「ふん、やっぱりそれが本音かよ」
「大層な御託を並べやがって…、結局は大勢の前で恥をかかされた腹いせっス」
ナナとマルコがナルシスに向かって唾を吐く。
ナナは口調が騎士団モードになっていた。
「…ふん、なんとでも言うがいい。
何よりも結果によってのみ勝者が決まると言うのなら、そちらと同じように、こちらもそうするまでだ…!!」
ナルシスは剣をぬく。
すると周りの男子生徒たちも次々と剣をぬく。
「キャーーーーーー!!」
近くにいた女子生徒たちが悲鳴をあげる。
「ふん、軟弱な…!剣を抜いたくらいで悲鳴を上げていてどうする!!
それで騎士が務まるのか!!」
ナルシスが周りに向かって叫ぶ。
「ナルシス!!正気ですか!
こんな場所で剣を抜くなど…!!」
イリスがナルシスに叫ぶ。
「彼らは私の同志たちです。
彼らもまた、秩序ある、より良い騎士学校を作ろうと志を共にする者たちですよ。
皆、その為には流血も辞さない覚悟です。
そしてまずその手始めにトルネ!!お前の首をいただく…!」
ナルシスたちが剣を構える。
それを見て、イリス、ナナ、マルコも剣を抜く。
イリスは焦っていた。
こちらが持っている武器は、大会用の刃引きされた剣だ。
対して、ナルシスたちが持っているものはあきらかに真剣。
さらにこの人数差だ。
トルネを守り切れるかどうか…。
「ふーん、いろいろ言うけどさ。
でもあんたもう学校にいられないじゃん。退学するんだろ?
俺と約束したじゃん」
今まで黙っていたトルネが口を開く。
「トルネ…!黙っていてください…」
イリスがナルシスを刺激しないように、トルネを止める。
しかし、トルネは挑発を続ける。
「今日退学するあんたが、学校のためにー、なんてちゃんちゃらおかしいぜ。
笑っちゃうよ」
挑発するトルネに、ナルシスがゆがんだ笑いで答える。
「退学?はて、何のことかな?私の記憶にはないな…」
「はっ、これだぜ。
これだから貴族ってのは信用できないんだ」
トルネは肩をすくめる。
「約束とは、貴族と貴族の間でだけ執り行われるものなのだ。
汚らわしい平民とのものなど、守る必要はない…!
貴様の首を刎ね飛ばせば、妄言を騙る者もいなくなる」
ナルシスは剣をトルネに向ける。
イリスが間に入ろうとするが、それをトルネが止める。
「あー、いいからいいから、イリス」
「でっ、ですがトルネ!!」
「ふん、観念したか平民め…」
トルネは椅子に座ったままナルシスに聞く。
「ちょっと聞くけどさぁ、これってつまり、決闘をまたしたいってことじゃないよね?」
ナルシスが笑う。
「勘違いするな、これは決闘などではない。
これは粛清だ。
貴様は黙ってそこに座って、私に殺されるだけで良い…。
ついでに、後ろの店にも火をつけてやろう。
ここには貴様を守ってくれるルールも、審判も存在しない!!」
「あっそ、そりゃよかった」
トルネはにっこり笑うと、
ポンッ!!
ドッゴォオオオオン!!!
ナルシスの背後にいた何人かの男子生徒が爆発した。
「…え?」
「え…?」
イリスはぽかんとしている。
ナルシスは後ろを見る。
火だるまになった男子生徒たちが、悲鳴をあげている。
「まったく…、なーにが守ってくれるルール〜、だよ…。
笑わせんな。
お前ら騎士様の、甘っちょろいルールに付き合ってやってんのはこっちの方だっつーの」
トルネは怪しく笑っている。
「下町ではやらかしすぎて、だいぶ有名になっちゃったからなー。
喧嘩を売られるなんて、ほんと久しぶりだよ。
さぁ、バーベキューになりたいやつはどいつかな?」