2-23【世界よ、さあ踊れ14:~破れた蜘蛛の巣~】
side ロン
残念なことに、俺達が警告を発してから宿の警戒態勢が整うまで、なんと約1時間もかかってしまった。
最初は”俺達の排除”が決議でもされたかと危惧していたせいで、護衛兵を信用できなかったのが主な遅れの原因だったが、どうやらそういうわけでもなさそうと分かってきてからも、今度は逆に説明に苦労した。
俺達の護衛体制は次のようになっている。
最重要関門であるフロアの入口は、アルバレスが手配していた俺達直属の”エリート”資格持ちの護衛兵が2人。
もう1人が、反対側の廊下を巡回して窓側を固めている。
下のフロアと、屋上にはマグヌス、アルバレス、クリステラの混成部隊が計10人体制で危険が近づいていないかを確認していた。
中にはここの護衛対象者である俺達とルシエラに加えて、スコット先生とエリクが武装状態で構えている。
非戦闘員は、俺達の直接のメイドであるアルトの他、モニカ連絡室のメンバー7人と、ルシエラとの連絡用のクリステラの役人が5人。
質を考えれば、かなり充実した要人警護といえるだろう。
問題は宿の1階と、外を固めているトルバ兵たちだ。
言葉の壁もあるが、状況を飲み込めていない彼等に緊急体制を取らせるのに、モニカ連絡室の連中が苦労していた。
上の階から見ればルクラの街の様子がおかしいのが見えるが、下からだと普段と変わらない山村の景色が広がるだけなので、緊張感が伝わりづらいのだ。
それでも今は、なんとか休憩中の兵士も叩き起こして並べてくれている。
一方、フロア中央の窓のない部屋に、俺達、スコット先生、ルシエラ、あとエリクとアルトが集まっていた。
緊急事態なので、俺が直接喋ってもいい相手だけ集めてもらっている。
「というわけで、とりあえずこのメンバーで現状の共有をしておきたい」
俺が会議の要約を告げる。
すると、エリクとアルトがギョッとした表情で俺達を見たではないか。
どうやら、俺達の頭のスピーカーから男の声が流れたことに驚いているらしい。
あれ? アルトに直接声をかけるのは初めてなのは知ってたけど、エリクって初めてだっけ?
ちょっと、過去ログを検索してみよう。
会話履歴が出てこない・・・
「あー、その前に、俺はモニカのインテリジェンススキルだ。
”ロン”ていうので、はじめましての人はよろしく」
仕方がないので、俺は手短な自己紹介を挟むことにした。
アルトとエリクがあんぐりと口を開け、スコット先生とルシエラが別の意味で呆気にとられている。
だが覆水は盆には返らない。
こんな近しい連中と会話できたほうが便利だと思うしかないだろう。
むしろ、なんで会話してなかったんだと思えてきた。
「は、はじめまして・・・」
「ヴィオがよく言ってる・・・”お父様”ってやつ?」
「ああ、そうだ、よろしく。
じゃあ、時間が惜しいから次行くぞ」
エリクの確認に答えた所で挨拶は完了。
今は時間が惜しいのだ。
ポカンとしたままの2人を残して、俺は頭部のメガネから壁に向かって映像を投写する。
壁の一部が光るように現れたそれは、ルクラを中心とした、この地域一帯の詳細な地図だった。
数日かけてじっくり作成したので、建物の位置まで正確である。
その地図が、大きな黒い影に覆われて灰色に変化する。
「つい1時間ほど前、俺の観測スキルがこの辺り一帯の急激な魔力密度上昇を検知した。
明らかな異常値だ」
地図の横に観測された魔力の情報が現れる。
いつぞやと違い、まだ特に健康に影響がある濃度ではない。
だが、それでも平常値の100倍以上の濃度だ。
「同時に、ガブリエラからの情報によると、ルクラの複数の箇所で暴動と、各国関連施設への襲撃があったらしい」
俺はそう言いながら、地図に赤い点を描き込んでいく。
ただ、その位置は大きく偏っていた。
「この地域で起こっているということか?」
スコット先生が、その箇所を指差す。
「いいえ、この地域だけじゃなさそうです。
これはガブリエラとの直接通信で、彼女のスキルが把握した箇所だけ表示してますが、他の箇所は通信障害で情報が入ってきてないみたいです。
あっちの見立てだと、街全体で発生しているのは間違いないかと」
そう言いながら、俺はルクラの街全体を今度は黄色く塗りつぶした。
目まぐるしく変わる街の色に、アルトの目がついていけないとばかりに泳いでいる。
エリクも不思議そうな表情なので、対して変わらないだろう。
だが、さすがスコット先生は表情一つ変えずに頷いた。
「通信障害は、兵士達が話していたな。
司令との連絡が取れないとのことだったが、ルクラの街でも同様なのか?」
「”よりひどい”でしょうね。 俺が繋げられる回線を全部試してみたんですが、普段から使っているガブリエラとの”直接回線”以外は全部繋がりそうにありませんでした」
俺は、自分に割り当てられている通信回線の応答情報を、一覧で張り出す。
ログによれば、全部の通信が最初の中継局を通過できていない。
「原因は何かわかりそうか? こんな一瞬で通信網が全て壊したとは考えにくいが」
先生のその言葉で、俺は先生がこの仕組みの”根本部分”を理解していないことに気がついた。
「あ、通信機が壊れているわけじゃないです。 むしろ壊れてないのが問題というか・・・
緊急事態で皆一斉に連絡しようとして、それが詰まってるんです」
俺は壁にネットワークの概念図を投射する。
いくつもの分配器がクモの巣のように線で結ばれたシステムに、大量の端末が繋がったよくある図だ。
「普段であれば、こういう感じに問題なく動くんですが・・・」
複数の離れた端末同士のやり取りを、色で視覚化する。
クモの巣の図の上を、様々な色の信号達がところ狭しと動き回りはじめた。
許容範囲内の通信量や、散発的な接続であれば、分配器がいい感じに経路を迂回させたりするので、多少遠回りになったとしても、通信同士はぶつかることなく相手まで届くことができる。
これは画期的な仕組みだ。
一応、魔力波通信を始めとする”魔法通信”の多くは、電波通信と違って同じ帯域に複数の信号を乗せることができる。
つまり同じ回線で、皆が同時に喋っても全て聞こえるのだ。
とはいえ、それを聞き分ける事の難易度を考えれば、実質的には1回線しか機能しないことは理解してもらえるだろう。
慣れたとしても、せいぜい片手で数えられる数しか同時に成立しない。
だが、この仕組みであれば、それぞれが個別に通信を確立できるために、同時処理できる通信の数を爆発的に増やすことが可能だ。
それはもはや、情報管理の世代を幾つも飛び越えて押し上げるだけの変化といえる。
「だけど量が一定を超えると・・・」
俺の言葉と同時に、図に描かれる通信の色の量が一気に増えた。
ほぼ全ての端末が一斉に、しかも多数に連絡を試みている。
すると恐ろしいことに、蜘蛛巣状に広がった線の結節点・・・すなわち分配器のいくつかに、通信が集中し始めたではないか。
更に、通せんぼされた通信が、どこにも行けなくなって分配器のところで溜まり始める。
当然、抱えられる通信の量は決まっているので、大量の通信を抱え込んだ分配器は機能を失うしか無く、そうなればネットワークのそこかしこに歯抜けの箇所が出来始め、その周囲の分配器に更に多くの通信が集中するという悪循環が起こり始めるしかない。
「しかも緊急事態ですからね、通信できないからといって連絡を諦めるわけには行かない。
当然、他のところに連絡を試みる」
俺がそう言うと、図に描かれた無数の端末が、今度は狂ったようにそこかしこに通信を飛ばし始めた。
だが、相手先を変えた所で、それを媒介するのはあくまでこの”魔力波通信ネットワーク”だ。
必然、通信量は爆発的に増大し、それに反比例するように通信能力は急激に縮小していく。
これが今、街の通信網で起こっている事態だ。
「そんな・・・これでは・・・」
スコット先生が愕然とした様子で図の動きを見つめていた。
「今回が初めての本格運用という話でしたからね。
対策とかも出来ていなかったんでしょう」
そもそも、想定していたかも怪しいが。
これまでのこの世界の常識では、これほど巨大な通信網を壊滅させる程の通信量は想像できなかったのだろう。
だが、”便利”というのは時に、その手間をいきなり指数関数的に増大させる。
使う方も、提供する側も、その手間に対応しなければならない。
”そんなに容量を増やして一体何に使うのか”
とは、時に賢者ですら陥る愚行だが、いわばこれは”技術発展”という名の、ゴールなき死のマラソン。
インフラが急激に発展している状況で立ち止まる事は、ほとんど自殺的な行為なのだから。
「なるほど・・・状況の悪さは理解した。
・・・解決する手段はあるのか?」
「このネットワークを直す方法は、もう設計を変えるしかないですね」
俺は端的にそう繋げる。
これは何かが壊れたわけじゃない、完全な”想定不足”だ。
”直す”という概念すら存在しない問題である。
通信を捌くには、ネットワークそのものを丸ごと取り替える必要があった。
「あと悪い事ついでなのですが、これのせいで”オラクル”が準備できません」
俺はさらっと”最悪なニュース”を追加する。
あまりにも最悪すぎて、気づいてからの俺の落胆はとてつもないものだった。
なにせ、ここ数ヶ月の俺の努力が、日の目を見ないことがいきなり確定したのだ。
だから、こういうのはサラッと流すに限る。
「”オラクル”ってなんだっけ」
ルシエラがそう言いながら、自分の頭に指を突き立てて何かを思い出そうとするように唸る。
「あの”極秘”って言ってた情報管理システムだよ。
もう使えなくなったので種を明かすけど、”オラクル”は実は、緊急時にこのシステムを乗っ取るために用意していた強化システムだったんだ」
俺が暴露するようにその概要を説明する。
”オラクル”は俺の情報管理系のスキルを、ゴーレム機械で作成した外部処理装置で拡張する、強化装備の一種だ。
要は圧倒的情報量と出力でネットワークを掌握し、そのまま好き勝手してやろうという算段である。
情報さえ好きにできるようになれば、俺達が逃げる隙を作るくらいワケはない。
情報戦を制する者が、生き延びる。
これは戦略の鉄則である。
逆にいえば、そうでもしない限り魔国の大魔将軍様から逃げる算段がつかなかったのだが。
だが、いくら最強クラスの強化システムであっても、寄生型である以上、寄生対象が死んでいてはどうしようもない。
「つまり見守るしかないってことね」
ルシエラが結論を述べる。
本当に理解しているのかは怪しいが、その声には一応焦燥と諦観が滲んでいた。
更に、同意する様にスコット先生が頷く。
「暴動の原因は分かっているのか?」
「確たるものは何も、ただガブリエラの話だと街の中心部で、大規模な魔力漏れが発生しているみたいです。
俺も魔力濃度の急上昇を検知しているので、間違いないでしょう。
ただ、どうも街中の魔力濃度は下がってるみたいなんですが、ここはまだ上昇を続けている。
で、これが、魔力漏れの対象地域です」
スコット先生の問いに、俺はウルからもらった情報を投射絵に追加した。
ルクラの街の中心部に、黒い大きな丸が描かれる。
その大きさに、ルシエラがギョっとした。
「ちょっ、広くない!?」
「あ、いやこれはあくまで”予想円”だ。 この何処かで発生しているって意味で、実際はここまで多くはない」
俺が慌てて注釈を入れる。
「だけど、”事態の規模”という意味じゃ、この円より大きいかもな」
予想円がこれほど大きいのには、それだけの理由がある。
「どうも、この範囲の被害がかなり大きそうなんだ」
俺の言葉にスコット先生が、厳しい表情を作る。
「被害というのは、この前の魔国入場の時のあれか?」
「わかりません。 でもガブリエラの話だと、結構違うみたいです」
この前の”魔力騒ぎ”のときは、あの魔力に当てられて大量の一般人が凶暴化した。
だが今回はそのような様子は見られず、むしろ恐怖による混乱が事態を悪化させているらしい。
また、これはあくまでガブリエラの主観だが、魔力の形態も、霞のようだったのが前回と比べ、今回は噴煙のように立ち昇ってるらしい。
しかも魔力自体にもそれなりに破壊力がある、みたいな情報も流れているとのこと。
なので、
「どっちにしても、かなり危険性は高そうですね」
俺が説明の結論を述べると、スコット先生とルシエラが顔を顰めて考え込んだ。
エリクも入場時のことを思い出しているのか顔色が少し青い。
アルトだけが、想像もできなかったように必死に俺の言葉を反芻していた。
「・・・とはいえ、ルクラにいる者たちだけで対処してもらうしかないだろう」
「だいじょうぶ、かな?」
スコット先生の言葉にモニカが心配そうに呟く。
だがそれに対し、スコット先生は頭を振った。
「ルクラにいる戦力は破格だ。 暴動程度であれば軽く抑え込めるだろうし、魔力災害の方も簡単に抑え込めるはずだ」
その言葉通り、今のルクラの街には大陸の軍事力の1割に相当するといわれる戦力が集まっている。
出力ベースで考えれば、3割を超えるだろう。
これほどまでに戦力が整っている場面はない。
それはつまり、対処できない状況など考えられないということだ。
「でも、”そう思ってない”って、かおですよね?」
モニカが指摘する。
その言葉通り、スコット先生の顔色は悪かった。
「特級戦力を始めとする各国の上位戦力達は、あくまで”飾り”として来ているに過ぎない。 戦力化もされていなければ、緊急時の連絡網すら整備されていない。
・・・混乱を抑え込むには役に立たないだろうな」
「確かに、皆面倒だからなぁ・・・」
ルシエラが染み染みと呟くように、飛び抜けた戦力というのは大抵、扱いも難しいので連携を必要とする案件では心強いどころか邪魔なのだ。
そしてそんな注意が必要な戦力が今、ルクラの街の中には数十人単位で蠢いているとするならば、適正な戦力評価はもしかすると・・・
・・・マイナスもあるのかもしれない。
「それに、嫌に胸騒ぎがする」
「わたしも」
スコット先生にモニカが続く。
それをじっと見つめていたルシエラが頷いた。
「あなた達がそう言うなら、無視するわけにはいかないわね」
それに対し、スコット先生も頷きで返す。
「せめて情報が欲しい。 街で何が起こっているのか、より広範囲の。
そうすれば、退却のタイミングや方法も含めた対策が立てられるのだが」
だが、そんな贅沢を言っていられないと、スコット先生が首を横に振る。
その様子を見ていたエリクが聞いてくる。
「その”オラクル”だっけ? それとしては使えなくても、せめて街にバラ撒いた君の”端末”から情報は得られないのか?」
「ああ、そういえばそこら中に貼り付けてたな」
エリクとスコット先生が俺達に問う。
それに釣られたルシエラとアルトが興味深そうにこちらを見てきた。
たしかに、あれらは”オラクル”発動用以外にも、緊急時に街全体の情報を俺達に伝えるための機能を持っている。
ただ、
「残念ながら、あれらは全部俺達が通信ネットワークに入れる前提で作りましたからね。
俺達が街にいるらなら別ですが、ここでは・・・」
俺達の今いる場所は、ルクラの街から直線で最低10㌔ブルは離れている。
「俺からの直接通信で、端末を起動することはできると思います。 ただ端末の通信出力じゃ、俺まで届かないし、接続が確率されなければ、隠蔽のためにすぐにスリープ状態に戻るでしょう」
俺が用意した仕組みにおいて、”双方向通信”は絶対に必要だ。
これだけそこら中に魔力波が飛び交う中、”片方向通信”で起動できようものなら、何かを誤認して勝手に魔力をばら撒き始め、あっという間に俺達の”仕込み”がバレてしまうからだ。
それを防ぐためにも、端末からの高出力通信はできない。
ネットワークへの接続は、少々面倒でも必要な手順なのだ。
だが、データを届けられない観測機など、無いのと一緒。
「つまり、できないということか」
スコット先生が結論を述べ、場に暗い空気が重くのしかかる。
ただ、その結論には少し訂正が必要なのだが。
「”できない”というと、それはまたちょっと違うというか・・・」
その言葉はなんとも歯切れの悪いものだったが、発生した効果は劇的だった。
「え? できるの!?」
「できるんですか!?」
「じゃあ、今の説明なんだったんだ?」
「できるのか?」
「どうやるの?」
全員に激しくツッコミを食らってしまった。
モニカまでもがそこに加わっていたものだから、俺は慌てて言葉を追加する。
「方法自体は思いついている・・・だけと、あまり気乗りしないというか・・・」
「気乗りしないとは?」
スコット先生の問いに、俺はその方法の説明を始めた。
街にバラ撒いた”端末”達は、起動時には基本的に近くの魔力は通信機にアクセスして俺と通信を試みる仕組みだった。
だがネットワークの設計から、全ての端末が通信した場合、溢れて機能しないことは元々わかっていた。
それは”想定内”だ。
そもそもこれは、会議で”俺達の排除”が採択された際、逃げる時に使うことを念頭においていたのだ。
いざとなれば大量の情報で、街のネットワークを破壊することも視野に入れている。
だから、当然の事として、”別の通信方法”も用意されていた。
実は街の中には端末に他に、端末達の情報の整理と制御を行う”中央演算魔道具”を紛れさせている。
コイツには例外として、半径100㌔ブル出力の直接送信能力を与えていた。
つまり・・・これはあくまでイレギュラーなのだが、この”中央演算魔道具”になんとかしてアクセスすることさえできれば、原理的にはそれを踏み台に、街の端末達の情報を得ることができるということである。
「そうなると、これを使えば俺が接続する必要があるのは、街のネットワークではなく直接通信可能な”単一の回線”にできるってワケ」
俺がそこまで言うと、全員が目をパチクリとさせた。
今言った俺の説明を必死に噛み砕こうとしているらしい。
やがて、最初に概要を飲み込んだルシエラが聞いてきた。
「それで、気乗りしない理由って?」
「まず、現時点で中央演算魔道具に直接繋げる事ができない。
これはイレギュラー処理なんで、その処理を点けるために結局は双方向通信が必要になる。
だがこれは一回でいい。
常時接続が不要だから、間に適当な中継役を噛ませれば事足りる。 ・・・つまりガブリエラ、正確には彼女のスキルである”ウルスラ”に処理を代行してもらう事になる」
俺の言葉にスコット先生が”苦いところ”を感じたように顔を顰める。
どうやら、通じたらしい。
モニカの手前、あえて言葉にするのは憚られるが、俺はそこまでガブリエラを信用できるかといえば怪しかった。
彼女が悪いわけじゃない。”彼女の立場”が悪い。
国に仕えることを誇りとする彼女は、いざマグヌスが俺達の排除を国際社会に約束した場合、敵対は避けられないだろう。
そうなれば、このシステムの根幹情報の流出は避けられない。
そして少し遅れてルシエラが、俺のその”諸々の感情”を察したように頷いた。
「うん」
一言だが、ルシエラの表情には「あんなやつ信用できないよね、わかるわー」と書いてある。
そして俺は、それを無視して話を続けた。
「次に、”俺の存在”が露見する可能性が高い。 ・・・その”性能”と”危険性”も。
それは俺達の今の”政治的立場”にとって、あまり好ましいことじゃないだろう」
「まあ、そうね・・・」
ルシエラが今度は困ったように呟き、スコット先生も顔を顰める。
「しかも、起動すればおそらく・・・街の通信網はズタズタに成るだろう」
なにせ、膨大な魔力波が飛び交うことになるのだ。
それを”友好的行動”と取ってくれる者が、どれだけいるか。
有事に情報網を破壊する者など。それだけで討伐対象である。
「そして、最後にだが・・・”中央演算魔道具”は街の景色に隠すのは難しい大きさだったから、畳んで街の一般人に渡して隠してもらってたんだ。
だが中央演算魔道具が急に魔力を発するわけだから、どこまで隠して置けるか、下手に起動すれば最悪の場合、その一般人が兵士に危険要素と判断されかねない」
そんなことになれば、俺達の寝覚めは激しく悪いものに成るだろう。
なにせ、彼等を勝手に巻き込んでいるのだから。
俺がその事を伝えると、全員が目線を見交わし合う。
代表してルシエラが聞いてきた。
「で、その”中央演算魔道具”ってのはどこにあるの?」
◇
side ルクラ旧市街外縁部、カウリカハルカ地区
元からルクラに住んでいた者達のうち、一般的な経済状況の獣人たちが多く住んでいたその場所は、今はガーレン通りの裏手に広がる古びれた集落として存在していた。
まるで世界的な視線から隠されるようにひっそりと存在するその場所も、流石に街の中心部で大規模な魔力災害が発生したとあれば、混乱に陥るのは仕方がない。
特に数日前まで、娘が行方不明となっていた犬獣人の一家にとっては、恐怖の色はより濃いものになる。
犬獣人の女性が、家の中で眠る娘の体を揺すった。
「リャーダ、起きてリャーダ」
その声は何故か隠れるように小さくも、必死な色が滲んでいる。
「ん・・・うん・・・もう、あさ?」
リャーダと呼ばれた幼い女児が、ゆっくりと目を開けてそう聞いてくる。
見つかってから、しばらく不眠症のような症状を見せていた娘が、ようやくいつも通りに寝てくれた直後に起こすことになった母は、胸を痛めながらも家の外の喧騒はそれを許してくれそうになかった。
「ごめんね、でも、もしかして逃げなきゃいけないかもしれないの・・・準備できる?」
リャーダの母が、彼女のできる限りの勇気と配慮を絞り出し、落ち着いた声で端的に指示を出す。
逃げる場所も、逃げる宛も、逃げるようなことなのかも分からないが、その準備だけはしなければならない。
既にリャーダの母は、身に付けられるだけの貴重品を服や背嚢の中に押し込んで身につけていた。
そしてその様子に何かを察したのか、リャーダは体をゆっくりと頷くと、目をこすりながら頷いた。
「・・・うん」
彼女はそれだけいうと、近くにおいてあった”黒い筒”のようなものを抱き寄せた。
それは数日前、リャーダを見つけてくれた人達から渡された物だった。
”持っていろ”とのことだったが、あれからリャーダはずっとそれを御守りのように持ち歩いている。
幼い彼女にとって助けてくれたあの者達は、”精霊様”と呼ぶほど大きな信頼を寄せていた。
リャーダの母は、値踏みするようにその筒を見つめる。
小さくはないが、逃げる時に邪魔になる大きさではない。
何かの役に立つとは思えないが、幼い子供の心を安定させる要素はできるだけ手放したくはないのも事実だ。
「それを持って走れる?」
母がそう尋ねると、リャーダは強く頷いた。
「大丈夫だよ、黒の”せいれい”様が、護ってくれる」
リャーダはそう言うと、手に抱えていた黒い筒をこちらに掲げてみせたのだった。
連続投稿部分は、一旦ここで完了です。
ただ、「世界よ、さあ踊れ」のあと数話(3話分くらい)もある程度目処が付いているので、そこに関してはこの前ほどの間は空かない予定です。(希望的観測)




