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1-2【新たな世界へ 5:~”極北のバルジ”~】

 

 極寒の雪山の中、人々が”北の果て”と呼ぶ地点にその”獣”はいた。


 ”彼”は手足が非常に長いクマのような姿をした”アントラム”という肉食獣だ。

 さらに”彼”はただのアントラムではない、既に魔獣化してから60年以上が経過しており、体長40mにまで巨大化していたのだ。


 通常ならばここまで大きいともはや動くことすら叶わないが、全身の全ての部位が魔力によって強化された”魔獣”にとっては大きさは足かせにはならない。


 むしろその巨大な筋肉から生み出される莫大なパワーのおかげで、通常の個体よりも遥かに機敏に動けるのだ。


 結果として”彼”にこの周囲で敵うものはいない。

 他の魔獣化したアントラム達ですら恐怖で近づくことすら出来ずに逃げ惑うだけだ。

 だが全力で走れば時速200km以上の速度で走れる”彼”から逃げられるものはいない、

 流石に同種の仲間を襲うことは滅多にしないが、発情期にはメスを求めて群れを壊滅させることすらある。


 そんな”彼”が居るせいで、弱い人間たちはここよりも先に進むことが出来ない。


 結果としてここが付近の人間にとっての”北の果て”となるのだ。


 ”彼”自身は人間を襲おうとはあまり思わない。

 なにせあまりにも体が大きすぎて、食べても腹の足しにならないのだ。

 精々がオヤツ程度。


 なので積極的には襲わないが、目についたり襲ってきたりしたら皆殺しにしている。


 ”彼”はここでは王者だ、道を譲ったり距離を取ったりすることは決してない。


 いつしか人々はそんな”彼”を、”極北のバルジ”と呼び恐れ始めた。

 知能の低いバルジにとってそれはどうでもいいことだったが、人間にとってその意味は大きい。


 バルジが名前を得た理由は正式にCランク魔獣に認定されたからだ。


 知らない人はたかがCランクと侮るかもしれないが、それは早計だ。

 なにせ魔獣に対して”名前”が付与されて広く周知されるのだ、普通の獣であるわけがない。


 この国では自治権を認められる”街”の基準の一つに”Dランク魔獣をその街単独で処理できる”というものがある。

 裏を返せば、Cランク以上への対処は国が行わなければならないレベルということだ。


 このため仮にバルジが街へ向かえば軍が国中から集められることになる。


 だがバルジはそのようなことはしない。


 ここが彼の居場所であり、ここから動く理由がないのだ。

 なので、人間たちは触らぬ神に祟りなしと遠巻きに眺めることにした。


 そして月日が経つにつれバルジの名は北国の中で広く周知されることになる。


 ー 決して”北の果て”に行ってはならぬ。


 ー 悪いことをすれば”バルジ”に食べられるよ。


 極北のバルジに関する、地元の人々の話の数は枚挙に暇がない。


 いつしか人間はバルジに近づこうとは考えなくなった。

 北の山脈に入る狩人たちがバルジが今どのあたりにいるのかの情報を共有し、住処を大きく変えれば村全員が移動した。

 この地方の住民にとってバルジから逃げるということを悩んだりはしない。


 悩んだ末に残った者達、立ち向かった者達は皆彼のその日のオヤツに成り下がって居なくなったのだ。




 そしてそのバルジの前に久々に人間の姿が現れた。


 バルジは最初、その人間が自分の姿を見ていないからだと思った。

 そこで寝転びながら、腕を高く上げてみる。


 こんなことでも体躯が巨大なので相手からは目につくはずだ。


 今は腹いっぱい”レイシム”の肉を食べて居るので、オヤツは正直いらない。

 こういうところはバルジが昔に比べて丸くなったところか。


 だが、相手は自分の姿を確認したはずなのに一向に歩みを止める気配がない。

 おかしいと思い、さらに持ち上げた足を動かしてこちらの存在をアピールする。


 それでもなお気がつく気配がないのだ。

 いや、そんな訳がない。


 ここで初めてバルジは身を起こす。

 だが他の生き物のように慌てて飛び起きたりはしない。

 もう何十年も恐怖を感じたことがないので、ゆっくりとそれも目立つように堂々と起き上がった。


 人間ならばこの姿を見れば慌てて逃げていくだろう。


 まあ、そのあと逃げ切れるかどうかはバルジの気分次第なのだが。


 だがさらに不思議なことにその人間に一切驚く様子がないのだ。

 バルジは不審に思いその人間を注視する。


 バルジからすると誤差の範囲だが、人間にしてはかなり小さい。

 恐らく子供ではないか?


 何やら変な箱が2つ、その人間の後から着いて来ている。

 バルジには”物を引っ張る”という認識がないので、必然的にその光景は人間の子供が先導する3体の奇妙な集団として映った。


 バルジは無い頭を使って思案する。

 種族的にはもう少し頭のいい獣なのだが、いかんせんここ数十年まともに考えていないので少々退化気味なのだ。


 まず後ろの2つに興味はない。


 何やら肉のようなものを積んではいるが、今はお腹いっぱいだし、それに凍りついていて美味そうではない。


 では先導する子供はどうか?


 全身を白い毛皮で覆っており、身長の倍くらいある”小枝”を二本背中に抱えている。

 やはり子供のようでどことなく丸っこい気がする。


 バルジはそこで匂いを嗅いでみた。


 数少ない長年の研鑽の賜物か、この距離でも匂いでわかることは多い。


 それによると・・・どうやらメスの子供だ。

 気のせいか獣の血の匂いが纏い付いているが、それはどうでもいい。


 バルジの中でこの奇妙な子供が”興味”の対象に変わった。

 むかし人間の群れを襲った時に知ったのだが、基本的に人間の味はバルジの好みでは無い。

 だが、メスに関してはオスよりも幾分肉が柔らかく、脂肪も多めなのでそれなりに食べられるのだ。

 さらに子供ならば骨も柔らかく、口の中で変に引っかかったりもしない。


 早い話が一口ツマムにはちょうどいいのだ。


 これはなかなかいい食後のデザートがやってきた。

 そう思ったバルジは立ち上がり軽く背筋を伸ばして運動する。


 それを見た子供が立ち止まった。

 おや?ちゃんと見えているじゃないか。


 何やら腰に手を当てて何かを外している。

 そして背中に挿していた小枝を一本引き抜くと、それを持って構える。

 その時、奇妙にももう一本の方の小枝が溶けるように消滅し、代わりに子供の色が白から黒へと変わる。


 バルジは不思議に思った。


 こんな生き物は見たことがない。

 そこで頭の中のスイッチが入る。


 ”味を知りたい”


 バルジにとって重要なのはそのことだけだ。


 

 その瞬間、バルジの足元の地面が砕け散った。 

 地面がその巨体が発する、あまりにも強力な力に負けてしまったのだ。


 そのまま、恐ろしい勢いで地面を飛ぶように移動し、子供までの距離を一気に縮める。

 おそらくあまりにも一瞬の出来事のせいで、この子供は接近に反応すらできないだろう。


 バルジはそのまま、その長い腕で軽く押さえようと手を伸ばした時



 子供が突然消えた。



 一瞬、反応できずに固まるバルジ。

 そして腕が突然痛みだした。


 見れば彼の巨木のような腕が半分ほどのところまで切られて、そこから血が吹き出していた。



「ガアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」


 一体いつ以来感じたかもわからない痛みに耐えかねて、バルジは叫ぶ。

 だがすぐに痛みは怒りに変わり、憎い”獲物”の姿を探す。


 だが下を見ても何処にも居ない。


 すると、突然耳をつんざくような轟音が発生し、背中に猛烈な熱さを感じた。

 振り返るのと、”それ”が降ってくるのは同時だった。


 驚いたことに子供の背中には何処にしまっていたのかわからない羽が生えており、それで空中を飛んでいたのだ。


 そしてそのままの勢いでバルジの頭に飛びついた子供は、なんとバルジの目に向かってこれまたどこから取り出したのかわからない小枝を突いた。

 突然生まれてから今まで感じたことのない激痛に襲われるバルジ。

 さらに右目の視界が暗くなる。


 どうやら目を潰されたらしい。

 そのことを本能的に悟ったバルジは慌てて左目を瞑る。

 と、同時に目蓋に鈍い衝撃が走る。


 流石にバルジの分厚い目蓋を突き抜けてくることはなかったが、思いがけないその力に完全に腰が引けてしまった。


 明らかにその体躯から予想できる範疇を超えていた。

 バルジ自身もそのような存在なのだが、こいつ・・・の”それ”は密度の次元が違う。

 これほどの体格差をもってしても、圧倒的にバルジが不利だった。


 今も顔面に陣取ってそこらじゅうを滅多刺しにする子供。


 堪らなくなったバルジは両手で顔面をかきむしる。

 幸いその中に手応えがあったようで、子供が腕に弾かれて遠くに飛んで行くのを感じた。


 顔面の脅威がなくなったバルジはそれでも、子供が飛んだ方向とは逆方向へ移動した。

 バルジの腕に弾かれたのだから、おそらくあの子供の命はもうないはずだ、それでもバルジの隠された本能が距離を置くことを選んだ。


 目をつむったまま全速力で数秒間走り続ける。

 そこでようやく目を開けた。


 すぐに振り返って、”子供”の様子を伺う。

 ある意味では予想通り、子供は生きていた。


 やはり只者ではない。


 バルジは、その子供に接近するのは危険だと判断した。

 相手から距離を取るのは一体何時以来だろうか?


 結果的にそれがバルジが取った最大のミスとなった。



 バルジはゆっくりと、子供の隙が生まれる時を待つ。

 こちらのほうが早く動けるのだ、このまま距離を保ちつつ相手が疲れるを待つ。

 こっちは1週間でも連続して行動できる魔獣なのだ。


 ただ待てばいい。


 そうやって観察していると。


 不意にその子供が小枝をこちらに突き出した。


 何をしているのだろうか?

 こんなところまで伸びるわけでもなかろうに。


 すると突然その小枝の先から大きな炎が吹き上がる。

 明らかに子供の大きさよりも炎が大きい。

 いやひょっとして、自分よりおおき・・・・・



 それが80年に渡る”極北のバルジ”の最期に見たものだった。




雉も鳴かずば撃たれまい

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