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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第五章

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第二十一話


 ぬくぬくとした温かな日差しの中、功基はただ一人草原に寝転んでいた。頭上には澄み切った青色に、水で溶かしたような白が点々としている。

 とてつもなく気持ちが良い。ゆるゆると訪れた睡魔に誘われるまま、功基はそっと瞼を閉じた。

 途端に遠くから、微かな音が届く。


『――』


 音。いや、違う。これは声だ。

 それもたぶん、よく知っている。


『――さきさん』


 大切な誰かを呼ぶような穏やかな低音に、思考だけが巡っていく。瞼を上げようと思わないのは、安心しきっているからだろう。

 そっと頬にあてがわれた感触が心地よくて、功基は本能だけですりついた。誰かが笑った気配がする。

 その何かは離れる事なく、肌の感触を確かめるようにゆっくりと額へ滑り、サラリと前髪をすき上げた。


「遅刻しますよ、功基さん」

「っ!?」


 耳元に落とされた艶めいた声に、功基はガバリと跳ね起きた。


 鍵を渡した理由の中に、こうして中々起きられない朝でも外で待たせず、何ならついでに起こしてもらおうという魂胆が含まれていた。

 だがちょっと、早まったかもしれない。

 目覚めた瞬間に想い人のどアップは、今の功基には刺激が強すぎる。


(それに、なんだよあの声!?)


 何度呼びかけても起きないからと、からかっていたのだろうか。だとしても、ない。というか、やめて欲しい。色々辛い。

 主に心臓と、健全な下半身が。

「普通に起こせよ!」と抗議したのだが、邦和は至って真顔のまま「普通に起こしましたが」と返してきた。

 ふざけんな。お前は誰にでもあんな声をだすのか。

 そう詰め寄ってやりたかったが、そうすれば『意識している』と伝えているようなモノだと、功基は奥歯を噛み締めグッと耐えたのだ。

 本当、こんな調子で大丈夫だろうか。

 不安に苛まれつつも身支度を整えた功基に朝食を運び、食べ終え、洗い物まで済ませた邦和はどこか上機嫌だった。

 基本的に通学中、たいした会話はない。初めからそうだったからか、今では沈黙も気にならなくなっていた。

 車道を駆け抜けるエンジン音。おば様達の話し声。サラリーマンの足早な靴音。

 そんな街中の日常に、別の低音が混ざった。邦和だ。


「申し訳ありません、功基さん」

「……なんだよ、急に」


 珍しいコトもあったもんだと見遣った功基に、邦和が悲しそうな顔を向ける。


「すみませんが、帰りに所用がありまして……」

「ああ、なら先に帰ってるわ」

「申し訳ありません。そこまでかからないとは思うのですが……」


(教授に呼び出しでもくらったのか?)


 珍しく歯切れの悪い邦和だったが、これ以上の詮索はプライバシーの侵害だろう。

「気にすんな」と返した功基は約束通り、講義が終わると同時にまっすぐ家へと向かった。庸司は珍しくサークルに顔を出すらしい。

 邦和の口ぶりからして、すぐに戻ってくるつもりならば、また功基が自身で紅茶を用意していたら気落ちするだろう。

 暫く様子をみるか、とベッドにゴロリと寝そべり、腕を伸ばして例の猫を抱き寄せた。

 何となしにぼやぼやとしている間も、思考は邦和の影を追っている。


(……てかさ、呼び出しって、教授だけとは限らないよな)


 表情が固いせいでとっつきにくい印象があるが、邦和はいわゆる『イケメン』の部類である。愛想笑いをしないからこそ、ふと見せる和らいだ目元の威力は抜群だし、話せば穏やかで大人びている。

 そんな気配はなかったが、実はこれまでも功基の知らない所で、女生徒達から熱い視線を受けていたのかもしれない。

 そして今まさに、可愛らしく頬を染めた誰かに、思いの丈を告げられているのでは。


「……ありえる、な」


 浮かんだ映像に功基は眉根を寄せ、ギュウとぬいぐるみを抱きしめた。胸の中に、ドロドロした靄が溜まっていく。

 嫉妬、なのだろう。羨ましいのだ。常識とか、体裁とかにとらわれず、自身の想ったままの感情を吐露できる『誰か』が。


(……くるし)


 嫌な感情が喉を押し上げてくる。

 もし邦和に『恋人』が出来たなら、この仮初の主従関係も解消になるのだろうか。


(当たり前か)


 優先すべきは愛しい『誰か』だ。なんでもない男にさく時間があるのなら、その『誰か』と少しでも多くを過ごすべきだろう。『執事』への憧れとやらも、今度はその『誰か』を対象に尽くしてやりたくなる筈だ。

 功基との『契約』に、邦和のメリットはない。


(……オレの気持ちを知られても終わり、アイツに恋人が出来てもお終わり、か)


「……オレの側にいてくれるのは、お前だけだな」


 ぬいぐるみの猫はウンともスンとも言わない。

 だよな、と功基は悲しみを隠すように、ぬいぐるみへと顔を押し付けた。先日ちゃんと眠れなかったせいか、徐々に意識がまどろんでいく。

 眠れば、この鬱々とした気分も晴れてくれるだろうか。そうだといい。

 そんな事を殆ど霞んだ脳の片隅で願いながら、功基は完全に目を閉じた。


 どれほどそうしていたのか、功基が目を覚ましたのは、ガチャリと家の錠を開ける音が部屋に届いた時だった。

 扉の開く音の次に、少し焦りを含んだ声が響いた。


「すみません、遅くなりました」


 バタリと重みのある音に、足早に廊下を進む音。

 ボンヤリとした意識のまま功基は腕だけでのそりと上半身を起こし、首だけで振り返る。


「功基さ……」


 部屋の扉を開け、功基の姿をみとめた邦和が不自然に固まった。


「おー、おつかれ。所用とやらは終わったのか?」

「……はい。……功基さん、寝不足ですか」

「……かもな。まだちょっと眠い」


 落ち着かなそうに視線を彷徨わせる邦和に、功基はなんなんだ? と、首を傾げる。

 邦和は扉を開けたままの体制から踏み込んでこない。そろそろ意識もはっきりとしてきたな、と身体を完全に起こし、功基はベッドの上で胡座をかいた。

 そして気がつく。邦和はなにやら、白い袋を手にしている。


「それ、なに?」


 スーパーの袋よりも張りのある長方形。もっそりと膨らんでいるあたり、中身はなかなかの大きさだ。

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