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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第六章

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第二十六話


「……嬉しいです、功基さん。わざわざ俺の為に、作ってくださるなんて」

「っ」


(『俺』になってる)


 最近気がついたことだが、邦和は感情が高ぶると『俺』になる傾向がある。

 そっと見上げて表情を伺うと、頬をほんのりと染め、どす黒いオーラの代わりにホワホワと花が舞っているように見えた。

 ついでに尻尾があるのなら、全力で左右に振られている所だろう。そんなわかりやすい歓喜に、功基の心臓も幸せだと高鳴る。

 言葉が見つからず、真っ赤な顔のまま手も引けずに視線を彷徨わせていると、不意に邦和の表情が複雑な色をさした。


(え、なんだ?)


 次いで落とされた言葉に、功基は絶句した。


「……嬉しい、ですが。それは私の『役割』です」


 ガンッと、頭に岩が落ちてきたようだった。『役割』。その言葉に、全てが崩れ落ちる。

 こうして邦和が功基にあれこれと世話を焼くのも、執着しているように見えるのも、それは全て彼の憧れる『執事』としての『役割』を果たしているだけであって、功基に対しての特別な感情から起因している行動ではない。


(……わかってた筈なのに、オレは、なんで、勘違いを)


 スッと頭が冷え、全身から力が抜けた。

 ガクリと膝から崩れ落ちた功基に、邦和が焦燥を浮かべる。


「功基さん!?」

「あ、いや……大丈夫だ、なんでもねぇ。腹、減っただけ」


 なんとか作った笑みは上手くいっただろうか。多分失敗していたのだろう。

 邦和は何か物言いたげに口を開いたが、そのまま閉口して、功基の手を開放すると荷物を下ろして唸るように言った。


「……直ぐに準備致します。少々お待ち下さい」

「……ん、よろしく」


 ありがたい。理由を問われても、邦和には伝えられない。

 なんとか常を振る舞うのは年上としてのプライドで、でもそれを壊さないようにと気を使わせている時点で、色々と駄目な気がする。


(……指、つめてぇ)


 そっと触れた自身の指先は氷のように冷えていた。邦和の熱など、全く残ってはいない。

 それが全てを暗示しているように思えた。

 邦和の『熱』は、功基には移らない。功基の『熱』もまた、邦和には――。


 空気の重い夕食を終え、邦和がいつも通りに洗い物をする音を、邦和は体育座りでボンヤリと聞いていた。

 今は何も考えたくない。脳がスカスカになってしまったようだ。


(ショック、って、こういう感じなのか)


 不思議な感覚だった。何も心に残らない。真っ白な思考の中に、思ったことだけが投影されて、直ぐに消えていく。

 どれだけそうしていたのか、斜め前に腰を下ろした邦和の気配に、功基は顔を上げた。洗い物は終わったらしい。

 時間的にも、そろそろ帰るだろうなと礼を口にしようとすると、邦和が先に言葉を発した。


「……功基さん。昴さんから、何を受け取ったんですか」

「……え?」


 邦和の表情は険しい。

 暫くしてやっとの事で、問われた意味を理解した。


(――見てたのか)


 よりによって、そのタイミングで。


「……なんのコトだ?」

「とぼけないでください。紙を、受け取ってましたよね。出してください」


 内密に、と言われた以上、バラすわけにはいかない。

 功基は睨みつけるようにして沈黙を貫いたのだが、痺れを切らした邦和が転がしていた鞄に手を伸ばしたのを見て、慌ててそれを引き寄せた。

 邦和が剣呑に目を細める。耐え切れなくなったのは、功基だった。


「……オレ達にとって、話しが合う人間は貴重なんだよ」


 言い訳のように呻きながら、昴に渡された紙を引き出す。

 瞬間、邦和に奪われた。


「っ、何すんだよ! 返せ!」

「……やっぱり、連絡先だったんですね」


 低く呟いたかと思うと、邦和はその紙をビリリと破き出した。


「なっ!」

「功基さんには、俺がいるでしょう?」


 功基が目の前の事態についていけず、呆気にとられている間にも紙は散り散りとなっていく。

 仕上げのようにただの端切れになったそれを丸めた邦和が、忌々しそうに自身の鞄に突っ込んだ所で、ようやく功基の処理が追いついた。

 途端に、怒りがこみ上げてくる。


「今日はこれで……功基さん?」

「……おま、なんだよ……なんでそんなっ、オレがどうしようと、お前には関係ないだろ!?」


 叫んだ功基に、立ち上がっていた邦和が息を呑んだ。

 次いでグッと耐えるように眉根を寄せる。


「……関係なくは、ありません」


(――駄目だ)


 功基の中の冷静な部分が静止をかけたが、止まらなかった。


「それもっ、オレが『主人』だからか!? そーやってオレを『監視』するのが、お前の『役割』なのかよ!? お前は、おまえはっ……」


 ――あんなに真っ直ぐに、他の女を見るくせに。


 辛うじてその言葉を飲み込む事が出来たのは、目奥に熱い衝撃がこみ上げてきたからだった。

 これは、嫉妬だ。悔しくて、惨めで、ヘドロみたいにドロっとした感情がへばりついて、呼吸が出来なくなってくる。

 醜い、醜い感情。それを勢いのまま邦和にぶつけた自身に、嫌気が差してくる。


「……功基さん」


 そっと伸ばされた手に、功基の身体は怯えるようにビクリと跳ね上がった。

 反射だった。自身でも驚いているうちに、停止した邦和の手が戻っていく。


「……昴さんには、気をつけてください」

「っ!」


 それだけを言い置いて、邦和は部屋を出て行った。

 バタリと閉じられた玄関の扉の音に、功基はその場にへたり込む。


「……結局、肝心なコトはなんもナシかよ」


 関係あると言った理由も、功基への問いかけに対する答えも。

 何一つ言わないまま去っていた邦和に、功基は乾いた笑みを浮かべた。


「……こんなになってもまだ、『契約』は続行かよ」


 いや、今は怒りに告げられなかっただけで、家に帰り冷静になってから、改めて破棄されるのかもしれない。

 もう、それでも良かった。いっそ、そうしてほしかった。

 おもむろに視線を流すと、こちらを見つめる子犬と目があった。コイツはいつだって愛らしい。

 力の入らない身体をなんとか動かし、功基は子犬を抱き寄せベッドに倒れこんだ。


『……功基さん』


 邦和が残していった寂しげな声が、いつまでも鼓膜に張り付いていた。

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