0-3【オアシスの精霊8:~あの魔法~】
それから数日の間、俺達はベットの上でひたすら痛みがゆっくりと引いていくのを待つ他無かった。
幸いにもダメージの少なかった腕の方はすぐに動かすことに支障はなくなったが・・・
いやものすごく痛いのを我慢すれば、
というか強制的に我慢させられているが。
足の方は依然としてまともに動かせる状態ではない、主もなんとか早期に回復しようとマッサージ的なものを試みているが微妙なところだ。
やっぱりなんか切っちゃったのかな・・・
緊急時とはいえ筋力強化魔法への介入は大きなリスクを伴うようだ。
そもそもの話、俺はまだ感覚的にしか魔法の作用を理解しておらず、基本的なこと特にそのリスク面に関する知識に問題があるように感じている。
だからこそ、その最たる例に使われた本を目の前にした時俺は少々身構えた。
魔力暴走事故を起こしかけた”あの魔法”が載っている本だ。
タイトルは『基礎魔法:初級編』
そう、”基礎”魔法の”初級”編である。
主が再びそのページを開く。
『魔力を空中で維持してみよう!』
みんなも知っての通り魔力はそのままだと使えないよ。
だから適切な場所に適切な形でもっていくんだ!
そのためにこの練習をしてみよう!
前の段階までで魔力を体の中で扱う方法はわかってるよね?
今度はそれを掌から絞り出すイメージで、空中にとどめてみよう!
この練習はどこまで魔力を維持できるかの練習だ!
魔力は空気中ではどんどん抜けていくから、どんどん魔力を注ぎ込んでみよう!
もし魔力がはっきり見えるようになったら次に進もう!
といった内容が書いてある。
つまり何かに使う魔法の前段階として、空中で魔力をコントロールするための練習らしい。
この書き方だとこの段階では魔力は基本的に、空中に霧散してしまうことが前提になっている。
少なくとも俺がやったような魔力を完全に押し留めるようなことは、この段階では想定されていない。
その証拠に
”もし仮に空中に留めた魔力から漏れていないようなら、ただちに魔力の供給を止めて41ページへ”
という一文がある。
あのときこの一文を理解できていたならば、俺はあれほど魔力溜まりが高密度化する前に調整をやめることができた。
まあ、悔やんでも仕方がない。
ちなみに主があの時やっていた練習は正確にはこの次の段階。
『今度は両手で魔力を空中に維持してみよう!』
だ。
この練習で両手が塞がってしまったせいで対処ができなかったのも大きいな。
ちなみに41ページには、高密度に溜まった魔力の危険性と安全な処理の方法が注意書きとして載っていた。
だが安全に処理するには少なくとも魔力溜まりごと動かす技術か、魔力を別のエネルギーに変換する技術が必要だった。
そのどちらもあのときは俺は知らなかったし、今でも精々が”家”魔法に使う変換が少々扱えるレベルのものだ。
それではあの量のエネルギーを処理するには不十分だった。
どうやら魔力を扱う上では結構避けて通れない問題らしく、魔法は自分が処理できる安全マージンの中でしか行わないようにと、念を押すように注意されていた。
主はそれらの注意書きを注意深く読み込んだ上で、再びあの練習のページに戻ると、掌から魔力を空中に流し始めた。
俺も今度はあのような失敗をしないように注意しながら、魔力を調節していく。
主もすぐに調整がうまく行っていることに気づいたのか、流す魔力を一気に減らす。
空中にはうっすら透けている丸い黒いたまが2つ浮いていた。
それだけ。
本来はたったそれだけの練習なのである。
この状態をしばらく維持するらしいが、俺の介入下では維持するのは驚くほど簡単だった。
まず魔力の漏れがないので追加する必要はないし、形態の維持も俺が無意識レベルで行える量なので問題ない。
やがて時間が来ると、そこで魔力の維持をやめるように注文が飛んできた。
どうやら既に主の方では維持を切っていたらしいが、それに気づかなかった俺が無意識で続けてしまっていたらしい。
俺が魔力の維持を解くと、2つの魔力溜まりはシュッという小さな音を残して霧散してしまった。
練習が完了して、そのあまりにもの簡単さに拍子抜けしてしまう。
やはり、前回並みの高密度じゃないともう練習にならないようだ。
主もそれに気づいたのか一回目だけは時間いっぱい維持したものの、すぐにページを捲って次の練習へと移ってしまった。
今度はその魔力溜まりを変形させる練習だった。
・・・・のだが、これもあっさりできてしまう。
というか、俺がやっていた行為が実は魔力を維持するものではなく、丸型に変形させていたという驚愕の事実が発覚した。
主もそれに気づいたようで目を点にしている。
そもそも俺がやっていたのは主の真似なので、主の理解の時点で間違っていたことになるぞ。
では、魔力の維持とはどういう状態なのだろう?
という俺の疑問はほったらかしにされて、主は次に移ってしまった。
今度はその魔力溜まりを移動させる練習。
これまでの感じからこれもすぐにできるだろう・・・・
などと考えていたら、この練習には意外なことに大苦戦した。
それからなんと小一時間、ひたすら掌の直上に浮かぶ魔力溜まりを動かそうと躍起になっているのだが、一向に動く気配がない。
どうも俺の介入が鈍い・・・というか僅かにしか効かないしその程度の移動ではあっという間に元の場所に戻されてしまっている。
というよりも俺がやっているのはやはり変形の範疇だという気がする。
ひょっとするとこれは魔力の調整という範囲から少し逸脱しているのかもしれない。
俺ができるのはあくまでも調整であって、魔法の発動や魔力量の決定は主が行わなければならなかったのだが、どうやら魔力溜まりの移動に関しても主が決定を行わなければいけない領域なのかもしれない。
結局、魔力溜まりは翌日の昼まで掌から動くことはなかった。
で、今現在俺は目の前を自由自在に飛び回る魔力溜まりを見てはしゃぐ主を見て、正直呆れていたのだった。
ほんのついさっきまでは魔力溜まりはピクリともしていなかったのだが、何かコツを掴んだのかある時少しだけ右にずれたのである。
主はなんとかその時の感覚を思い出しながら、あれやこれやと試行錯誤を繰り返すこと数十回。
ついにぎこちなくではあるが思い通りの方向に動く様になった。
そこから先は早かった。
なにせ問題は調整不足である、つまり俺の領分だ。
結局、その日は丸々主がまるでラジコンで遊ぶ子供のように、魔力溜まりをあちこちに飛ばすことで潰れてしまった。
まあ、碌に動けないことに対するストレスが、これで解消されているような気がするので良しとしよう。
俺もちょっと楽しいような気もするし。
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数日後
幸いなことに筋肉痛はこの数日でほぼ完治していた。
まだ、足はわずかに疼くが行動に支障は出ないだろう。
実はここまで回復するまでに、何度か野菜を取りに戻ろうと試みていたのだが、そのたびにクーディとコルディアーノに止められるということが何回かあったのだ。
少し前から既に日常生活で困らないレベルまで回復していたのだが、まだ歩きがぎこちなく、往復1日程度とはいえ家の領域の外で活動するには、不十分だと判断されたようだった。
それでも家の近くで体を動かす分にはお咎めがなく運動できたので、今は前と同じような動きを行うことができる。
これでようやく野菜を取りにいけるというものだ、ここ数日食卓がいよいよ肉一色と化してきていたので、俺としては早急に対処してほしかった。
ただ1週間も経っているので恐らく半分以上雪に埋もれているのではないだろうか?
幸いにもここ数日は晴れが続いているが、それでも局所的に降ったりはしている。
動けるようになった以上できるだけ早めに取りに行っておきたかった。
主も同じ考えのようで、今はそのための準備をしている最中だ。
少し前までならこの段階でクーディの待ったがかかっていたが、今はむしろ手伝いをしてくれている。
これは彼のお許しがでたと見ていいだろう。
装備の内容的にできるだけ連続した行動時間を確保するため出発は明日の朝、おそらくその日のうちに戻ってくるプランなのだろう。
恐らくこれはこの前の帰りにサイカリウスに襲われた事に対する対処だろう。
あれで主が1人で領域の外に出ることが知られてしまっているため、今しばらくは行動に気をつけたい。
もっとも普段の主であれば非常に早い段階で察知して回避できる。
この前のあれはあくまでその直前に”炎の精霊”という、とびきりのイレギュラーに遭遇したせいで、集中力が疎かになっていた面が大きい。
今は精神的にも安定しているので、遅れを取ることはないだろう。