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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第一章
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第四話


(……ビックリした)


 笑えるんじゃん。

 不意打ちで見せられたかおが、功基の脳裏に浮かぶ。


(それとも、計算でやってんのか?)


 無表情からの笑顔という、ギャップの破壊力を狙っているのだろうか。

 現に未だ功基の心臓は、バクリバクリと跳ねている。


(うっかりトキめいちまったのかと思った……)


 怖えー、と項垂れて、功基はティーカップを手に取り紅茶を流し込む。『ギャップ萌』とは、こういう状態に近いのだろう。

 落ち着いてきた心臓に達観したような気持ちで前方へ視線を移すと、ソファー席に座る女性がベルをリンと鳴らした。途端に和哉がフロアに現れ、真っ直ぐに女性の元へ向かうと、空のティーカップに紅茶を注ぐ。

 どうやら担当は一箇所ではなく、複数持つようだ。

 そらそうだろうな、と納得しながら様子を伺っていると、女性は和哉を見上げ何かを楽しげに話した。和哉は答えるように、数度唇を動かす。

 だが、やはり真顔だ。女性客は慣れているのか、嬉しそうな笑顔のままなだけに、余計チグハグに見える。


(少しぐらい笑ってやれよ! って、なんでオレがこんなにハラハラしてんだよ!?)


 関係ないだろうが、と慌てて自身を叱咤して、功基はただ紅茶の香りだけに集中した。

 なまじ先程の笑顔を見てしまっただけに、どうにも気になって仕方ない。

 いや、もしかしたらあの女性客はストイックな方が好みなのかもしれないし、などとツラツラと考えながら飲み続けていると、カップはすっかり空になってしまった。


(どうすっか……)


 視線を上げるも既に和哉の姿はなく、ならばここは先程のご教授通りベルを鳴らす場面なのだろうと、静かに鎮座する呼び鈴をチロリと見遣る。

 ……アレを俺にやれって? 無理だ。

 ただでさえ男一人という異色の存在なだけに、視線を集めそうな行動は出来るだけ避けたい。


(……近くにくるまで待つか)


 そろそろティーフードも出来上がる頃だろう。持って来てくれた時に頼めばいいかと、功基は名残惜しくもカップを置いた。

 その直後だった。


「宜しければ、おかわりをお注ぎしても?」

「っ」


 不意に声をかけられ、跳ねるように見上げた。

 紳士的な上品さを漂わせる黒髪。前髪は右側から自然に流され、左目を微かに隠している。見下ろしていた燕尾服の男はニコリと人の良い笑みを浮かべると、「よろしいですか?」とティーコゼーに手をかけた。


「あ、ああ、ハイ。お願いします」


 何処と無く色香を感じるのは場慣れした優美な所作と、右の口端に鎮座する小さなほくろのせいだろう。

 年齢は恐らく、功基よりも上だ。


「どうぞ」


 男は紅茶を注ぎ終えるとティーポットとティーコゼーを元に戻し、「どうも」と会釈した功基に向き直った。


「執事のすばると申します。和哉が気付きませんで、申し訳ありません。現在は和哉の教育担当も申しつかっておりまして、後ほど良く言いつけておきます」

「あ、いえ、ベルを鳴らさなかったのはオレですし」

「呼ばれずとも、お坊ちゃまが快適に過ごされるよう、常に気を配れなければ一人前の執事にはなれません。ましてやお坊ちゃまがベルの使用を躊躇うのは、少し考えれば分かる事ですから」


 苦笑を浮かべた昴に、功基は面食らいつつも「スミマセン……」と肩を縮こまらせた。

 どうやらこの昴という男、教育担当というだけあって、功基の居た堪れなさを理解してくれているらしい。

 なんだか拠り所を見つけたような気持ちでいると、「昴さん」という低い声がした。見れば右手に三段トレイ、左手に食器を乗せたトレーを手にした和哉が立っていた。


「どうしたんですか。ここ、俺の担当ですよね」

「こちらのお坊ちゃまのカップが空になっていたので、注ぎに来ただけですよ。駄目じゃないですか、と言おうと思っていましたが、フードを取りに行っていたのなら仕方ないですね」


(おお、大人だ……)


 頭ごなしに叱りつけるのではなく、状況を加味した判断が出来る。素晴らしい。

 うっかり昴を尊敬の眼差しで見つめていると、綺麗に視線を流した昴にニコリと微笑まれ、功基は羞恥に顔を伏せた。

 だから気が付かなかったのだ。その頭上で和哉がムッと、顔を顰めた事など。


「……ありがとうございました、昴さん。後は俺が」

「そうですか。なら、頼みました。お坊ちゃま、またご入り用でしたら、遠慮なくお声がけください」


 『ベルで呼べ』と言わなかったのは、昴の配慮だろう。「あ、ありがとうございます」と顔を上げた功基にやはり優しげな笑みを浮かべ、昴は左後ろの個室席へと向かっていった。

 その足取りも実に優雅。周りの女性達がボンヤリと目で追っている理由が、何となく分かった気がする。


「……申し訳ありません。私が目を離したばかりに」


 三段トレイと取り皿を机上に並べながら謝罪する和哉に、功基ははっと視線を切り慌てて首を振る。

 正直、和哉だろうと昴だろうと、紅茶が飲めるのならばどちらが注ごうが関係ないのだが、事の発端はベルを鳴らせなかった自分にある。


「いや、オレがコレ、使えなかったんで……」

「いえ、私がもっと早く戻って来るべきでした」

「いやいや、オレももっとゆっくり飲めばよかったんですし」

「そんな事は。せめて継ぎ足しのご確認をとってから、取りに行くべきした」

「いやそれを言うなら……って、やめますか」

「……そうですね。ともかく、大変申し訳ありませんでした」


 和哉に深々と頭を下げられ、功基は再び喉元まで出かけた言葉を、グッと飲み込んだ。

 これ以上続けた所で、平行線を辿るだけなのは目に見えている。

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