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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第四章
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第十八話


 庸司が酷く険しい顔の功基に「話がある」と言われたのは、いつも通り講義の始まる五分前に到着し、いつものように後ろ列の窓側を陣取る彼の横に荷物を下ろした矢先だった。

「おはよ」の挨拶すら許されず、更にその後だんまりを決め込んだ功基の眉根に深い皺が刻まれているのを見て、コレは余程のコトがあったなとゴクリを喉を鳴らした。


 周囲の目に過敏な彼の性格上、今日の講義が全て終わるまで話してはくれないだろう。そんな庸司の予想通り、昼になっても功基はただひたすらに眉根を寄せ続けていた。

 今直ぐにでも尋ねたい衝動をぐっと抑えこみ、不穏なオーラを放つ彼の隣をキープし続けること約七時間。気づいたことは三つ。

 その一、功基が眠たそうに欠伸をかむのは珍しい光景ではないが、今日はうっすらだが目の下にクマがある。どうやら昨夜はあまり眠れていないらしい。

 その二、普段よりもボンヤリが多い。確かにいつでも勉学熱心、教材と板面を行ったり来たりという性格ではないが、気づくと窓の外を見ていたり白紙のノートを見つめていたり、なんなら歩いてたって心ここにあらずだ。

 そして、その三は。


「失礼致します、功基さん」


 神出鬼没の『ワンコ君』に、盛大に跳ねた肩。


「っ、くにかず!」


 これまた盛大に驚いた様子で彼を振り返った功基に、庸司は頭を抱えたい衝動にかられた。


(ええー、なにその平仮名よび……)


 本人に自覚はないのだろうが、常の発音よりも舌の回らない呼びかけはどうも気を許した……というか、親密さが色濃く匂う。ついでに言うなら可愛らしい。そんな事を功基に言おうものなら、制裁という名の鉄槌が下るので、言わないが。

 つまり、その三は、功基の邦和に対する反応の変化だ。


「本日はこれで終了でしたよね。私はもう一限ありますので、先にお帰りになるかと思いまして」

「あ、そう、だな」

「お気をつけてお帰りください」

「あ! ちょっと、庸司と話ししてくから、もしかしたらオレのが遅いかもしんねぇ」


(ああー、そこに俺だしちゃう? ま、違ってはいないけどさ)


 チラリと向けられた剣呑な視線に、庸司はただただ気づかないフリを続ける。


「……ご連絡頂ければ、お迎えに上がりますが」


 迎えに行きたくてたまらない。

 そんなオーラをひしひしと放っているが、続けられた功基の言葉に、しゅんと和らいだ。


「いや、いーって。オレのが早いかもだし。こーゆー時の為に鍵渡したんだから、使わなきゃ意味ねーだろ」

「……かしこまりました」

「ほら! そろそろ行かねーと遅れっぞ!」


 促す功基に恭しく頭を下げ、背を向けた邦和は三号館へと歩を進めていく。

 何処となくその足取りが浮ついているように見えるのは、ここ数週間、彼の感情を一心に受ける功基の側で観察し続けていた自分だからこそ、感じ取れる変化だろう。

 そんな事を考えながら「悪いな、行こうぜ」と歩き始めた功基の隣に並んだ庸司は、やっとの事で気がついた。


「……ねぇ、功基」

「んー?」

「鍵、渡したんの?」


 信じられない思いで尋ねた庸司に、功基はわかりやすくギクリと顔を引きつらせた。

 ああ、コレは。

 察した庸司は次いで頬を真っ赤に染めて首肯する功基を想像したが、期待も虚しく、功基は眉間の皺を更に深くして重々しく呟いた。


「……そっちのが便利だし」


(え、えー?)


 なんなんだ? ここは花でも飛ばして浮かれる場面じゃないのか?

 寝不足、物憂げ、挙動不審。オマケに鍵まで渡している。要素は揃っているじゃないか。


(あ、もしかして……合意じゃなかったとか?)


 ありえる。意思の疎通が上手く行かずに拗れるパターンは少なくない。

 功基が何を不安としているのかは訊いてみなければわからないが、第三者の庸司から見ても、呆れるくらいに邦和は功基一直線である。

 ここは功基の友人として、上手いこと対応してやらないと。

 気分はさながら合戦前の武将。いつもの朗らかな雰囲気しか知らない人がすれ違えば、思わず二度見するだろう。

 それほど硬い表情で意気込んだ庸司は、すぐにその顔を崩す事になった。


 横並びに座っているのは、かれこれ一年以上お世話になっている噴水側のベンチ。図書室への通りから少し外れた場所に位置しているせいか、普段から利用者の少ない絶好のお喋りスポットである。

 講義中の今は特に間近を往来するような生徒もなく、遠くを歩く帰宅中らしい誰かの背を眺めているだけなのだが。


「……ごめん、もっかい言って?」


 地面にめり込みそうなほど深い溜息をついた功基の言葉に、庸司は動揺していた。

 俺の耳が悪かったのかもしれない。そうであってほしい。

 功基は不満気に庸司を一瞥すると、膝に肘をつき口元へと手を寄せる。


「だから……男が男を、す、きになるなんて、ありえねーだろ?」

「……」


 うん、やっぱり聞き間違いじゃない。

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