一回戦!!
ここで説明を少し。
実技大会の会場となるのは、騎士学校の中にある闘技場である。
元々は、騎士の決闘なんかを教えるための施設だ。
いかにも貴族らしい施設である。
闘技場は円形になっており、周りはぐるっと高い壁で囲われている。
屋根はなく空が見えるようになっており、壁の周りは観客席になっているという、とてもオーソドックスなタイプの円形闘技場だ。
選手二人は囲われた壁にある入り口から中に入り、前もって申請した武器と、決められている防具をつけて、騎士の名誉をかけて戦う。
今回からアイテムを一つ使用していいというルールが追加されたものの、騎士学校の開校から大きく変わることのない伝統の行事である。
そして、王立パルキア騎士学校、実技大会。
トルネの第一回戦。
「おいっ!!どういうことだ!!?」
トルネの対戦相手、キース・ガルバードが声を荒げる。
「この大会では、防具は決められたものを使わなくてはならないはずだ!!
なのに…」
キースはトルネを指差す。
「なぜ、やつの盾はあんなに大きいんだ!!!」
「…」
トルネは、そっぽを向いている。
ふん、貴族のお坊ちゃんが、怒って何か言ってるな?
キースが怒るのも無理はない。
普通、選手がつける盾は丸くて小さい、《バックラー》と呼ばれるタイプのものだ。
木でできていて、とても軽く、そのサイズは直径でも30センチ程度。
しかし、トルネがもっている盾は、30センチどころではない。
木製だが1メートルはあった。
正面から見ると、小柄なトルネの体がすっぽり隠れて見えなくなってしまうほどの大きさである。
審判のレナードが口を出す。
「…そいつは防具じゃない。
今回、武器として申請されているものだ」
「はぁ?!武器…?!」
キースは納得ができていない様子だ。
トルネは盾の後ろから、ひょっこりと顔を出す。
「こいつはオレのつくった、《グレートシールド》さ。
ルールでは認められた武器ならなんでもいいはずだぜ?
盾だって、うまくつかえば剣を折ることもできる。
立派な武器さ」
「ふざけているのか!!
そんな大きい盾を振り回すことができるわけがないだろう!
私を愚弄しているのか!!」
キースは叫ぶ。
「剣と盾をもって、正々堂々戦え!!」
トルネはうんざりする。
でたでた…、騎士様お得意の、正々堂々戦え!だよ。
これだけはどーしても理解できない。
目的達成のために最善を尽くすこと、これを正々堂々というんじゃあないのか?
だいたい、なぜ剣と盾を使うことが正々堂々戦うことになるんだ?
盾だけで戦ってもべつにいいじゃないか。
「貴様!それでも、誇りある騎士学校の生徒か?!」
「…オレ、まだ入学してないもーん」
「なんだとっ!!」
「もういいだろう…!いい加減にしろ!
ルール上は問題ないんだ、さっさとはじめるぞ」
レナードは、イラついた様子で開始を促す。
「ですが…っ!」
「うるせーぞ!!兄ちゃん!!さっさとはじめろー!!」
「遅いぞー!なにしてやがる!」
「びびってんのかー!!」
「…くっ」
観客席から、キースにヤジが飛ぶ。
これは、さっさと試合をはじめる空気を作るために、あらかじめトルネが商売仲間に頼んでいたことだった。
貴族の生徒がトルネの武器を見ていちゃもんをつけてくるだろうということは、火を見るより明らかだったからだ。
「ではいくぞ、トルネ対キース・ガルバード、はじめっ!」
ドォン!!
開始の太鼓の音がなる。
キースはロングソードを構えた。
くそっ…!これだから、平民は嫌いなんだ…!
オレを誰だと思っているんだ!!ガルバード家の長男だぞ!
まったく頭が悪くてイヤになるぜ!
しかも戦う相手が、生徒でもない、アイテム屋の店員だと?!
どういうことなんだ!!バカにするのも大概にしろ!!
入学式からこっち、ろくなことが起こらない…!
キースはトルネを見据える。
しかしまぁ、考えようによっては悪くないか。
あんな馬鹿でかい盾、自由に振り回せるわけがないんだ。
まわりこめば、やつは武器を持っていない。
丸腰だ。
アホな平民め…!ど素人め!
なんでもデカければいいと思いやがって。
発想が貧困なんだよ。
やはり頭の悪い平民ふぜいが騎士になんてなるべきじゃない。
そのことを、ここで私がキッチリ体に教えてやる…!
キースは、緊張した様子で、ゆっくりとトルネに近づいていく。
じりじりとトルネの後ろに回り込む。
大きな盾に隠れたトルネは、じっとしたまま動かない。
なんだぁ?
盾を動かせないどころか、一歩も動けてないじゃないか。
平民め、はじめての決闘に怯えて盾の後ろから隠れて出てこれないか。
こいつは楽勝だな。
キースが盾の後ろに近づいていく。
トルネの動きは見えない。
キースは、一気に距離を詰めた。
「オラァッッ!!」
キースが、盾の後ろのトルネに飛びかかる!
その瞬間、
カッ!!
音が爆発した。
◆
レナードが審判席から降りてくる。
そしてキースの様子を伺う。
キースは仰向けに倒れ、白目をむいたまま、泡を吹いて気絶している。
「…何をした?」
レナードはトルネに問う。
「別に大したことじゃないですよ。
《かんしゃく玉》を使ったんです」
トルネはにっこりと笑って、ポケットから小さくて真っ黒なボールを取り出す。
「こいつは普通、モンスターなんかから逃げるときに使うもので、地面なんかに思い切りぶつければそれがたとえ大型のモンスターでも、大きな音で一瞬怯ませることができます。
本当はモンスター相手に使うものなんだけど、ま、緊張している人間の横なんかでならせば…」
「フン、こうなるわけか」
泡を吹いたキースの顔を、レナードが足でつつく。
トルネが全く動かないのをみて、はじめての決闘に怯えているのだと対戦相手のキースは予想していた。
しかし結局のところ、それはキースも一緒だったのだ。
多くの観客が見ている、一年生の実技大会の第一回戦である。
普通の人間ならば、緊張して当たり前。
自分もガチガチに緊張しているからこそ、トルネもきっとそうであると、キースは考えたのである。
その上、トルネは大きな盾で手元を隠していた。
トルネが、《かんしゃく玉》を手に用意していても、キースからは全く見えなかったのである。
元々そのためだけにトルネは大きな盾を作っていたのだ。
手元を隠され、全く予想していない状態でモンスター用の《かんしゃく玉》を思いっきり食らったのだ。
キース・ガルバードがその音のショックでぶっ倒れても仕方がなかった。
まぁ、それにしたってアイテムを使うタイミングが絶妙だったがな…。
体を盾に隠したおかげで相手には気づかれないだろうが、ほとんどこいつからも相手は見えなかったはずなのに。
レナードはトルネを見る。
トルネはにっこりと笑い返す。
「ふん…、勝者!トルネ!!」
観客席からは大きな歓声が上がった。
今回のアイテム:かんしゃく玉
武器:グレートシールド