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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第四章

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第十六話

 例えばここが自宅ならば、だらし無く沈み込んでいるだろう柔らかな椅子を陣取り、壁の代わりに嵌めこまれた巨大な窓外に広がる日本庭園を眺めながら、功基はもう何度目かもわからない溜息を零した。

 机の中央に置かれた三段トレイには、一名分の内訳が下段にサンドイッチを含む軽食が四点、中段にはスコーンが三種、上段はサッパリとしたグレープフルーツのゼリーを初め、濃厚なチョコレートを底にした木苺のムースに洋梨のタルトタタンと、見るからに充実のラインナップである。

 その半分程を既に腹の中に収め、席に着くまで我慢していた空腹感はすっかり収まっている。

 ポットサービスの紅茶も申し分のない美味さで、久しぶりに訪れた『お気に入り』に、功基は満足していた。

 つまるところ、憂鬱の原因はこのアフタヌーンティーを提供するラウンジのサービスではなく、主に対面に座る男に起因するものである。


「お待たせ致しました。ヌワラエリヤでございます」


 涼やかな声で現れた女性は、真っ白のシャツに襟付きの黒いベスト、ヒザ下までを隠す同色のペンシルスカートと、百年以上の歴史を誇る格式高きホテルのロビーに馴染む制服を着用している。

 功基の右手側に四色の小花が描かれた新しいカップを置くと、同じデザインのポットを傾けカップの七分程まで紅茶を注ぎ、その斜め右側にポットを置いた。


「ごゆっくりどうぞ」


 教育の行き届いた慇懃な笑顔を見届けてから、功基はカップに手をかけ、口に運ぶ。


「…………」

「…………」


 痛い。視線が痛い。

 瓦でも割れるじゃないかと思えるくらい圧のかかった視線に耐えながら、功基は紅茶を流し込む。


「…………」

「…………」

「…………」

「……功基さん」


(……またか)


 尋ねるような呼びかけに、功基はカップを置き溜息をついた。

 この邦和という男は、実に嫉妬深い。

 功基が最初の紅茶を飲み「おいしい」と呟いたが最後、こうして新しい紅茶を口にする度に、「美味しいですか」「私の淹れたものよりもですか」と執拗に尋ねてくるのだ。

 功基も初めのうちは「お前のほうが上手い」やら、「これは持ってない茶葉だから」やら、とりあえず思いつく言葉を返していたのだが、流石に毎度毎度重ねられると面倒になってくる。


「……邦和」

「はい」

「いい加減にしろ」

「……はい」


 しょんぼり顔をしたって駄目だからな。

 半分は自身に言い聞かせて、功基は絆されまいと目をつぶった。


 先日の話し合いでの決定通り、邦和はひとりでバイトへ行くようになった。

 無意識なのか隠す気もないのか、シフトの報告をしてくる際や出発前の挨拶時に、不本意かつ不安げな表情を向けてくるが、その点については諦めている。

 朝も当然のように訪ねてくるが、週に二度、邦和の方が早い時間割の日があり、功基を無理矢理起こすのも忍びないと、その曜日だけは渋々先に向かっている。

 ただその際も、前日にしっかりと朝食の準備していくので、功基はありがたく電子レンジで温め頂戴していた。

 そんな奇妙な主従関係を続けること早二週間。邦和はまだ、飽きないらしい。

 変わること無く甲斐甲斐しく、時は少々強引に『執事』を務め上げていた。


 功基としても、しばしば頭を抱えるような出来事があるにせよ、邦和のお陰で一般的な男子学生よりも随分と快適に過ごさせてもらっている自覚はある。

 だからこそ、日頃の感謝を込めて、せっかくの休日だというのに当然のように功基の起床時間を尋ねてきたタイミングを見計らい、出かけの約束を取り付け、こうして連れて来たのだが――失敗だったかもしれない。

 そう思うくらいに、邦和は寛ぐどころか、しきりに功基の行動に目を光らせていた。


(別の手を考えたほうが良さそうだな……)


 イマイチ落ち着かない二時間を過ごし、功基はトボトボと帰路につく。隣を歩く邦和の眉間には、一本の深い皺。功基が「これはオレが連れてきたから」と会計を払わせなかった事に、まだ不満が残るらしい。

 お前だって、前回受け取らなかっただろーが。

 そう、功基は言ったのだが、それとコレとは別だと言う。邦和の思考回路はよくわからない。


「……よく行かれるんですか?」


 突如落とされた問いかけ。功基は視線を上げ答える。


「あ? あー、たまにな」

「これまではどなたと?」

「……ひとりだよ」

「……嘘ではないようですね」

「っせーな。しょーがねぇだろ、庸司は興味ねぇって言うんだから」


 折角打ち明けたのだからと誘った日に、「ごっめーん、俺、どっちかっていうとコーヒー派」と軽くあしらわれた傷は深い。

 今時のアフタヌーンティーはコーヒーも選べる場所が殆どだが、その説明をする気にもなれなかった。ついでに、その後引きずられるようにして連れて行かれたカラオケで、コイツは歌も上手いのかと更に打ちのめされた。


「庸司さんとは、よくご一緒にいらっしゃる方ですか」

「そうだよ、あの猫目の。前にきっぱりフラレちまって、それからは訊いてない」

「……功基さんは」


 邦和が立ち止まる。


「……庸司さんを、好いてらっしゃたのですね」

「……はぁ!?」

「それでも尚、健気にお側にいらっしゃるその心中を思うと、承知の上で知らん顔をされている庸司さんへの憎しみが」

「イヤイヤイヤまったストップ!! どんだけ飛躍してんだよ!?」


 どうしてそうなった!? つーかなんか顔こえーんだけど!?


「違う!! 確かに庸司のコトは好きだけど、そーゆー好きじゃねぇ!! 友人としていいヤツって意味だ!!」

「ですが先程、『フラれた』と」

「一緒に行かないかって誘って、断られだけだよ!!」


 ゼーハーゼーハーと肩で息を繰り返す功基を見つめて、数秒おいてからやっと理解が出来たのか、邦和がすまなそうな顔をした。


「申し訳ありません。驚愕のあまり、つい早とちりを」

「オレはお前のその思考回路に驚愕だわ。ムダに疲れたじゃんかよ……」

「家に着きましたら、直ぐにお紅茶をご用意させて頂きます」


 思い返してみれば、確かにそうとも取れる言い回しだったかもしれない。

 だが、最優先でその考えに思い至るのはおかしいだろう。

 呆れと疲労に息をつき頭を掻いて、功基は再び歩き出す。追いかけるように隣に並んだ邦和が、小さな声で呟いた。


「……心底、安心致しました」


 満足そうな柔い瞳に、功基は首を傾げ続けた。


***

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