契約は計画的に 前編
イリスたちがレナードにしごかれている、そのころ。
「ねぇー?頼むよ〜、トルネっちゃん」
「う〜ん…」
トルネは困っていた。
それは、客の来ない売店で、ぼーっとしているところに、
食堂のおばちゃんが持ってきた「お願い」が原因だった。
「ねずみ、ねぇ…」
「ちょっと大きいのが住み着いちゃったみたいで困ってるのよぉ〜。
野菜をかじられちゃってるみたいでぇー。
トルネっちゃんとこ、そういうの専門でしょ?
ササッと駆除してくれないかしら〜?」
全然困っているようには見えない笑顔で、おばちゃんが頼んでくる。
いや、全然専門じゃないけど…。
アイテム屋を、ねずみ駆除業者みたいに言わないでほしい。
そりゃたしかに、虫除けポーションだとか、簡単なネズミ用の毒は売ってますけどね。
「そういうの学校の教員とかに頼めないの?」
「え〜、だって、先生って騎士様でしょ?
話しかけるの怖いじゃないのぉー…」
…まぁ、騎士様にねずみ追いかけさせるのもな…。
ほんとは、商品を買っていって欲しいけど、食堂のおばちゃんにはタダで飯を食わせてもらってるわけだし…。
「ま、いいよ。ちょっとネズミ捕りでも仕掛けてみようか。
場所はどこ?」
「あっりがと〜!食料がおいてある倉庫なのよぉ〜!
多分、地下室だと思うんだけど〜!
あ、ハイ!これ!倉庫の鍵ね!!いや〜もうほんと助かるわぁ〜!ホホホ!」
「…はいはい…」
…どうでもいいけど、こういうモノを頼みに来るおばちゃんって、お願いが断られるということを全く考えていないよな…。
有無を言わさない威圧感があるというか…。
鍵なんか持ってきて、最初っからやってもらう気まんまんやんけ…。
食堂のおばちゃんが、何度も礼を言って帰っていくと、さっそくトルネは準備に取り掛かった。
ふーむ、どうしようか。
大きめのねずみだということだが、住み着いたのが、火トカゲや、ゴブリンという可能性もある。
一応、準備だけはしておくか。
さっさとすませてしまおう。一銭にもならない仕事だし。
トルネは手早く準備を済ませると、売店に準備中の札をかけ、食料庫に出かけた。
◆
食料庫は食堂の裏側にあった。
トルネは、鍵を開け、こっそりと中に入る。
「おじゃましまーす…」
中は薄暗くて、不気味だった。
野菜が詰まった袋や、樽が山済みになっており、ふんわり穀物の香りがした。
「これじゃ、ねずみが寄って来るのも無理ないかな…」
すると突然、首にかけていたお守りが震えて、カチカチと音を立て始める
このお守りは、この辺りでは魔除けとして一般的に知られているもので、牛や馬の骨で作ることができる。
モンスターが近くにいると、音を鳴らせてそれを知らせてくれるのだ。
「何かいるな…、ねずみじゃない…」
トルネは、ナイフを抜く。
ゴブリン…?
それにしちゃ、臭くない。
食料庫の中も、全然荒らされていない。
…なんにしても、とりあえず調べるだけ調べたら、
騎士様に報告するしかないな。
トルネはゆっくりと、地下室に降りていく。
地下室では、穴の開いた袋から、麦が溢れていた。
その穴を、トルネは注意深く観察する。
穴はふちが黒く焦げていた。あきらかに何かに焼かれた跡だ。
「火トカゲ、か…?」
しかし、こんな周りに火も、炭もないような場所に?
火トカゲは、焼け残った炭だとか、灰だとかを食べるモンスターだ。
近くに厨房があるから、寄ってきたのだろうか?
【…立ち去れ!!】
「うわっと?!」
突然、頭の中に声が鳴り響く。
トルネは驚いて、ナイフを落とす。
カラカラカラ…!
転がっていったナイフの先を見ると、二つの点が怪しく光っている。
暗い地下室の奥に何かいる。
【立ち去れ!人間!この場所は、我が支配した…!】
し、喋ってる?!
言葉が話せるモンスター?!
トルネは混乱する頭を、必死に落ち着かせる。
たしか…、たしか永く生きているモンスターは、種族によっては高い知能と魔力を有することがあると、本で読んだことがあるぞ。
しかし、人語を理解して、頭に直接語りかけて来るモンスターなんて聞いたことがない。
もしそうだとすれば、とてもオレの手に負えるモンスターじゃない。
なんとか隙を見て逃げ出さないと…!
【この場所は、未来永劫語り継がれることになる…!地獄の入り口としてな…!】
…あん?
なんだかおかしな言い草である。
この場所に巣でも作る気だろうか?騎士学校の倉庫に?
いくらなんでも場所が悪すぎるだろう。
言葉が通じるのなら…。
「…ここに巣でも作るの?なんでまた、こんなところに?」
トルネは、恐る恐るモンスターに声をかける。
【知れたことよ、この場所には食料が山ほどある…!雨風をしのぐ屋根もある!我が居城にふさわしい】
…地獄の入り口にしては、ずいぶんと安易な城である。
だいたい、こんな所にモンスターが巣を作っていると分かれば、当然、倉庫として利用できなくなる。
食料は運ばれてこなくなり、あっという間に、食料は尽きてしまう。
そんなこと、少し考えればわかりそうなものだが…。
【しかし、野菜ばっかりというのがどうもな…、新鮮な人の生き血とは言わんが、せめて牛…、いや羊肉くらいは…】
モンスターの言動に違和感を感じ、トルネが一歩モンスターに近づく。
【ち、近くな!!それ以上近寄ると、消し炭にするがお…!】
がお?
なんだか可愛らしい喋り方である。
あきらかに焦っている様子の声の主に、トルネはずんずん近づいていく。
焦っている相手は追い込む、弱っている相手にはつけ込むのがトルネの信条だった。
「が、がお!!み、見るんじゃない!!」
「なんだ、コイツ…」
そこにいたのは、小さくて、なんだかよくわからないモノだった。




