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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第二章

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第七話


 俺も行きたいとしつこく繰り返す庸司を何とか引き剥がし、功基は今、学校から十分程離れた細道にある古びた喫茶店のソファーに座っている。

 店主は白髪のお爺さま、店内に流れるのはタイトルもわからないジャズ。調度品は落ち着いた茶系で揃えられ、店主の城であるカウンター奥には、今となっては中々お目にかかれないアンティークカップがずらりと並んでいる。

 メニューに並ぶ紅茶は種類こそ少ないが、店主の御眼鏡にかなった拘りの茶葉ばかりで、全て店主が一杯一杯丁寧に淹れてくれる。

 功基のお気に入りの店舗のひとつ。彼女が出来たら、学校帰りにここで穏やかな時間を共に過ごすのが密かな夢だった。

 注文するのは彼女に似合う、甘いバニラの香りが付いた店主ご自慢のフレーバーティーだ。


「のに、なんでこんなコトに……」

「なんでしょう?」

「いや、こっちの話し……」


 真向かいに座る、想像とは真逆のデカイ男に功基は両手で顔面を覆う。とにかく知り合いの目のない場へと引っ張ってきたのだが、わざわざ大事にとっておいたこの店でなくても良かっただろう。

 それだけ、混乱していたのだ。深い後悔を押し込めるように、手にしたカップの中で揺れるアッサムを流しこんだ。


「……で、えーと、和哉さん」

「邦和です」

「へ?」

「『和哉』はスタッフネームでして。本名は、八坂邦和やさかくにかずといいます」


 真顔のまま淡々と告げる和哉、改め、邦和。


「って、それ、言っちゃっていいんですか?」

「ここは店ではありませんから」


(え、そういうもん?)


 涼しい顔でカップを傾ける邦和に、功基は自分の感覚が間違っているのかと頭をひねる。

 だがまぁ、本人が良いというのなら、問題ないのだろう。


「なんであそこに、って訊くのは野暮ですよね。まさか同じ大学に通ってたなんて……」

「私も驚きました。どこかでお見かけしたお顔だと思ったら、まさか昨日のお坊ちゃまだとは。眼鏡がありませんでしたので、判別までに少々手間取りました」

「ああ、アレは伊達なんで……。あの、その『お坊ちゃま』っての、やめて貰えませんか。オレ、別に金持ちのご子息でもなんでもないんで……」

「それでは、功基様とお呼びしても?」


 躊躇なく問われ、功基の胸が小さく跳ねた。


(名前、覚えてたのか)


 あの店には珍しい男性客だったからだろう。

 わかってはいても、妙な優越感が功基を包む。が、それとこれとは話が別だ。

 もし今後、構内で会った際に『様』で呼ばれていては、周囲からの不審の目が強くなる。


「『様』はちょっと……」

「……私は国際文化部一年です。功基様は?」

「へ? あ、オレは文学部二年」

「なら、功基さんとお呼びさせて頂きます」

「ん、じゃあ、それで。……あと、もう一個なんだけど」


 観察するような双眸の邦和を、おそるおそる見上げながら、


「オレ、話し方も普通にすっから。そっちも普通にしろよ。なんかむず痒いし。えーと、邦和……くん?」

「……邦和で結構です。話し方、ですか……。善処致します」

「いや、既に善処できてねーだろ。え、いっつもそーゆー感じ?」

「そういうワケではありませんが、功基さんと知り合った場が場でしたので、どうしても」


(そうだった!)


 すっかり和みモードに入っていたと、功基を顔を青くした。

 一番に話したかったのは、その事だ。


「えとさ、邦和。折り入って相談というか、頼みごとがあんだけど」

「はい、なんでしょう?」


 邦和が背を正す。

 いや、なんでちょっと嬉しそうなんだよ。


「オレさ、紅茶が好きっての周りには隠してて……。その、店に行ったのも、黙っててほしーんだけど……」


 チラリと邦和の顔色を伺うと、功基を見つめる瞳が戸惑ったように揺れていた。


「……店の事は察しがつきますが、お紅茶の方は何故隠されてるんです? あんなに、お好きですのに」

「……紅茶が好きとか、男らしくないだろ」

「は?」

「あ、いや、お前の事を馬鹿にしてるとか、そーゆーんじゃなくって、むしろお前は紅茶好きって言ってもオプションが増えるだけって感じだけど」

「はぁ……」

「オレはどっちかっていうと、それ以前の問題ってか、出来るだけ不安要素は増やしたくないってか」


(なんか、自分で言ってて悲しくなってきたな……)


 元々腹の底で抱えていた自身の客観的総評だが、改めて言葉にするとグリリと内側から抉られていく。

 顔面偏差値は、低い部類ではない筈だ。若干ズボラな面があるのは否めないが、総じて優しいと言える性格である。

 なのになんで、こんなにもモテないのか。

 功基の『紅茶好き隠し』は、そんな鬱々を拗らせた結果なのだ。

 いつの間にか落ちていた視線に気づき、伺うようにチロリと上げると、邦和は眉間に不満を刻みながらも小さく首肯した。


「……納得はしかねますが、事情はわかりました」

「っ、じゃあ」

「ひとつ、私からもお願いがあります」

「お願い?」

「『黙っている』という約束をする代わりに、私の願いも、聞き入れて頂けませんでしょうか」

「……交換条件って事だな。わかった。何だよ、お願いって」


 黙っていてくれるのならば、なんだっていい。

 勢いで頷いた功基をじっと見据えながら、邦和が唇を動かす。


「功基さんの執事として、お仕えさせてください」

「………………は?」


 いま、この男は何を言ったのか。

 たっぷりの時間を要してから間の抜けた声を出した功基に、表情を一切崩さないまま邦和が言葉を続ける。


「実は私、以前より『執事』という職業に憧れがありまして。とはいえ、現代の日本では殆ど存在致しません。なのでせめてと思いあの店でのアルバイトを始めたのですが、実質、飲食店での勤務と大差ない状況でして」

「まぁ……飲食店だしな」

「私が求めているのは不特定多数への給仕ではなく、主人と決めたただ一人への、忠義を持った奉仕です。金銭は要求致しません。ただ、日々のサポート役として、お側に置いて頂ければ」


 一体どういう状況だ、コレは。功基は必死で脳をフル回転させる。

 つまりこの男は、捨てきれない『執事』への憧憬を、自分を使って現実のものにしようとしているのか。

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