契約は計画的に 後編
それは変な生き物だった。
丸みを帯びた柔らかそうな体に、赤い皮膚。
角が二本に、つぶらな瞳。
パタパタと、とても小さな羽が生えており、お尻からは短い尻尾がくるくるぴょんと突き出ている。
「…へんちくりんな豚だな…。羽が生えてやがる」
トルネはそう結論した。
「豚とはなんだがお!ぶっころすがお!」
激昂した空飛ぶ子豚が、飛びかかってくる。
その羽を、トルネは難なく捕まえる。
「は、離せ!」
「…うーん、高く売れるかも知れん」
「ひえ?!や、やめるがお!話せばわかるがお!」
物騒なことを言うトルネに、子豚は焦ってバタバタ短い手足を振り回す。
「お前は一体何なんだ?
ゴブリンには見えないけど…」
「聞いて驚け!我は、レッドドラゴン!
人間の世界を、炎の地獄に変えるためにやってきたのがお!」
「…こちょこちょー」
「アヒャヒャ!や、やめるがお!!」
脇をくすぐると、ケタケタと子豚が笑う。
「レッドドラゴンだぁー?ウソつけ」
レッドドラゴンといえば、子供でも知っている、超危険モンスターの代名詞である。
かつてレッドドラゴンがあらわれたときには、ひと吹きで国が滅びただとか、森が燃えて無くなってしまっただとか、そういうレベルの、やばいモンスターである。
だが最近ではレッドドラゴンが現れたという話は聞かないが。
「バカにすんなよ?図鑑で見たことあるぞ。
レッドドラゴンって言ったら、あれだろ…、何百年も生きてて、頭にツノが生えてて…」
生えてるな。
「尻尾があって…」
一応あるな。
「羽が…」
ある…。
子豚を見ると、ふふんと、偉そうに踏ん反り返っている。
ま、まじか…、おい?
「いやいやいや!いくらなんでも、こんなに小さいわけないだろ…!
一匹で国を滅ぼすようなモンスターだぞ!
しかもこんな、ぶっさいくな…」
「ぶっころすがお!」
機嫌を損ねたらしい子豚は、またじたばたと暴れ出す。
しかし、短い手足では届かない。
「はぁはぁ、…これは、我の真の姿ではないがお…!」
「どういうこと?」
「教えないがおー」
子豚はぷいと顔を背ける。
トルネはカバンの中から、ねずみをおびき寄せるために持ってきたサンドイッチを取り出す。
中には、特製のローストビーフがぎっしりと詰まっている。
「!!」
あきらかに子豚の目が奪われている。
野菜しか食べていないと言っていたからな…。肉が恋しかろう。
「れ、レッドドラゴンは、何百年かに一度、古い肉体を捨て、生まれ変わるがおよ!
そうすると、いっとき魔力や力がすっごく落ちるがお!
それから時間をかけて、ゆっくり体を再生していくがお!
五十年くらいは、みんな大人しくしてるがおよ!」
何も言っていないのに、子豚はペラペラと喋り出した。
こいつ、面白いな…。
しかし五十年とは…!
気の長い話だ。
悠久を生きるレッドドラゴンにとっては、それほどでもないのかな。
「ふーん、で、お前はなんで、大人しくしてないでこんなところにいるんだ?」
「い、言いたくないがお…」
ほーれほーれ。
トルネは、サンドイッチを目の前にちらつかせる。
「う…、そ、それが、支配してた火山から、ちょっとお暇を出されたがお…!
我、争いとか、戦争とか大好きで、あんまりみんなに好かれてなかったから…」
レッドドラゴンは、しょんぼりする。
「ふーん…。ほれ」
「キシャーーーーー!!ガツガツガツ!!」
トルネは、レッドドラゴンにサンドイッチを渡す。
レッドドラゴンは貪るようにそれを食べ始めた。
食っているところだけは、迫力満点だった。
なるほどね…。
つまりは、弱体化したところを狙われ、反乱を起こされたわけか。
永く生きて頭が良くなるというのも考えもんだな。
権力が生まれ、文化が生まれ、そして争いが起こる。
やってることは、モンスターも、人間も、そう変わらんわけか。
「ムシャムシャムシャ!!」
…しかしこいつ、言葉も喋れて、そこそこ頭もいい。
使えるかもしれん…。
「おい、お前ー。
本当にレッドドラゴンなのか?
あの有名な?」
「さっきからそう言ってるがお!」
「そんなちーさい体で、何百年も生きてるなんて、とても信用できないなー。
そんなに優れているんなら、人間の文字なんかも書けたりするのか?」
「当然がお!人間の言葉なんて、楽勝がお!」
「計算とかは?」
「竜式そろばん検定、一級持ってるがお」
「…それは、信用できるのか…?」
ていうか、ドラゴンもそろばんやんのか…。
「まあいいや、じゃあちょっと試しに、ここに名前を書いてみて」
「いいがお。
きったない本だがおねぇ…。
人間の文化も、底が知れるがお」
そう言いながら、レッドドラゴンはペンを受け取ると、カリカリと名前を本に書きだす。
「へぇ〜、なかなか字上手いじゃない。…ガルスペリオン・ランド・マリナ・ペペリカ・マ・オライオン?
変な名前だなぁ…。無駄に仰々しい」
「ぶっころすがお」
そう言いながら、ドラゴンは名前を書き終わる。
「ふむ、それではここにオレの名前を…、と。
契約者、トルネ、と」
トルネは、本を閉じる。
「よし、さて。
世間知らずのドラゴン君、ここから出ていってもらおうか」
「イヤがお、ここからは絶対でないがお…、んがお?!」
ドラゴンの体が、トテトテと出口に向かって歩きだす。
「なんだがお?!か、体が勝手に動くがお?!
んギギーーー!!何したがお!!!」
「内容も確認せずに、商人が出した怪しい紙にサインをしない。
お母さんに教わらなかったのか…?
これでお前は、もうオレの下僕だ…」
ニチャァ、とトルネの顔が醜く歪む。
「マジックアイテム、罪科の魔導書。
こいつは、契約者と、奴隷を縛るマジックアイテムだ。
契約が結ばれれば最後、決して奴隷は契約者のいうことに逆らえない。
かつて、王が罪を犯した人間を罰するために作られたといわれる、超レアアイテムだ」
「な、なんだとがお…!うおおギギ」
ドラゴンは、必死に抵抗をしているようだが、無駄のようだった。
「ケケケ…、売店のアルバイトを探すために偶然、持ち歩いていてよかったぜ…!
モンスターにも効くかはわからなかったが、これでアルバイトは確保だな。
ドラゴンには労働基準法も適用されないだろう…、ククク、好都合だ!」
「そ、そんなブラック企業で働くのは御免がお!!」
ドラゴンは息を吸い込むと、大きな声で咆哮を上げた。
すると、天井から、ボトボトと何匹かの火トカゲが落ちてきた。
「む!」
「フハハ!油断したがお!?油断したがお!?
たとえ、魔力が落ちたとしても我はドラゴン!
低級の眷属を支配することなど、造作もないこと!
火トカゲたちよ!こいつを黒焦げにするがお!」
「キッシャアアア!!」
火トカゲたちがトルネに襲いかかる。
「甘い!火トカゲが怖くて、アイテム屋がやってられるか!!」
叫ぶとトルネは、カバンに手を突っ込み、あらかじめ用意していた灰を、火トカゲたちに浴びせかける。
「ギ、ギ?ギャオオオオオオん」
白い灰が、火トカゲたちに降りかかる。
すると、火トカゲたちはその灰を、浮かれたように必死に集めだす。
「な、何してるがお?!我が眷属よ!さっさとそいつを殺っちゃうがお!」
「ムダムダ」
何もわかっていないドラゴンにトルネが説明する。
「こいつは、パラスウッドっていう木を焼いて作った上等の灰さ。
匂いが強くて、香料などにも使われるパラスウッドの灰は、火トカゲの大好物。
舐めると、とても気分が良くなって、火トカゲは酔っ払ったようになってしまうんだ」
要するに、猫にとってのマタタビみたいなものだった。
火トカゲたちは、必死に灰をかいだり、体をこすり付けたりしている。
「こ、こんなもので、我が眷属たちが…!卑怯がお!!」
「ちなみに、中には銀の粉が混じっていて、舐めていると、そのうちお腹が痛くなる」
「け、けんぞくぅーーーーーーー!!!」
火トカゲたちはひっくり返って、ピクピクと動かなくなってしまった。
絶望しているドラゴンを、トルネがひょいと捕まえる。
「まぁまぁ、聞けって。
どうせこのままここにいたら、食料なんか運ばれてこなくなるぞ。
だいたい、モンスターがいると分かれば、騎士がお前らを退治しにくるだろうし…」
「ぐぐ…」
「オレのところに来れば、少なくとも飯と住める場所は用意してやれる。
ただしその分、きっちり働いてもらうがな」
「…うう、わかったがお。ただし、力を取り戻すまでの間がお」
「おーけー、おーけー。契約成立だな。
あ、でも人前で言葉は喋るんじゃないぞ?騒ぎになるからな」
こうして、無事、アイテム屋パパルコ二号店の店員が増えたのだった。
格安で。
◆
翌日。
レナードが、売店にやってくる。
「ちっ、剣がボロボロになっちまったぜ…、あいつらが無茶苦茶しやがるから…」
「がーおー(いらっしゃーせー)」
「…」
レナードは、目を疑う。
売店の中には、訳のわからない生き物が浮かんでいた。
「店員」と大きく書かれたTシャツを着ている。
な、なんだ…?こいつは。
なんで学校の中にモンスターが…?!
た、退治しちゃっていいのかな…。
でも、Tシャツに店員って書いてあるし…。
「がお?(なんだこいつ…。人の胸元ばっかり見やがってがお。変態がお。隻眼の変態がお)」
レナードが混乱していると、生き物はノートに文字を書き、それを見せてくる。
《なににします?》
「え、ああ、じゃあ、騎士用長剣お手入れセットを…」
《300Gになります》
得体の知れない生き物が、また文字を見せてくる。
横では、何匹かの火トカゲたちが、せっせと商品を袋に詰めている。
「はい…、300Gね…」
恐る恐るお金を渡すと、得体の知れないモンスターが商品を渡してくれた。
「がおー(ありあっしたー)」
モンスターたちに手を振られながら、レナードは売店を出て行く。
「???」
な、なんだったんだ?一体あの店は。
モンスターが、店員をやっている店なんて聞いたことがない。
まぁとくに危険な感じではなかったが…。
相当な腕前のモンスター使いでも、店員にいるのだろうか?
レナードは、パタパタ浮かんでいたモンスターのことを思い返す。
なんだか、プニプニとしていて、丸っこくて可愛らしかった。
今まで感じたことのない、不思議と癒されるような感覚をレナードは感じていた。
「…また行ってみるか…」
レナードは空に向かって、そんなことをつぶやいた。
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