1-14【魔法学校の入学試験 1:~第一印象~】
「うーん・・・」
アクリラの中央にある、学校事務局の中の一室で、一人の老婆が唸るように声を上げながら悩んでいた。
「んぐぐぐ・・・」
そしてそれに釣られるように、天井から若い女性の唸り声が続く。
「・・・あの・・・スリード先生?」
「ん? なんだ校長?」
老婆の方が上を見ながら口を開き、天井にいた女性がそれに答える。
「せめて下に降りてから唸りませんか?」
校長が少し呆れたように天井からぶら下がるアラクネのスリードへ注意する。
唸る分には構わないし、一緒に唸るのも悪くはないが流石に頭の上でそれをされると少々鬱陶しい。
「いや、降りてもいいのだが・・・下だと足を伸ばせなくてな・・・」
そう言ってスリードが丸太のように太い蜘蛛の足を一本動かして”狭いよ”アピールを行う。
スリードはかなり巨大な蜘蛛であるが、その大部分は脚であり、折り畳めば意外とコンパクトに纏まって普通に窓や扉から入ってくることも可能で、もちろん床に座ることも可能である。
だが、やはり足を伸ばしていた方が落ち着くのか、屋内に入ると物が少ない天井に行こうとするところがあるのだ。
蜘蛛の本能もあるだろうし仕方ない面もあるが、そうはいっても鬱陶しいことに変わりはないのでなんとかしてほしいが・・・
「はあぁ・・・まあいいでしょう・・・それよりも」
「ああ・・・まさかこれほど難航するとは・・・」
「見通しが甘かったかもしれませんね・・・」
「そうだな・・・私も無力感に襲われているよ・・・」
「あら、スリード先生らしくもない」
「私だってどうにも出来ないことに嘆くこともあるさ、これでも”乙女”だからな」
「・・・その”新ネタ”、結構息が長いですね」
「これでも生徒のウケは良いからな、”私を殺せば5億セリス!”に続く持ちネタになりそうだ」
「それは結構なことで・・・」
「ははは、実はルイスにも・・・」
「校長先生ええええ!!!!」
突然、部屋の扉がバーン!!と大きな音を立てて開けられ若い教師の女性が血相を変えて部屋の中に飛び込んできた。
「校長先生! 大変で・・って、うわ!!??」
若い女性教師が天井からぶら下がるスリードの姿を見て大声を上げて驚き、それに対してスリードが満足そうな表情になる。
彼女は見た目の割に高齢で、その歳になると人が反応するのを見るのが面白いらしい。
だが、校長も結構な歳だが、流石に自分を見て他人が驚くのを面白がるような境地には至ってないので共感はできないが。
「マリアンヌ先生、大変なこととは何事ですか?」
校長が改めてその若い女性教師に向かって内容を問う、そこまで慌てて大変というからには、きっと、とても大変なのだろう。
「えっと、報告にあったモニカ・シリバさんですが、ついさっき行政区に入って、アラン先生がそれを受理したらしいです・・・」
その瞬間、校長とスリードの表情が固まる。
「え!? もう!?」
「あぁ・・・着いちゃったか・・・」
校長が驚きの声を上げ、スリードがそれに続いて顔に手を当てて悩みこむ。
「ど、ど、ど、どうしましょう・・・スリード先生!?」
「お、お、おちつけ校長、こういうときこそ我等の年の功を見せつけてやるのだ!」
「それで上手く行ってないじゃないですか!?」
「いいか校長! まだ3日ある! ”最終日”に間に合えばなんとかなる! 今こそ我らの人望が試されるときだ!」
スリードがそう言って校長をなだめると、入り口で青い顔をする若い女性教師に向かって顔を向けた。
「マリアンヌ先生、教師を全て集めよ! 緊急教員会議を行う!!!」
「こうなったら、もう寝ずに説得に回るしか・・・」
校長の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「はーい、指を一本ずつ動かしてー、そー、いい感じよー、ゆーっくりでいいからー」
医者と思われる女性の指示でモニカが右手をゆっくり動かしていく。
火傷の治療の確認ということらしい。
医者の先生は白衣に白髪白目と白づくしで、とにかく”白”という印象が強い。
肌が暗い色だけにその白がより際立っていた。
白の魔力は治癒の促進性が非常に高く、医療魔法関係者に多いんだとか。
既に治療は終了しており、皮膚が白くなっている以外には痕跡は確認できない。
魔力的な治療なのだろうが凄い回復力だ。
「うん、動きには問題はないわね、骨まで焼き付いてたから心配したけれど、上手く治ってよかったわ」
「はい、ありがとうございます」
確認が終わって治癒の完了を確認した先生に、モニカが感謝の言葉を述べる。
それにしても骨まで焼き付いていたとは・・・思ったよりも重症だったんだな。
手が使えなくならなくて本当に良かった。
すると、モニカからソワソワしたような感情が漂ってきた。
「・・・ねえ、えっと・・・」
「ん? どうしたの? トイレ?」
「いや、そうじゃなくて・・・外に出てもいいですか?」
すると先生が息を一つ吐きながら、腰に手を当てて改めてこちらへ向き直る。
あ、これだめなやつだ。
「はあぁ・・・一応、理由を聞いても?」
「えっと、ロメオの様子が知りたいのと・・・それと、アクリラの街が見たくて・・・」
そう、ここはアクリラの街の中だというが、意識のないままここに運ばれて、四方全てを紺色のカーテンに囲まれ、捲ってもさらにその向こうにもカーテンの森が広がる部屋の中に押し込められたせいで、実際にその街をまだ見ていないのだ。
「少なくとも明日の朝までは外出は許可できません」
「・・・えぇ・・・」
医者の不許可にモニカが露骨に落胆した表情を作る。
だが、医者の言葉は神の次くらいに重いので従わなければいけない。
とくにあの酷い手足をあっという間に治してしまう医者の言うことは・・・
「ですが街の様子を見たいなら、廊下の窓から見ればいいですよ」
「見える?」
「見えます、それとロメオ・・・というのはあなたのパンテシアですよね? その子は近くの動物病院に運ばれました」
「生きてる・・・?」
「あなたよりは軽症だったそうですよ」
「なーんだ」
だったら大丈夫か、というのは少々気が早いかもしれないが、ここの医療水準で死ぬことはまずないだろう。
◇
俺達の診察後、先生がルシエラの診察を始めたので俺達は廊下に出てきていた。
目的は窓からアクリラの街を眺めるためだ。
ちなみにルシエラも絶対安静で、なんと2日間はベッドから動くなとのお達しだ。
いったい何をすればそうなるのか。
ただし完全に魔力がすっからかんで動くことすら出来ないので、どのみちそれくらいはベッドの上らしいが、本人はかなりぶつくさ文句を言っていた。
俺達が寝かされていたカーテンの森は、やはり病室だったようで紺色のカーテンの向こうにはいくつものベッドがカーテンに囲まれてズラッと並んでいた。
気になるのは、ベッドの数の割に入床者の数が少ないことだ。
カーテンが開けられた空のベッドがいくつも見られる。
まあ、俺達の治療速度からしてそれほど長期間入る人は少ないとも思われるが、それにしても少ないと思うのは気のせいだろうか?
まあ、わからないことを考えていても仕方ないので気にしないでおこう。
病室の扉を抜けると、当たり前だが廊下に出た。
ただ俺のイメージにある真っ白な廊下という病院のイメージとは違い、この世界でよくある木と石の組み合わせの内装に土壁、石の床と、普通に普通の建物の廊下だった。
このままどこかの商会のオフィスビルの一角ですと言っても通じそうだ。
ただ残念ながら、この廊下は建物の外側ではないらしく反対側にも窓はなく、何かの部屋がある。
扉の隙間から中を覗けば謎の巨大な魔道具が目に入ってきた。
なんだろうあれは?
医療器具的なやつなのかな?
「どっちだと思う?」
モニカが首を左右に振りながら聞いてきた。
『別に外に出なけりゃいいだろ? 散歩がてらちょっと建物の中を歩いてみようぜ、それじゃ左!』
「うん、分かった」
モニカが病室の前の廊下を左に向かってあるきだす。
すると俺の中の感覚データから、ちょうどいい方向に向かっていることが告げられた。
『お! 当たりくさいな』
「・・・? 何か分かったの?」
『この病院は街の北にあるって話だっただろ? 南側に出れば街の中心が見られると思うんだ、今は南に向かって歩いてるからちょうどいい』
「ふーん」
ちなみになんで南と分かるかだが、人体もわずかだが方向による影響を受けている。
それは地磁気だったり自転の影響だったりと様々ではあるが、基本的に人に観測できるものではない。
だが体の感覚をすべてオートで数値化し、そのデータを何度も様々な要因に照らし合わせながら、要因別に割り当てて学習していくと、ごく僅かだが方角による規則性みたいな物が見えてくるのだ。
そして、この病院で目覚めてから今までの体調に合わせた必要なデータがようやく揃ったので、方向がなんとなく掴めるようになったのだ。
俺達はそのまま廊下の端までやってくると、そのまま左に曲がれるようになっており、さらにその先に窓から入ってきた夕日に照らされた廊下が目に入ってきた。
「あったね」
『ああ、しかも、ちょうどいい時間だ』
景色を見るのに夕日は一番美しい。
細部を見るのには向かないが、これからは住むことになるであろう街の第一印象を最高にするにはちょうどよかった。
モニカが心を踊らせながら窓の方へと歩いていく。
早く街の様子を見たいという気持ちが伝わってくるようだった。
半日前は命懸けで戦っていたとは信じられない。
そしてあえて窓の正面に着くまで意識して窓から目をそらし、そのポイントに到着すると、モニカが一回だけ深呼吸して窓の方へと向き直った。
「うお!? ・・おおぉ・・・ぅぅうう!?」
モニカの第一印象を体現したその声はとても奇妙なものになっていた。
モニカの感情を解説しよう。
まず、思ったよりも大きくて美しい街の景色に驚きの声を上げ、次いで思ったよりも普通の街並みに落胆し、その直後、よくよく見ると、とんでもない物がそこら中に見えることに驚いた感じか。
この病院は少し高いところにあるのか、それとも意外と高層階なのかは不明だが、街の様子が綺麗に遠くまで見えた。
街のサイズとしてはピスキアの倍くらいか。
俺達が見てきた中では文句なしに最大だが、人口に関しては互角か負けているだろう。
高層化していたピスキアと異なり、それほど高い建物は多くなく、古い感じの建物が多い。
街としての特徴として市壁が無いことが挙げられる。
これまで見てきた全ての街には、高さが3mから5mの壁が必ずあり、街はその中に収まっていたが、アクリラはかなり遠くまで街が続き、緩やかに農地や草地などに変わっていっている。
街の中央には3本の川が並行して流れ、交わることなく東西に続いていっており、先を見ればそれぞれが次第に間を広げ、最終的にはアクリラの周囲6方向へと続いていた。
そして何よりも、まず目につくのが夕日に照らされて色とりどりに輝く家々の屋根だ。
それぞれの家が青や黄色、赤や白などに鮮やかに塗られ、それが太陽の光を反射して一面の宝石箱の様に輝いている。
なるほど”アクリラ”とはこの事かと、一発で理解できる絶景だった。
だが特徴的なのはそれだけで、すぐに”案外普通”という印象になってしまう。
特にピスキア等の高層ビル群を見たあとだとその印象は強い。
これではヴェレスとそれほど違いはないではないか、と。
少なくとも”魔法の総本山”と期待していた分には届かなかったというのが率直な感想だ。
というのは夕日の眩しい光に隠されてよく見えなかったせいで感じた印象だ。
よく目を凝らしてみれば、脳が”そんな訳がない”と無意識に見逃していた景色が見えてくる。
それは東の山の斜面にポツポツと家が”横”に生えていたり、
重力に喧嘩売ってるデザインの歪な形のお城があったり、
下から上に流れる滝があったり、
ピンクや水色に染まる森があったり、
明らかに山より大きな木があったり、
時々、空を普通に人が飛んでいたり、
と、いったことだ。
しかもこれはほんの一例で、探せばたぶんまだまだごろごろ出てきそうだが、何よりも気になるのが・・・
「浮いてるよね!? あれ!」
モニカが興奮したように窓ガラスにピタリと顔を付け、アクリラの上空を目を見開いて見つめた。
『浮いてるな』
どう見ても浮いている。
何がって?
「山?」
『岩じゃないか?』
俺達がお互いに思ったことを口にする。
とりあえず分かってるのはアクリラの上空に3つの巨大な空飛ぶ山というか岩というか、なんか土っぽいものが浮かび、そのうちの1つには小さな聖堂のような建物が乗っている事だ。
「それと、滝!」
『ああ、逆さだな』
モニカの興味はすぐに他の”異形”へと移る。
『上の方は霧になってるな、どうなってんだあれ?』
「それと、でっかい木!」
『うん、でっけえな、幹の中に小さい街があるし・・・』
「というか空飛んでる人って・・・」
『ああ、半分くらい人の形してないな・・・』
「モニカ・シリバさん?」
「はい!?」
突然、モニカが名前を呼ばれたことに驚いて振り返る。
どうやら相当街の景色に見入ってしまっていたようだ。
慌てて声のした方向を振り向いて、そこでモニカが固まる。
「ああ、よかった、廊下にいるって話だったので、もう少し探すことになるかと思いましたよ、ははは~」
「・・・・・・」
声をかけてきた”そいつ”はそう言って笑っているが、一方のモニカはあまりの衝撃に無言で相手をガン見していた。
「その様子だと怪我は問題なさそうですね、校長達も安心するでしょう」
「・・・・・・」
尚もすごい表情で固まったままのモニカと、それを無視して話をすすめる”そいつ”。
「それで、着いて早々で申し訳ないですが、明日からの予定の説明を」
「・・・・・・」
おいおいおい、なんかモニカの反応無視で予定の説明とか始まったぞ!?
「まず明日は、検査と筆記の試験を受けてもらいます、どうせ明日は医師からの魔力の使用許可は出ないでしょうから実技はしません」
「・・・・・・」
ああ、なるほど検査と筆記ね。
検査は医療目的も含んでいるんだろうか?
「それから2日目、つまり明後日に実技試験と筆記の残り、3日目に面接試験を実施します、よろしいですね?」
「・・・・・・」
「”よ ろ し い で す ね ?”」
「っひ!? は、はい!」
”そいつ”の謎に迫力にようやく我に返ったモニカが返事をする。
「よろしい、それでは何か質問は? もしくは要望はありますか?」
「はい!」
”そいつ”の質疑の有無の問いかけに、モニカが勢い良く返事する。
「なんですか?」
「ええっと・・・その・・・」
モニカが口籠る、どうやらどうやって聞こうか迷っているようだ。
ここで俺が冷静なら『やめとけ!』と注意しただろうが、あいにく俺も驚きで固まって反応できずにいた。
「・・・人間ですか?」
うわぁ、直球で言っちゃったよ・・・
だが幸いなことに相手はその質問に対して顔色一つ変えずに微笑んだ。
「どう思います? 人間に見えますか?」
「ええ・・・っと」
見えません。
まっ・・・・・・・・ったく、見えません!
「ふふふ、この街にいれば、少しずつ慣れていきますよ」
”そいつ”はそう言ってモニカの頭を軽く撫でた。
あ、手は見た目と違って意外とあったかいんだ・・・
「ああ・・・ええっと・・・」
「それじゃ、検査はこの病院で行うので、その後のことはその時に伝えます、今日はゆっくり休みなさい」
そして”そいつ”は伝えることは全て伝え終わったのか、そのまま向きを変えてその場を立ち去ってしまった。
あとには固まったままのモニカと俺が残された。
「ねえ、ロン・・・」
『うん』
「慣れると思う?」
『さあ・・慣れるんじゃないの?』
少なくとも”あれ”は、おそらく教員か何かだろうから、強制的に慣れさせられることになるだろう。
「でも蛇だよ・・・?」
モニカが”あれ”の正体を告げる。
そう、今の俺達に予定を伝えに来た”人?”は、どこからどう見ても”服を着た蛇”にしか見えなかったのだ。
身長2m弱の蛇。
正直、めっちゃ怖かった。
ただ、手足が有ったのでトカゲか?
まあ何にしても、ものすごく爬虫類的なのは間違いない。
一応これまでの旅の中で鱗を持った人間も、獣耳をもった人間も、毛むくじゃらの人間も、骨格が違う人間もみてきた。
だが”あれ”は明らかにそれとは次元が違う。
あれはもう”服を着た爬虫類”としか形容しようがないし、男女どころか性別の有無まで全くわからなかった。
ヴェレスでルシエラに”人の形をしているやつしかこっちには来ない”と聞いていたが、まさか本当にいるとは・・・
「大丈夫かな・・・」
モニカが少し不安そうな声を上げる。
『大丈夫だろう』
一応、俺はモニカに対してそう答えたが、内心では今後この街でやっていけるか、少し不安になっていた。
ちなみにアクリラの語源は、アクリル絵の具などのアクリルの語源acroleine(刺激臭)とは、全く関係ありません。




