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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第七章

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第三十話


 タイミングはいくらでもあったというのに。謝るどころか、余計に拗れる要素を重ねてしまった。

 今更取り繕った所で、絡まった糸は解けないだろう。全て、自分が悪いのだ。

 自身の愚かさに、功基の眼奥に情けなさがこみ上げてきた。

 

 出来事は、一瞬だった。


「そんな顔、しないでください」

「っ、え?」


 頭の後ろを支えるように回された掌。もう片方に肩を押され、重みを感じた時には、背は柔らかな座面に沈んでいた。

 天井と、辛そうな顔で見下ろす昴の双眼。

 押し倒されたのだと理解するまで、数秒を要した。


『昴さんには、気をつけてください』


 頭の中に、邦和の声が木霊する。


「っ、すばるさ」

「私じゃ、駄目ですか」

「……え?」


 後頭部を支えていた昴の掌がするりと回り、功基の頬を包むように覆った。

 驚愕に限界まで眼を見開く功基に、苦しげな表情のまま、昴が唇を動かす。


「南条様の心が、別の所にある事はわかっています。それでも私には、南条様と過ごす時間が何よりも一番なんです。今だってこうして、共にいることが嘘のように嬉しくて……らしくなく、浮ついた心を抑えることすら叶いません」

「っ、昴さん……」

「無理にとは言いません。少しずつで良いんです。少しずつで良いので、私を知って、私を求めてはくれませんか。私ならそのように、南条様を傷付けるような事は致しません。馬鹿らしい幻想を通すことなく、一人の人間として、只の男として、貴方の事が、何よりも愛おしいのです」


 功基を捉える昴の双眼は、吐き出される想いが真実だとありありと語っていた。

 わかってほしい、伝わって欲しい。そんな感情が真っ直ぐに染みこんできて、功基はふと思った。

 きっと今後、こんなにも自分を想ってくれる人は、いないんじゃないだろうか。

 針に刺されたように痛む心のまま、二つ返事でこの人の胸に飛び込んでしまえば、いずれその痛みすら、温かく消し去ってくれるのではないか。

 幸い、功基は昴に対して嫌悪の感情はない。抱いた羨望を、ゆっくりと情愛に変えてしまえばいいだけだ。


(そうだ、そうすれば、こんなに苦しまなくて済む。邦和の事だって、直ぐに忘れて――)


『功基さん』


「っ」


 頭の中に響いた低音に、功基はビクリと肩を揺らした。


(……ダメだ、な)


 まだこんなにも、鮮明に思い起こせるのだ。声も、表情も。幻想の彼の存在にも、こんなにも心が動く。

 こんな状態で、昴の想いに向き合えるわけがない。


「……昴さん、オレっ」


 その先の言葉を遮るように、功基の頬を覆っていた掌の親指がつう、と唇を撫ぜた。

 感触と驚愕に言葉を切った功基に、昴が柔らかな苦笑を向ける。


「少し、考えてみてくれませんか」

「っ」

「自分でも、卑怯だとは思います。でももし、ほんの僅かでも可能性があるのなら、それに賭けてみたいのです」


 昴の瞳が怪しく光る。


「忘れないでください。本当なら、このまま重ねてしまいたいほど、貴方を想っていると。……ですが」


 ぐっと腕を引かれ、功基の上体が引き起こされた。


「無理やり奪うのは趣味ではありません。今回は、逃がして差し上げます。……手荒な真似をして、すみませんでした」

「昴さん……」


 こういう時、なんて言ったらいいのだろうか。

 功基のちっぽけな脳みそでは、何一つ浮かんではこなかった。

 どうしよう。そう瞳を泳がせていると、部屋に受信を告げる電子音が鳴り響いた。

 自分のだ。微妙な空気を振り払うように、功基は慌てて後ろポケットからスマートフォンを取り出す。

 表示された差出人の名前を見て、ギクリと固まった。


 ――邦和。

 

「そろそろ、タイムオーバーですかね」


 ふむ、と腕時計を確認した昴を跳ねるように見ると、悪戯っぽい笑みを向けられた。


「今日の『応援』を和哉に頼むよう、お願いしたのは私ですから」

「なっ……!」

「念のため言っておきますが、急病人が出たのは偶然ですよ。それに『応援』に和哉が応えるかも、私にはわかりませんでしたから。それでも、もしかしたらと思いまして。……軽蔑しますか?」


 欠員が出れば、代わりになりそうな者に声をかけるのは当然だ。昴は何も、悪くない。


「……まさか。昴さんの言う通り、全部『偶然』ですから」


 荷物を持ち、功基は立ち上がる。画面に表示されたメッセージは開けないままだ。

 でも、帰らないと。


「いつでも構いません」


 背後から投げかけられた声に、振り返る。

 昴は穏やかな顔で、見つめていた。


「いつでも構いませんので……。ご連絡、お待ちしています」


 慰めのようにも聞こえる物言いに、功基は小さく「ありがとうございます」と頭を下げるのが、精一杯だった。


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