0-3【オアシスの精霊4:~赤の精霊~】
不意に”その存在”に声をかけられたことで俺達の混乱は、ピークに達した。
例えるならば森でヒグマに遭遇し襲われないようにゆっくり後ずさっている最中に、そのヒグマから声をかけられたようなものだ、正常な判断が望めるはずもない。
その言葉の内容よりも、認識されたという状況のほうが重要度が高く、結果、あるいはこの少女の姿をした謎の存在を敵と認識したようだ。
即座に棒で狙いをつけ最大級の魔力を流そうとした。
あぶない!
今、相手に脅威だと認識されれば助かるものも助からなくなる。
俺はとっさにそれを妨害しにかかった。
だがあまりの魔力の量に妨害が追いつかない、仕方ないので魔力を棒の中の魔力溜まりではなく直接外へ向かって放出させる事にした。
「・・・!?」
バシュン!!という空気が抜けるような音を残し魔力が棒の中から抜け落ちた。
だが、これはまずった。
こういう状況で一番やってはいけないのは不用意にこちらを意識させることだが、今の音はそれでいうなら完全にアウトだ。
案の定、赤い少女の顔がこちらを捉える。
「あら?」
冷静に聞くならばそれは他愛のない声だったのだろうが、既に狂騒状態に陥っている主にとっては死刑宣告にも等しかったのだろう。
あまりの恐怖で腰が抜けてしまい、その場に尻餅をついてしまった。
そして、赤い少女がゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「もしかして、私の声聞こえてる?」
赤い少女から発せられたのは意外にも問だった。
それも、なぜそんなことを聞くのかわからないようなもの。
主も混乱したのだろう、半分転けたままの姿勢でどうして良いのか分からず固まってしまった。
そしてどうやらその反応を以って、赤い少女は答えと取ったのだろう。
「ひょっとして見えてる!?」
その表情の中に驚きを持って、問を続けてきた。
「・・・・!!?」
主も混乱の中、なんとか声にならない答えを発する。
そこには”あたりまえだろう”というニュアンスがこもっていた。
それを受け取った赤い少女は、気のせいだろうか少し寂しげに表情を陰らせて
「・・・ごめんなさいね」
と、こちらの想定外の謝罪をしてきたのだった。
その反応に対して俺達は完全に固まってしまう。
一体何を謝罪されているのだろうか?
「・・・本当はね・・・私はそんなに強くないし・・・襲ったりもしないの・・・」
このとき俺の頭の中を『嘘だ!!!』という絶叫がこだました。
きっと主もそうだろう。
少なくとも”強くない”という部分は絶対ウソだ。
だが当の赤い少女の方は大真面目に言っているかのような表情で、そのわけを説明し始めた。
「・・・本当なら私達の姿は、見えないし、声も聞こえないはずなの・・・だけど、極稀にあなたのように気づける存在がいるとね・・・世界が守ろうとするの・・・私たちは危険だって、精霊に歯向かっても殺されるだけだぞ!って、そういう風に相手に刷り込ませるの・・・」
彼女の言い分を信じるならば、俺達のこの恐怖は世界が彼女を守るために、刷り込んだことになる。
それに精霊?
主も、信用出来ないとばかりに赤い少女を睨みつける。
「・・・・・・」
それに対する赤い少女の返答は予想外のものだった。
「・・信用出来ないといわれても、私にはどうすることもできないわ・・・」
え?
今、主は何も言ってないよね・・・・
もしかして、こいつ俺達が考えていることが読めるのか!?
「読めるわよ」
!?
「・・?」
主は、怪訝な顔をするだけで済んだが俺はそれでは済まなかった。
今・・・たしかに・・・・
「あら、ごめんなさい・・・どうしてもあなた達の常識には疎くて・・・」
またも、赤い少女が謝罪してきた。
それにしてもこの少女よく謝るな・・・
というか精霊って・・・
「精霊って何? それに守られているならなんでそのことを教えた?」
お、俺の疑問を主が代弁してくれた。
そう、まずいきなり精霊といわれてもピンとこないし、わざわざ自分を守っているカラクリを教えてくる意味がわからないのだ。
「精霊って何って・・・さあ・・・あなた達が、私達を呼ぶ時にそう言っているだけなんだけど・・・」
どうやら、精霊というのは自称では無いらしい・・・
「・・うふふ・・・実はね、私は何度もあなたに会っているのよ」
そして告げられる驚愕の事実。
「・・・あなたなんて知らない・・」
主は思った通りのことを言っただけだろうが、それを聞いた赤い少女の表情が結構露骨に暗くなる。
そしてそれを見た俺の肝が盛大に凍る。
いつの間にか、赤い少女はすぐ近くまで寄ってきており、その存在から発せられる威圧感が凄まじいのだ。
「・・・あなた、時々ここに来て草を取っていくでしょ? ここに来る人なんていないから、いつも隣りにいたんだけど、今まで反応がなかったの」
「・・・今までずっと近くに・・・いた?」
「そう!やっぱり気づいていなかったのね」
そして語られる意外な事実、どうやら前にここに来た時も彼女は主のそばにいたらしい。
だが、今回までそのことに主は気づいていなかった。
おそらく前回までは最初にこの赤い少女が言っていた、本来なら認識できない状態とやらだったのであろう、しかし今はなぜか、はっきりと認識することができるようだ。
主が前回来たときと、今回の違い・・・・恐らくそれは
「あなたでしょうね」
おお・・・やっぱり心を読まれているな・・・
「そう言ったでしょ?」
「何言ってるの?」
早速会話が混乱を始めたぞ、これはしばらく何も考えないほうが良さそうか。
「あら、そうなの、あなたともおしゃべりしたかったのに」
「?」
「・・・そうねぇ・・・まあ、とにかくあなたが私を見えるようになった、それでいいよね?」
「・・・・」
「よかったぁ! ずっとあなたとおしゃべりしたかったの! いつも草を取っているのを眺めるだけだったから」
「・・・は、はあ・・・」
威圧効果が抜けていない主は、赤い少女の食い気味の喋りの前でタジタジだ。
「あなたは、だ・・・・”なに”?」
「私はあなた達がいうところの”赤の精霊”?・・だと思うよ、あそこ見える?」
そういって自称”赤の精霊”が池の中心を指差す。
釣られて俺達がそちらを見ても、特に変なところはない。
いや、あれはなんだ?
「あ!」
どうやら主にも認識できたらしい、実は池の中心・・・その下の方に何かがあるのだ。
それが発する薄っすらと赤い光が水面に反射して揺らめいている。
「池の底に見える赤い光、あれは天然の魔鉱石で”赤”の属性をもっていて、だからその熱でこのあたりだけ氷が溶けてしまうの」
「”赤”だから熱い?」
「もちろん熱くならない”赤”も沢山有るけれど、ここのは特に熱の要素が強いわね、だから私みたいなのも生まれてくるの」
「ということは、精霊は魔鉱石から生まれてくる?」
「もちろん違うわ、魔鉱石はあくまでもただの石・・・・精霊は魔力属性の偏った環境から発生するの、大地を覆い尽くすほどの氷を溶かすほど偏っているここみたいな所にね」
「つまり異常な魔力から生まれる?」
「そういう言い方もできるかもしれないけれど、これでも一応世界からこの領域の守護のために生まれたことになっているの、だからこの領域を壊すなら私は容赦をしないわ」
その言葉の中にわずかに含まれていた不穏な空気に主がたじろぐ。
つまり彼女の話を総合するなら彼女はこのオアシスの守護者ということで、となると今まで彼女に断りもなくここの植物を害していた主は・・・・
「ひょっとして、ここの野菜を取ることって・・・」
「あっそれは大丈夫、ここに生えている草は別に私が守るべきものではないわ、むしろ誰もここにきて食べようとしないから、増えすぎて困っていたくらいなのよ」
と予想外の事実が発覚した。
なんでも、世界が彼女を使ってまで守ろうとしているのは、あくまでもここの魔力の偏りであってこの領域ではないそうだ。
そのためわずかながらも魔力を吸収して成長する植物は、むしろ邪魔なんだそうだ。
「・・・・・じゃあ、野菜を採っても大丈夫?」
少し引き気味に主が尋ねる。
今まで大丈夫だったとしても知ってしまった以上、今後の採取についてお伺いを立てるのが筋と判断したようだ。
「もちろん! ただし今度からは私とおしゃべりすること!」
赤の精霊の表情が、ぱあ!っと音を立てるかのように明るくなった。
どうやら、主に話しかけた理由は本当におしゃべりしたかっただけのようだ。
ただ彼女の機嫌がよくなったのは良いが、主と俺には未だ世界が与えてくる威圧が解けていない。
彼女の笑顔は、そうと認識してもなおヒグマの威嚇に見えてしまう。
「・・・は、は・・」
その迫力に圧倒された主は、乾いた笑いを残すことしかできなかった。
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その後、他愛ない会話をしながら主が野菜の採取を行い、その後ろから赤の精霊が付いて回って主が採取する野菜についてあれこれ聞いてきた。
どうも精霊は食べるということをしないらしい、彼女の場合はこの領域に漂う魔力を吸って生きているようだ。
そのため野菜の味や食感といった情報を、面白そうに聞いてくる。
だが極力顔に出さないようにしているが主の対応は固く、未だに赤の精霊に対する恐怖が抜けていないようだった。
そして赤の精霊もそれに気づいたのようだ。
「そんなに怖がらないで、それにあなたは私のことを怪獣か何かだと思っているみたいだけれど、私からすればあなたも、なかなかに怖い存在なのよ」
「・・・?」
主が信じられないという顔をする、俺もこの圧倒的な存在が俺たちを恐れるとはとても信じられないことだった。
「うふふ、まあ自覚がないなら仕方ないか、でも覚えておいて、自覚がなくてもその”スキル”に恐怖する存在もいるということを・・・」
赤の精霊のおかげで採取の効率が一気に上がっていた。
彼女は最初、俺たちの採取を眺めたり主の好みや食べられるものなどを聞いていたのだが、途中から積極的に主を案内し始めた。
そうなると流石はここの守護者だけあって、食べられる野菜の群生しているポイントや隠れて見えないレアな野菜のありかなどを次々教えてきたのだ。
二つのソリの籠は予想よりも早く満杯になってしまった。
満杯になったソリを外に出すためにオアシスの縁の方へ移動する。
そこで主はふと後ろを振り返った。
「・・・ええっと、その、今日はありがとうございました・・・」
どうやら、別れの挨拶をどうやって言おうか迷っているようだ。
また、赤の精霊もそれを察したのか
「私の方こそ今日は楽しかったわ、誰かとおしゃべりするなんて何年ぶりなのかしら、ほらあなたが小さい時に、あなたをここに連れてきた人覚えている?」
その瞬間、主の表情が一瞬沈痛に歪んだような気がした。
「・・・・死にました」
「あら、そう・・・それは残念ね」
赤の精霊はそう言ったが、その表情からはまるで本当にただおしゃべりできなくて残念だという意思しか読み取れなかった。
こんな姿で言葉を話すといっても、精霊の価値観は人間と大きく異なる・・・・
その事実を主も認識したのだろう。
そのことについては何も返事しなかった、だが。
「また・・・野菜が無くなったらまた来てもいいですか」
ただ、決定的な乖離を目の当たりにしても会話ができる相手を得たことは、彼女の中では大きかったのだろう。
その言葉には少なくない期待が乗っていた。
「もちろん!野菜が無くなった時なんていわず、いつでもおいで、”彼”も歓迎するわ!」
おっと、俺も含めての許可が下りたようだ。
主は他に誰かいるのかと、少し驚きながら周りを見渡すがもちろん誰かがそこにいるわけもなく。
ただ、ニコニコと微笑みかけてくる精霊相手の相手を、いちいちまともにしていては身が持たないと判断したようで、そのことについて主が問いただすことはしなかった。
「おしゃべりしてくれたお礼に一つだけ教えてあげる、本当に困ったときは自分の心に聞きなさい」
そう告げる赤の精霊の表情は真摯なものだった。
「・・・? それってどういう意味?」
「・・・・うふふ、それは秘密、今教えても意味はないもの、それじゃあまたね」
まだ俺のことを知らない主にその忠告は理解できなかったようだが、好意は伝わったのだろう。
軽く手を振って挨拶すると、そのまま足早にオアシスを立ち去る。
気のせいかその足取りは早い。
その意味を察したのだろう、赤の精霊は主を引き留めるようなことはしなかった。
それでも主の貴重な話し相手になってくれたのだ、感謝しなければ。
俺は相手が思考を読んでくることを利用して赤の精霊に対して、お礼と、あと足早に去ることの非礼を詫びた。
そしてそれは通じたのだろう。
「ばいばい、また来てね」
と後ろから返事のように声がかれられた。
でもやはり怖いものは怖いようでオアシスの外に出て赤の精霊の姿が見えなくなると、俺は一気に体の力が抜けていくのを感知したのだった。
地味に本作初の会話