トルネの心
騎士学校、トルネの売店。
店の前にある、軽食を食べるための簡易オープンカフェのスペースにて。
「ちょっとトルネ?!
一体なんだったんですか?!あの試合は!!」
「ガラガラー…、ペッ!
うーん…、まだなんか感触が…」
イリスはトルネに対して怒っている。
一方、トルネは水で口をゆすいでいた。
口の中にミミズの感触が、まだ残っているらしい。
「ガラガラー、ペッ!…仕方ないでしょ。
これしか勝つ方法が見つかんなかったんだから…。
オレだって別にやりたいわけじゃなかったんだからね!」
勘違いしないでよねっと言わんばかりにイリスをにらむトルネ。
それを見ながらコーヒーを飲んでいるナナとマルコは、またかという顔である。
「それで?今度は一体どんなアイテムを使ったんだ?」
マルコはトルネに聞く。
「うん、あれは《ニワトリのよろい》といって、全ての鎧をセットで使うことで効果を発揮するマジックアイテムなんだ」
「ほうほう」
トルネは指を立てて説明する。
「あれを使うと、筋力や魔力が一時的にグンとアップする代わりに理性を失う、いわゆる狂戦士状態になるアイテムなんだ。
《ニワトリのよろい》の場合は、中に宿っている最強のニワトリの魂が使用者に乗り移ってしまうらしい…」
「さ、最強のニワトリってなんなんスか…?」
ナナは思わずトルネに聞く。
「知らないね。
ああいうアイテムの呪いって、基本的にかけた人間死んじゃってるし、何考えてそんな呪いをかけたのかなんてわからないんだよね。しかも呪いの内容も、実際にアイテムを身に着けてみないと詳しいことはわからないしさ」
「はぁ…、飼ってた可愛いニワトリが死んじゃったからそんな呪いをかけちゃったんっスかねぇ…?」
ナナが想像で適当なことを言ってみる。
だとしたらずいぶんとひねくれた愛情である。
「それじゃあ、トルネが私に預けたあのペンダントは…?いやまぁ想像がつきますが…」
「うん、まぁ呪いを解くためのマジックアイテムだよ。《ぎんのロザリオ》ね」
「はぁっ…」
イリスは体から力が抜けてしまった。
最初からトルネは、イリスに鎧の呪いを解いてもらうためにペンダントを渡していたのだ。
自分の身に何かあったときのために預けていたとかではなく。
「あの鎧って効果はバツグンに強いけど、モンスター退治なんかには全然使えないんだよねー。
理性がなくなっちゃうし、装備したらそのままどこかに走っていっちゃうしね。
あれにどんな呪いがあるのか調べるために試しに親父に着せてみたときも、走ってどっかにいっちゃって…。
三日後、近所の農家のニワトリ小屋でひよこと一緒に餌食ってたよ」
「それは親父さん、地獄だったな、色々と…。あ、あの格好でか…」
「むしろトルネ君が、どうやってあれを着せることに成功したのかが知りたいっス…!」
「いや…、だって親父が着ないと鑑定できないじゃん…。
親父、鑑定できないし…」
ナナとマルコは、トルネの父親のことが一気に不憫になった。
商売って大変なんだなぁ…。
トルネは椅子に座りながら説明を続ける。
「だけど、今回の闘技場みたいな完全に密閉された空間だったらどこかに逃げちゃうってことはないし、しかも、相手が勝手にこっちに襲いかかってくるでしょ?それだったら、使えるかなーって」
一つの箱の中に、猫とネズミを放り込むのと一緒だよ、とトルネはコーヒーを飲んだ。
「それにイリスなら、バーサーカー状態になったオレでも捕まえられるだろうしね。
一かバチの賭けだったけど、なんとかうまくいってよかったよ」
トルネがケラケラと笑う。
「はぁ…、よくもまぁそんなに悪知恵が働きますね、トルネ。
戦った相手に同情します」
「でもこれで、準決勝進出っスね!!次はとうとうイリス様との対決っス!!」
「俺たちは二人とも、とっくに負けちまったからな…」
ナナは興奮している。
しかし、トルネはコーヒーをすすりながら冷ややかに言う。
「いや、オレもうやんないよ。ここで棄権する」
「「「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ??!!!!」」」
これには聞いていたイリスも驚く。
「な、なんでですか?!トルネ!!せっかくここまで勝ち進んだと言うのに!!!」
大きい声で聞いてくるイリスに、めんどくさそうにトルネは話す。
「いや…、だってもう十分でしょ?
オレの目的は、入学のために目立って大会の結果を残すことと、売店の売り上げを伸ばすこと!
おかげさまで売店の売り上げは順調だし、平民のオレが大会ベスト4だよ?十分すぎる結果だよ」
「し、しかし…!」
「それに…、はっきり言って、イリスに勝つ方法が見つからないよ。
五回戦の相手にだってやっと勝てたんだし、その鎧だってイリスには通じないわけだし…」
「そ、そんな!!前聞いたときは、私になら200%勝てると言っていたではないですか!!」
「あれは冗談だよ。
だいたいアイテム屋のオレが、本気で騎士の修行したイリスにかなうわけないでしょ」
イリスは口ごもってしまう。
トルネが私に勝てないだって?
そんなはずはない!!
根拠はないが、イリスは確信していた。
トルネは私よりきっと強いはずだ!!たとえ武器が使えなくても!力も体力も全くなくても!
だって…、だって…!!
「それに…、イリスはずっと騎士になるのが夢だったんでしょ?
その夢を、オレがどうこうできないよ」
何気なくトルネが言った最後の言葉に、イリスははっとなった。
こちらを見ずにコーヒーを飲んでいるトルネの横顔をじっと見つめる。
トルネ…、トルネあなたは…!
反論の言葉が見つからないイリスに、ナナとマルコが話しかける。
「まぁ、たしかにトルネの言う通りかもしれませんぜ、お嬢」
「そうっスよ。トルネ君がイリス様みたいなゴリラに勝てるわけないっスよ」
「…!」
そうじゃないと、イリスが反論をしようとしたときに、不意に足音が聞こえた。
普通の足音ではない。鎧をまとった複数の足音。
まるで騎士団の行進の足音のようだ。
足音の方を見ると、騎士の鎧を身にまとった男子生徒の集団がこちらに向かってきていた。
「やぁ、皆さんお揃いで…。
ずいぶん楽しそうでしたねぇ…、人の気も知らずに!」
「ナルシス…!!」
先頭にいた男には見覚えがあった。
それはトルネに決闘で敗北した、ナルシス・ヴァーミリオンであった。
「トルネ!!貴様を騎士の名の下に、粛清してやるっ!!!」