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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第六章

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第二十三話

「お話があります」

 

 邦和が神妙な面持ちで正座をした。功基の目の前にある机上には、食べかけの肉じゃがにレタスと水菜のサラダ。けれども邦和があまりに真剣な顔しているので、功基も手にしていた茶碗と箸を置いた。


「お、おう? どうした?」


 バイトから戻ってきた時から、邦和がその眉間に深い皺を刻んでいた事には気づいていた。

 だがその内容が踏み込まれたくない個人的な問題である可能性を考慮して、本人から切り出すまではと、意図的に知らないフリをしていたのだ。

 だがこうして口にするということは、自分にも関係あるのだろう。


(まさか、『契約』の終了、とか……?)


 そんな不安が頭をよぎり、功基の心臓が縮む。


「……実は功基さんに、昴さんからの言付けがありまして」

「昴さんから?」


 昴といえば邦和の勤務する執事喫茶で、『和哉』の教育係だといっていた人物だ。まだ、邦和と『契約』を結んだばかりの頃、何かと迷惑をかけた相手でもある。

 バイトには同行しないと宣言して以来、店には顔を出していなかったが、部外者のくくりにある自分に何の用だろうか。


「なんだって?」

「それが……新しいブレンドティーの試飲をお願いしたいと」

「オレに? またなんで」

「元々、新しい商品を店でお出しする前に、数名のお客様に試して頂くのが恒例となっておりまして。功基さんのお紅茶に対する知識と舌を見込んで、是非お願いしたいと……」


 邦和の表情は硬い。


(……なんか、ちょっと意外だな)


 自身のバイトに連れだそうとしていた以前の邦和なら、功基を店に呼ぶいいチャンスだと喜んでいたに違いない。

 うって変わって気の進まない様子に、功基の心が僅かに陰る。

 とはいえ、断る理由もない。むしろ以前、迷惑をかけてしまったお詫びに、微力ながらも協力すべきだろう。


「いいぜ。オレでよければ」


 そう了承を返した二日後、功基は邦和と共に『Butler Watch』へ赴いた。

 わざわざ邦和の勤務時間に合わせなくとも一人でいける、と功基は主張したのだが、邦和は「お願いですから」と頑なに首を縦に振らず、またもや同伴出勤となってしまったのだ。

 過保護もいい所だ。功基は呆れつつも、久しぶりに邦和の仕事風景を見れるなと、密かにワクワクしていた。

 非現実に彩られた華美な空間で、忠義と貞実を具現化したような燕尾服を身に纏う邦和は、普段よりも幾分と美麗に思えた。

 こんなこと、絶対に本人には言えないが。


 ドアをくぐり、最早驚くこともなくなった無人のレッドカーペットを進んでいくと、例の大鏡の前で店内を眺めていた人物が視線を向けた。

 昴だ。ニコリと柔和な笑みが向く。


「お久しぶりでございます、南条様。ご足労頂き申し訳ありません」

「いえ、ここの紅茶は美味しいですから、楽しみに来ました。じゃあ邦和、頑張ってな」

「……はい」


(なーんかまだ不機嫌だな)


 不機嫌というより、心配げと言ったほうがしっくりくるかもしれない。

 今回は自分で決めて来たのだし、いい加減この空間にも女性の視線にも慣れたっての、と無視を決め込んで、功基は昴に促されるままホール内へと歩を進めた。

 店内は相変わらず平日なのに満席だ。

 案内されたのは、前回と同じく天蓋のついた一番奥の特等席だった。


「メニューにないものをお持ちしますので、他のお客様の目に触れないようにという配慮でございます」


 けして前回のように急遽用意した席ではないとやんわり伝えられ、そんな昴の心遣いにやっぱり大人だと感嘆しながら、功基はありがたく席についた。


「和哉からお話は聞いておりますか?」

「っ、はい。新作の紅茶が入ったから、試飲してほしいって言われてます」


(そうだ、この店では『和哉』だった)


 すっかり忘れていたと一拍おいてから答えた功基に、昴は小さく笑って言葉を続けた。


「よろしければ、来月からお出しする予定のデザートも試して頂きたいのですが、いかがでしょう?」

「え、いいんですか?」

「はい、出来ればお紅茶との相性についてもご意見を頂きたいのですが、お願いできますでしょうか?」

「あー……オレなんかでよければ」

「では、お言葉に甘えさせて頂きます。すぐにお持ちいたしますので、少々お待ち下さい」


 相変わらず昴は綺麗な微笑み方をする。

 久しぶりに見たな、と頬を掻きながら昴を見送り、功基は用意された冷水をひとくち含んだ。

 と、ホールに出てきた邦和の姿が目に入り、「お、出てきたな」と思っていると、一瞬だけ視線がかち合った。


「っ」


 息を呑んだ功基とは対象的に、邦和は表情筋ひとつ変えず担当の『お嬢様』の元へと向かい接客を初める。

 以前、ちゃんと仕事をしろと喝を入れたのが、よほど効いているらしい。


(感心感心、いい心構えだ)


 あとはオレもあまり見ないようにして、集中力を途切れさせないようにしないと。

 功基はそう、一度は視線を別へと逃したのだが、やはりどうしても気になってしまい、その姿に戻ってしまう。

 こっそりと横目で様子を伺っては、いかんいかんと視線を落としたりと忙しなく戦っていると、程なくしてお盆を手にした昴が戻ってきた。


「気になりますか?」

「っ、すみません! 邪魔するつもりはないんですけど!」

「大丈夫ですよ。最近は随分しっかりと、お嬢様方のお相手をしております。そのかいあってか、和哉を目当てに通われるお嬢様も多くなりました」


 功基の心臓がチクリと傷む。


「……そう、ですか」


 わかっていた事だ。こうした店は人気商売。それこそ、昴には邦和の比にならないくらい大勢の『お抱えお嬢様』がいるのだろう。

 邦和だって、そうしたリピーターを増やしていかなければ。


(……わかってたけど、さ)


 カチャリと目の前に置かれた白磁のプレートに、功基は思考を切った。


(今はこっちに、集中しないと)

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