お風呂はお好き?
「はひ〜…、疲れたっス…」
「せいっ!せいっ!」
授業が終わって、夕暮れ時をすぎ、あたりはもう暗くなっている。
イリスとナナは訓練場にいた。
ナナはさっさと帰るつもりだったのに、この学校に訓練用の施設があると聞いて、イリスがどうしても行きたいと言い出したのだった。
「全く…、訓練なんて、授業だけで十分っスよ…」
ナナはブツブツとつぶやくが、イリスは全く聞いていない様子だった。
「せいっ!せいっ!ハッ!」
もう一時間も、ああやって素振りを繰り返している。
一体何が面白いんだか…。
素振りをしながらニコニコしている。
少し、いや、かなりおかしいんじゃなかろうか?
自分と同じで、年頃の娘だというのに…。
イリスは昔からいっつもこうだった。
何かと言えば、修行、特訓、必殺技の開発。
海に遊びに行ったら遠泳で鍛え、川に行ったら滝に打たれ、山と言ったら山籠り。
幼い頃から、その全てに付き合わされてきたナナは、いつもひどい目にあってきた。
まるで絵本を読み、正義の騎士に憧れた少年がそのまま成長したような、そんな性格だった。
「イリス様ー!そろそろ寮に帰りましょうよー!日が暮れちゃいましたよー!」
ナナは大きな声でイリスに声をかける。
「ふぅ…、そうですね。
お風呂の時間もありますし、このくらいにしておきますか…」
イリスは汗を拭き、いい笑顔で、振っていた石剣を壁に立てかけた。
グラッ…
ズドンッ
石剣が大きな音を立てて地面に倒れる。
ま、また古典的な修行を…。
どれだけ重いの振ってたんスか…。
そんなものを振ったところで、果たしてどれほど効果があるのかわからないが、しかしすごいことは間違いない。
実際にやっているところを見せつけられると、イリスを尊敬せざるを得なかった。
「こんなものが置いてあるとは…!いい訓練場ですね…!
これからは毎日ここに通いましょう!」
目をキラキラさせながらイリスが言う。
ちなみにこの訓練用の石剣は、校長がシャレで作ったものだった。
「…ハイハイ。
それより早くお風呂に行くっス!
しまっちゃいますよ!」
寮の大浴場は、深夜から朝までは解放されていない。
汗だくのまま明日の朝まで風呂があくのを待つのはごめんだった。
イリスと違って、ナナはしっかり乙女なのだ。
◆
カッポーーン
数十分後、ナナは寮に備え付けてある大浴場で、湯に浸かっていた。
「ふぃー…、生き返るっスにゃー…」
訓練に付き合わされた体から、汚れと一緒に、疲れも体の芯から溶かしていくようだ。
時間ギリギリに入ったおかげで、他に入っている生徒はいない。
ちょっとした貸切状態だ。
こればっかりはイリスの修行バカに感謝だ。
「もう、ナナ。
オッサンくさいですよ、マルコじゃあるまいし」
「にゃ?」
一糸まとわぬ姿で、イリスが大浴場に入ってくる。
タオルなんかでどこかを隠したりしない。
貴族としてはどうかと思う、男らしい入浴姿だった。
「ムムムっス…!」
久しぶりに一緒にお風呂に入ったっスが…。
しかし、なんと言うぷろぽーしょん!
背が高く、程よく筋肉のついた体に、たゆんと揺れる豊かな胸。
安産型の大きなお尻から伸びる少しガッチリとした太もも。
普段はまとめてある金色の髪が腰まで伸びて、キラキラと輝いている。
そして、汗ばんで赤くなった顔が最高にエッチだ。
同性ながら、思わず襲いたくなってしまう。
「襲ったりして。えいやっ!」
「きゃんっ!!ちょっとナナ!!」
後ろからとびつき、イリスの胸を揉んでみる。
「ひどいっス!お子様体系の自分に、こんなにも立派なものを見せびらかしたりして…!
ほんとに十四歳なんスか?!この体はもう犯罪っス!こうしてやるっス!いけない子っス!」
ふにふに
「ちょ、ちょっと待っ…!んっ…!ナナ、怒りますよ!!」
「ふんー!ふんー!
ゆ、許せないっス…!トルネ君は、こんなものを好き勝手に…、うん?」
ナナは、ふと違和感に気づく。
「イリス様、訓練でついた傷はどうしたっスか?
昔はもっといっぱいあったような…?」
前に見たときは、イリスの体には、無数の訓練でできた傷が残っていた。
しかし、今はつるんとして、まさに玉のような肌である。
まるで輝いているかのようだ。
「そ、それが…」
イリスの話によると、トルネにポーションを塗られてから、
バジリスクの傷が治った際に、不思議なことに、一緒に上半身の古傷もすべて消えてしまったのだと言う。
「えーーー?!そんなことあるわけないっス!!」
「し、しかし、実際…、そうなのです…。多分」
自信なさげに、イリスが言う。
「ムムム…!!」
ヒーラーであるナナはよく知っている。
たとえ超すごい回復魔法を使ったとしても、古傷なんかは消し去ることができないと言うことを。
なぜ治せないのかと言うと、それはナナもよくわからないが。
多分、長く体に残っていると、古傷も、健康な体の一部として認識されてしまうからだろう。
「これは、噂が現実味を帯びてきたっスね…!」
「噂?」
考え込むナナを、イリスが不思議そうに見る。
「知らないっスか?最近、町で噂の《美肌のポーション》っス!!」
「ああ、たしか、お母様が使っていたような…」
「えーーーーっ!!それスゴイっス!!さすがお母様っス!!」
ナナが大げさに驚く。
「そ、そんなにすごいものなんですか?」
イリスは、化粧品だとか、町の噂に関して無頓着だった。
「スゴイっスよ!!
あれってちょーーーーレアで、貴族でも、なっかなか手に入らないって有名なんっス!
だから口コミで広がっている話で、実際に見たわけじゃないっスけど、なんでも、【魔法使い】が作ってるって噂があるっスぅ…!」
「【魔法使い】って、あの?」
【魔法使い】とは、世界最強の魔術師の通称である。
何百年も生きていて、今ある魔法の全てを作ったと言われている。
「なんでも、そのポーションを塗り続けると、
ニキビや、シミや、そばかすなんかが綺麗に消えちゃうどころか、
古傷やしわ、黒子なんかも消えてしまうという話っス…!」
「そんな、まさか…」
あり得ない、と言おうと思ったが、そう現実離れしていない話だ。
少なくともイリスにとっては。
それは、トルネのくれたポーションにそっくりの効能だった。
「あれが…、もし、もしっスよ!トルネ君の作ったポーションのことだったとしたら…!」
ナナは、真剣な表情でイリスに詰め寄る。
「だ、だったとしたら…?」
イリスも、ナナにつられて真剣な表情になる。
ごくり
「…」
「…」
「ぶえええっクシュっっ!!!」
「っぎゃああ!!汚い!!!」
ナナは、思いっきりイリスの顔にくしゃみを吹きかけた。
「ズー、ふええ、湯冷めしちゃったっス。温まり直すっスよ…」
ナナは鼻をすすりながら、湯に浸かりにいく。
イリスはプルプルと震えている。
「ぶくぶく…。?イリス様、どうかしたっスか?」
「もうっ!!ナナーーーーーーーッ!!!」
ジャボーーーン!!
ギャーっス!!
女子寮の大浴場に、ナナの悲鳴がこだました。