1-13【お受験戦争 6:~KN341005~】
〈KN341005よりC56へ、現場に到着した、これより突入を試みる〉
ヴェレスの南側の商業区域の一角で3体の騎士ゴーレム達が集合し、今から突入する建物を見上げる。
商業地区だけあって、沢山の小さな商会などが入っているその建物の6階の窓には、大きな穴が空いていた。
ただその内部は、この場所からでは角度的に見えない。
《了解KN341005、先に突入した部隊との連絡が取れない、十分に注意されたし》
〈C56、先行部隊は”目標”の攻撃にあったのか?〉
《詳細は不明、屋内での通信障害での可能性も考えられる、貴官の通信機は高出力タイプなので内部の状況を逐一報告してくれ》
〈了解した、内部の状況は細かく伝える、当機はKN341005、これよりKN277914、KN414100を僚機として3名編成で内部に突入する〉
《了解KN341005、建物の反対側から別のチームも同時に入る、コールサインはチームデジル、貴君らはチームルーカンとする》
騎士ゴーレム達が建物の扉に張り付く。
そして、腰に挿していた剣を抜き放って構えた。
〈合図を頼む〉
《突入はチームデジルと合わせる、3、21・・・》
その瞬間3体の騎士ゴーレム達が一斉に剣を前に突き出して、扉の正面へ立つ。
《0》
〈突入!!〉
先頭に立っていたKN277914が扉を蹴破り、そのまま残る2体が続く。
連絡役のKN341005は状況がわかるように最後だ。
扉を越えると、そこは何の変哲もない商会の事務スペースが広がっていた。
さらに建物の奥から、チームデジルが突入したものと思われる物音が聞こえてくる。
〈チームルーカン突入成功、商会の事務スペースと思われる、”目標”と先に突入したチームの痕跡は見当たらない〉
《了解、チームデジルの方も突入したようだ、向こうは倉庫スペースらしい》
どうやら一階の表は受付などで、実際の商品などは裏側でやり取りする構造のようだ。
〈C56、現在一階の廊下を進んでいる、受付で見取り図を確認した、どうやら階段は一箇所だけ、エレベータは起動していないようだ〉
《ということは、その階段を抑えれば逃げ道は塞げるな・・・(ブチッ!・・・ガガ!!
その時、無線にノイズのような音が混じり、C56とは違う声が流れた。
《・・ガ・・ガ・・・誰か聞いてるか?》
〈おい! これは専用回線だぞ!!〉
KN341005が無線に向かって吠える。
《す、すまない、”装置”の故障で調整が効かない・・・ガガガ・・・》
どうやら近くの仲間の無線の調子が悪いようだ。
大方、先に”目標”と交戦したプローブのどれかだろう。
連中、偵察専門のため全機に無線が付いているが、小型なので出力が低くノイズが酷いのだ。
《こちらC56、無線のリセットは試したか?》
《・・・ガガ・・リセット?》
《マニュアルで回線が変更できない場合はリセット信号を中央に送信して、向こうから自動的に回線を割り当ててもらえるだろ?》
《ガッ・・・ああ・・すまない、リセットのやり方がわからない》
すると、その言葉を聞いたKN341005が怒鳴るように指示を出した。
〈無線UIのコマンドに”リセット”と打ち込むだけだろ!! それが出来ないなら発信機の横の黒いボタンを押せ!!〉
《ガガガ・・・ああ・・・これか、これを押せばいいんだな?・・ガ・・》
《そうだ! それでC1に連絡が行って、お前の回線が自動的に振られる》
《おお、ありがとな”兄弟”!》
〈貴機は速やかにどこかの修理ポイントで診てもらうべきだ、記憶領域、もしくは思考領域にエラーの兆候が見られる〉
《了解した兄弟、これから・・ブチ!!》
謎の混線相手はその言葉を最後に無線を切った。
おそらくリセットボタンを押したのだろう。
この回線が切れたということは、正常に新しい回線が割り振られたに違いない。
《KN341005、どうやら再び2人だけのようだ》
〈C56、どうやらそうらしい、一体どこの部隊だ?〉
《さあ、識別信号も壊れていたみたいだし判別はできない、うまく接続できたか問い合わせようか?》
〈いや、その必要はない、今は戦闘中だ〉
《わかった、そちらのオペレーションに集中する》
KN341005がようやく意識が作戦に戻れると安心したとき、ふと疑問が湧いてきた。
〈・・・C56、少し気になったが、この無線システムに俺達以外の奴らが混じることってありえるか?〉
《この回線に? この無線システムは、俺達だけの独立したシステムだ、他の連中が使っているという報告はないし、使っても発音ですぐ分かる、どうした?》
〈いや、なんでもない・・・発音か、たしかに新しい主の発音は少し独特だな、聞き取りやすいが〉
《KN341005、今は作戦に戻ってくれ、もうすぐチームデジルと合流する》
〈了解、廊下の突き当たりを右に曲がる、その先が階段ホールのはずだ〉
KN341005が角を曲がると、そこには先程地図で見たとおり階段と、小さな魔力エレベータがある空間に出た。
そしてさらにC56言葉通り、反対側からチームデジルと思われる騎士ゴーレムの一団と遭遇する。
どうやらチームデジルは5体編成らしい。
ハンドサインでお互いの役割と行動を伝え合う。
そして数体が上の方を向いた。
この建物の階段は宮殿の大階段のように大きな下側は一本だけ伸び、その途中から左右に小さな階段が逆向きに一本づつある形が連続している。
見取り図からこの階段以外に上に行く方法がないことはわかっていたので、後はこの階段を抑えながら登っていけばいい。
〈C56、チームルーカンは階段に到着した、同時に到着したチームデジルと協力して上を制圧していく〉
《了解、チームデジルと協力して、階段を抑えながら上の階に進んでくれ》
〈了解、チームルーカンとチームデジルはこれより2階に上がる〉
KN341005が右手で周囲に”登れ”のサインを送る。
そして2つのチームのメンバーはそれぞれに頷くと、チームデジルの面々を先頭に階段を登り始めた。
その後、2階の踊り場に到着すると、チームルーカンの3体がそれぞれ階段を抑え、チームデジルの面々が2階のフロアへと進んでいく。
そして暫くすると、チームデジルが何事もなく反対側から戻ってきて、”クリア”のサインを見せた。
〈C56、2階は制圧した、これより3階に向かう〉
◇
それから騎士ゴーレム達は、階段ホールを抑えながら、一階ずつ確実に制圧して登っていくという作業を続けた。
だが5階まで来ても未だに痕跡のようなものは見当たらないのだ。
やはり突入した6階より上に逃げていると見るべきだろう。
そして、一階ずつ制圧している間に、下の階から続々と他の騎士ゴーレム達が追いついてきて、チームに加わっていく。
今ではチームデジルが10体、チームルーカンが8体になっていた。
そして問題の6階に到達したとき、やはりというか予想通りというか、フロアの中に少し違う空気が混ざっていることに気づく。
先程までと違い、6階は大きな戦闘があったのか、土煙が舞い、視界が悪く、壁や天井がところどころ大きく抉れたりしていた。
そしてすぐそばの廊下に、先に突入した部隊と思われる騎士ゴーレムの足の部品が転がっていたのだ。
〈C56、6階についた、やはり異状が見られる〉
《了解、チームデジルを先行させて、確認を行え》
〈相手は力も強く、小柄なので屋内戦はこちらが不利だと予想されるが、我らがサポートに回らなくても平気か?〉
《2隊が同時に進めば、その間に階段から下に逃げられる恐れがある、チームデジルだけで向かえば最悪でも情報は得られ、結果的に相手を追い詰めることに繋がる》
〈了解した、これよりチームデジルを向かわせる〉
KN341005がチームデジルに向かって腕を振って合図を送る。
そしてその合図を受け取った先頭の騎士ゴーレムは軽く頷くと、チームデジルの面々と、6階のフロアへと繰り出していった。
◇
それから5分が経過した。
これまでの階であればとっくに制圧が終了している時間だ。
だが一向に、チームデジルが戻ってくる気配がない。
そして妙なまでに無音だった。
〈C56、チームデジルの様子は?〉
《・・・問題ない、今、各部屋を順次確認しているとのことだ・・・》
〈やけに時間がかかっていないか?〉
《・・・フロアの構造が違うのと、”相手”が近いせいで確認に念を入れているんだろう・・・》
なるほど、たしかに下の階とは少し勝手が違うからな、時間がかかるのはやむなしか。
だが、待てども待てども、チームデジルが戻ってくる様子がない。
〈C56 いくらなんでも遅すぎる、確認の許可を〉
《・・・・・》
〈C56? どうした、応答されたし!〉
《・・・・チームルーカン・・・6階への侵入を許可する、相手は手強い、全員で向かえ・・・》
〈了解! これよりチームルーカンによる6階制圧を開始する!〉
KN341005が前にいた仲間に合図を送り、6階の廊下へと進む司令を出す。
そして自身もその列に加わりながら、剣を構えた。
廊下の様子は階段ホールよりも見通しが悪かった。
〈C56 階段ホール右の廊下を進行中、壁がかなり派手に壊されて見通しが悪い、足下の騎士ゴーレムの破片がずっと続いている〉
《了解、状況は先程、チームデジルからもたらされたものと同じだな》
〈チームデジルとの連絡は?〉
《つい先程までは繋がっていたが、今は応答がないらしい》
その時KN341005は廊下を進み上がら、足下の仲間の破片を睨んだ。
〈C56、破片の量が先行部隊のものにしては量が多い気がするが、本当にチームデジルもこれを見たのか?〉
《・・・・・》
〈C56?〉
《・・・ガ・・ガ・・・》
無線障害か・・・・
こんな時に厄介な。
だが騎士ゴーレムの隊列は、順調に各部屋を確認していった。
そして次第に転がっている破片の数も減っていく。
どうやらこの階も外れなのだろうか?
薄っすらとそんな可能性が意識の中に芽生え始めたその時。
先頭の騎士ゴーレムが、角を曲がったところで大きく驚いたように停止した。
KN341005が何事かと、その角の先を確認する。
〈C56!! 緊急情報!!〉
KN341005が廊下の先を睨みながら無線に向かって吠えた。
〈壁に隣の建物まで続く穴が空いている! 目標は、この建物から脱出した模様!!〉
《・・・チームルーカン・・・確認に向かえ》
〈了解!〉
その様子に慌てた騎士ゴーレム達が目の前の廊下を一気に走り抜け、建物の間に穿たれた大穴を抜ける。
このあたりの建物は土地の節約のために、壁同士をほとんど密着させるような形で建てられているため、特に飛び越えるようなことはなかった。
見た限りでは隣も同じような商会の建物のようだ。
だが内部の床にはこれみよがしに、騎士ゴーレムの破片が落ちていた。
《チームデジルの最後の通信を解析した、発信場所はそこから見て建物の反対側だ、急げ!》
〈了解、直ちにそちらへ向かう!〉
KN341005が他の騎士ゴーレム達に合図を送り、今度は自らが先頭に立って進み始める。
《チームデジルの記録によると、その角を左だ》
〈了解!〉
司令から送られてくる情報に従って、角を曲がる。
どうやら、チームデジルは結構な情報を残していたようだ。
指揮官ゴーレムはまるでその場にいるかのように適切に方向指示を出し、騎士ゴーレム達がそれに従って右へ左へ適切に道を選んで進んでいく。
所詮は機械人形の悲哀か、”目標”が近いという状況と、床にまるで証拠のように仲間の残骸が転がっていたために、処理がパンクしてその情報に疑いを持つことがなかった。
《目の前の部屋の中だ》
〈了解! 突入する!!〉
《・・・幸運を・・・》
先頭を行っていた、KN341005が部屋の扉を突き破り、その内部へと侵入する。
さらに、チームの他のメンバーたちも怒涛の勢いで全員が部屋の中に入った。
だが・・・
〈・・・・?〉
驚いたことに部屋の中はもぬけの殻だったのだ。
そこはまだどこも入居者が決まっておらず、使い古された机が一つだけポツンと置いてある窓際の一室だった。
これまであったような破壊の痕跡や、仲間の残骸も無い、ある意味できれいな部屋だった。
KN341005が窓に近寄り、そこから通りを見下ろす。
そこには現在進行形で、自分たちが入ってきた隣の建物へと向かう騎士ゴーレムの姿が見えた。
KN341005が後を向いて、仲間と顔を見合わせる。
明らかにこの部屋には何もない。
だがC56はここだと指示していた。
〈どういうこと・・(ガッ!!! ・・・・ガガ・・・ブチッ!!
次の瞬間、チームルーカンのいた一室が、凄まじい爆発を起こして吹き飛んだ。
《!!? 何事だ!!? 隣の建物が爆発したぞ!!?》
《突入部隊はどうなってる!!!?》
《一斉に話すな!!回線が混乱する!!》
《現在司令部で、状況の確認中!!》
そして、ゴーレム達の無線が大きく混乱をきたし、情報を求めてそれぞれの指揮官ゴーレムへと連絡を始めた。
そしてそこから少し離れた建物の一室でその状況にほくそ笑む1人の影。
さらに少し待ってから、その手元の無線機に向かって大声を発した。
「〈最新情報!! ”目標”は突入した建物の”西側”の建物へと移動した模様!! 突入部隊が交戦、破壊された!! 付近のゴーレムは”全て”そちらへ向かえ!! 繰り返す”目標”は”西側”の建物だ!! 先程の爆発した部屋に”直ち”に向かえ!!〉」
そして、その”声の主”は無線機から戻ってくる大量の”了解”の言葉に、心の中で満足気に笑ったのだった。




