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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第七章

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第二十九話


 戸惑いがちに伸ばした指先に触れたスコーンは、昴の言う通りまだ温かな熱が残っている。同じく昴によって置かれた白い陶器には、たっぷりのクロテッドクリームとマーマレードジャム、メープルシロップに蜂蜜と充実のラインナップだ。

 功基の反応を見守るように、穏やかな微笑みのまま見つめる昴の視線に緊張を覚えながら、スコーンを半分に割り、その片方にクロテッドクリームとジャムをのせる。


「じゃあ、いただきます」

「はい、どうぞ」


 なんだか今日の昴は、いつもの畏まった雰囲気ではなく、口調も柔らかだ。

 これが本来の昴なのだろうかと頭の片隅で思いながら、功基ははくりと一口を食んだ。サクッとした表面だが、生地の内側は程よくしっとりとしている。甘いジャムとサッパリとしたクロテッドクリームが、スコーンの熱に解けて混ざる。

 咀嚼して、舌に香りが残るうちに紅茶を流し込む。ダージリンの香りと少し強めのコクが、残り香をやんわりと押し込んでいった。


「おいしいです」


 素直にもれた感嘆に、昴が嬉しそうに瞳を和らげる。


「どうぞ、他も食べてください。お紅茶も、おかわりは自由ですので」


 渡されたリストを覗きこめば、フレーバーティーやハーブティー、コーヒーも数種類とびっしり書き込まれている。

 贅沢だ。呼んでくれた礼を告げ、功基はつい夢中になって次々と口に運んだ。昴も時折フードをつまみ、紅茶を飲み、と始終リラックスしている。

 その雰囲気あってか、会話も実にスローペースだった。気にならない程度に間がある、というのだろうか。穏やかな空気を保ちつつ、かつ次を話しやすいテンポを伴った、実に絶妙な話術だった。こうしたさり気ない所で、昴の『余裕』が見え隠れする。

 やっぱり、大人だな……。そんな羨望を抱きながら、いつの間にかすっかり緊張も消え去っていた功基は、昴の注いでくれた五杯目の紅茶に口をつけた。

 ルイボスをベースにしたノンカフェインのフレーバーティー。甘いバニラと苺の香りが鼻を抜け、少し多めに注いだミルクが良く合った。

 皿の上で綺麗に盛られていたフードは、今や残り僅かだ。それも、昴はうまいうまいと言う功基に自分の分もと渡してきたので、残っているのは功基の腹に入りきらなかったケーキ類が主である。


「あの……オレばっかり、すみません」


 恐縮する功基に、昴は一度不思議そうに首を傾げたが、その意図する意味に気づきユルリと首を振った。


「いいえ。私のほうこそ、押し付けるようですみませんでした。南条様の喜ぶ顔みたさに、つい」

「……ええと、本当に美味しかったし、オレじゃあこんな所には来れないんで、全然、ありがたかったです」


(……この人、本当誤解されやすそうだな)


 いやまぁ、嬉しいけども。邦和といい、あの店で働く人間はもう少し言葉を選ぶべきだと思う。

 半分呆れながらも『普通』を選んで返した功基に、昴がクスリと笑った。何だかこれまでとは違う雰囲気だと、功基が不思議に思う前に、昴が問いかけてくる。


「今日こちらにくる事、和哉には止められたんじゃありませんか?」

「っ」


 和哉、とは、邦和のことだ。功基の心臓がツクリと痛む。

 思わず視線を逸し、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。


「……言って、ません」

「……そうですか。喧嘩でもされました?」

「え?」


 核心をつかれ、ドキリと跳ねた心臓と共に顔を跳ね上げた功基に、昴が苦笑を浮かべる。


「ちらほら浮かない表情をされていましたので、おそらく和哉絡みではないかと」


(っ、気づかなかった……!)


 せっかく呼んでくれたというのに、そんな陰鬱な表情をしていては失礼もいいところだ。


「っすみません! オレ、そんなつもりじゃ」

「お気になさらないでください。むしろ、だからこそ今回の誘いを受けてくださったのではと、南条様には申し訳ありませんが、私としてはタイミングの良さに感謝すら覚えます」


 カチャリとティーカップを置いた昴が、子供をあやすような優しい顔で微笑んだ。


「何があったのか、訊いてもよろしいですか?」

「……」


 染みこむような落ち着いた声に、功基はクッと拳を握った。

 心の底に押し込めていたわだかまりが、浮上してくる。


「……昴さんって、オレと邦和のコト、どこまで聞いてます?」

「……彼からは、南条様は『特別』な人だと」


(とくべつ、ね……)


 確かに、『主人』と『執事』だなんて、『特別』な関係だ。

 だが邦和の言う『特別』と、功基の求める『特別』には大きな隔たりがある。それを再度、眼前に見せつけられたようで、功基の心はズキリと傷んだ。

 邦和が『特別』という言葉で誤魔化した以上、ここはボカしたほうがいいだろう。


「……以前にもお話した通り、邦和とは本当にたまたま学校内で鉢合わせたんです。それで、その時から、邦和と一緒に行動することが増えました。アイツ、けっこう世話焼きで……たまに行き過ぎな時もありますけど、でも普段はオレも助かってたんで、嫌だとは思わなかったんです。そうしてるうちに、アイツがオレに付き纏ってるのが、『当たり前』になってきちゃって……」


 締め付けられる胸中に習うように、功基の眉根もぐっと皺を刻んだ。


「アイツは、何も悪くないんです。オレが、ちょっとおかしくなっちまっただけで。わかってたのに、つい、苛々をぶつけちゃって……。謝れてないんです。でももう、謝っても、遅いだろうな……」


 言いながら功基は理解した。

 そうか、オレは、謝りたかったのか。謝りたいと思う程に、まだ、邦和に側にしてほしいと思っているのだ。


(……気づくのが、遅すぎだ)

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