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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第九章

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第三十七話


「和哉は、上に?」

「っ、どうして」

「あの子の性格上、南条様を一人で私の元にやるとは思えません。本当は、店の中までついてこようとしたのでは?」


 図星だ。

 悩んだのだが、隠して妙に勘ぐられても困ると、功基は素直に昴と会うことを告げた。

 嫌がるのは想定のうちだ。それでも必要なんだと、告白されたという内容は伏せつつも必死に説得を続けて、なんとか首を縦に振らせた。

 だが邦和は、なら自分も行くと言い出した。講義が入ってる時間帯なのは知っていたので、サボるのは許さないと窘めると、少し悩んだ素振りをしてから、ならサボりでなければ連れて行ってくれるのかと食い下がってきた。

 このとき功基は邦和が何を思ってそう言うのかはわからないまま、永遠と続きそうな押し問答に区切りをつけるべく、それならばと了承したのだ。

 まさか本当に休講になるとは。タイミングが良すぎて、なにか呪いでも使えるんだろうかと非現実的な疑惑まで浮かんだ。

 ともかく約束を破るわけにも行かずに、功基はどこかご機嫌な邦和を同行させた。が、店内までついて来られてしまっては、昴に返事など出来る筈もない。どうしても嫌だと繰り返し、最後は「困った時の最終手段は上目遣いだよ!」と胸を張っていた庸司の言葉を参考に、藁にもすがる思いで『お願い』をしたのだ。

 大の男の上目遣いが、まさかこんなにも抜群の効力を発揮するとは思わなかった。

 不承不承諦めた邦和は、隣ビルの喫茶店で暇を持て余しているだろう。


「……よくわかりましたね」

「教育係ですから」


 ニッコリと綺麗に微笑む昴は、どこまでお見通しなんだろうか。


「……あの、変なこと、訊いてもいいですか?」


 ソロリと伺った功基に、昴が「どうぞ」と促す。


「……あれから、邦和と連絡はとってますか?」

「……と、いいますと?」

「その、昴さんのところに行った日、邦和は昴さんが応援に呼ぶように頼んだって、知ってました。それで、もしかしたらって昴さんに連絡して、オレがいたって、わかったって。……邦和は、今のバイトを気に入ってます。だから、その」

「今回の件をきっかけに、仕事に支障がでるのではないかと」

「……そんな感じです」


 実はずっと、気にかかっていたのだ。

 昴が今後、邦和への態度を変えるとは思えなかったが、少なくとも邦和は、昴を良く思っていない。

 あくまで可能性の話だが、教育係として嫌でも関わりを持つ中で、邦和に多少なりとも反発心が芽生えてしまったら。そしてそれが、知らず知らずのうちにエスカレートしてしまったら。邦和は本人の意志に関わらず、店を去ることになるだろう。

 教育係を変えてほしいとか、そういう具体的な話ではない。

 ただ、心配なのだ。昴に委ねる形になってしまうのは申し訳なく思うが、こうして事前に示唆しておけば、手遅れになる前に止めてくれるのではないか。そんな思いが、功基にはあった。

 邦和を大切な教え子だと言うのなら、きっと、難しい話しではないだろう。

 昴が眩しそうに瞳をほそめた。


「……和哉は、本当に愛されていますね」

「あ、いっ!?」

「大丈夫でしょう。ああみえてモノの分別はつく子ですし、私も、しつけた子犬に安々と手をかませるほど愚鈍ではありません。和哉はこれからも、当店の『執事』としていっそう励んでくれるだろうと期待しております。……南条様にとっては、それもそれでご心配かとは思いますが」

「っ、そんなことは……!」

「いっそ南条様も、当店のスタッフとなってみてはいかがでしょうか? そうすれば堂々と、和哉の見張りができますよ」

「……昴さん」


 どこまで本気なんだか、ほのぼのと提案してくる昴に肩の力が抜ける。

 そして若干揺らぎそうな自身の胸中に気付いてしまい、功基は更に頭を垂れた。

 独占欲が強いのは、一体、どっちなんだか。

 そんな功基に、昴は楽しそうに相好を崩す。


「南条様なら、いつでも大歓迎ですよ。紅茶の知識も豊富ですし、私個人としても、話せる場が出来て一石二鳥です」

「……ありがとうございます」


 どう返すのが一番いいのかわからなかったが、知識をかってくれた礼を告げれば、昴は口元で小さく笑んだ。


「さて。そろそろ帰さないと、和哉が乗り込んできそうですね」


 功基のカップはすっかり空になっている。

 腕時計を確認した昴が、ふと、寂しげに微笑んだ。


「……ぜひまた、店に顔を出してください。今後は同じ趣向を持つものとして、良き共感者になれたらと思っています」

「昴さん……」


 功基は少しだけ迷ってから、不格好な笑みを浮かべた。


「……はい。また、お邪魔させてください」


 昴の優しさが、心の底で『そうなれたら』と思っていた自身の狡さにツンとしみた。

 気持ちには応えられない。けどせめて同じ紅茶好きとして、『知り合い』程度にはなれたら、なんて。都合が良すぎる。

 そう思っていたのに、昴はそれを許してくれるという。


(……ホント、大人だよな)


 頷いた功基に安堵の表情をうかべた昴は、早く戻ってやってくれと、優しい声で送り出してくれた。昴はもう少し、この場に留まると言う。

 功基が注文分の金額を置いていこうとすると、返事の為にわざわざ足を運んでくれた礼だと受け取ってはもらえなかった。


 邦和はメールの一通も送っては来ずに、大人しく『待て』を遵守している。珍しく思いながら『今終わった。そっち行く』と功基がメッセージを送ると、待ち構えていたかのように、ほんの数秒で返事がきた。

 店を出るというので、隣ビルの出入り口横で待つ。ものの数分で邦和が現れた。


「悪い、待たせたな」

「いえ。……昴さんは?」

「もう少しお茶してくって」

「……そうですか」


 横に並ぶ邦和と共に、功基は駅へと歩を向ける。

 チラリと伺った邦和の表情は、相変わらずなにを考えているのかわからない、普段通りの無表情だった。


「……何話してたんだって、もう訊いてこないんだな」

「……功基さんの事は信用しておりますし、今回は、無理強いしてまで問いただす必要はないかと考え直しまして」

「そっか。……ありがとな」


 不満がないわけではなさそうだが、声は至って落ち着いている。


(怒っては、ないみたいだな)


 大丈夫だろうと笑んでいた昴の言葉を思い出しながら、功基は邦和の隣を歩く。

 今までとは、大きく意味の違う距離。この位置が許されているのは『主人』だからではなく、『恋人』だからだ。

 そう思った瞬間、当然のように功基の速度に合わせる邦和に、ふつりと気恥ずかしさが湧き出た。


「……どうかされました?」

「いっ!? なんでもねぇ!」

 

 上昇する熱を誤魔化しながら、不思議そうに首を傾げる邦和に、功基はとにかく気を逸らそうと、冗談めかして笑った。


「そうそう。オレ、『執事』にスカウトされたぜ」


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