0-2【出来ること、出来ないこと7:~調和~】
雪原に響き渡る轟音。
そのたびに吹き飛ばされる少女。
だがその少女は、まるで遊園地の遊具か何かに来たかの様に目を輝かせながら起き上がると、また棒を構えて砲撃魔法を発射する。
すっかり止めどきを逸してしまった俺は、仕方なくその砲撃魔法の魔力調整も行う。
当然、その衝撃に抗えるわけもなく、主は「きゃははは」と楽しそうな声を上げながらまた吹き飛ばされていた。
一体何が彼女にとってそんなに面白いのだろうか?
またも嬉しそうに棒を構えている。
しばらくその繰り返しが続いていた。
今は的代わりの金属の板は狙っていない。
そんなことをすれば板が消えてなくなるからだ。
的の代わりに適当な地面に狙いをつけ、そこに次々砲撃を打ち込んでいる。
そのため平らな氷の大地の一箇所にだけ、惨たらしい大穴がボコボコと空いている不思議な景色が出来上がっていた。
そしてちょっと離れた位置からその光景を眺める執事くんは、主に害はないと判断したのか一定以上には近寄ってこないが、その視線はなんとも言えないような、生暖かいものになっている気がする。
そして主もひとしきり吹き飛ばされて満足したのだろう。
今度は久々に真面目な顔をして、棒を構えた。
今回はちゃんと的を狙うようだ。
ただ使う魔力の量は、これまでと比べると遥かに少ない。
俺はすぐにその意図を察知してそれに付き合う。
魔力を絞っただけあって、今回の砲撃で発生した衝撃で吹き飛ばされることはなかった。
だがそれでも以前のものよりは反動も威力も大きく、撃った後しばらく動けなくなってしまった。
主はそれを確認するとさらに魔力を絞り込む。
この子はやはり狩人なのだろう。
いくら威力が大きくてもうまく扱えなければ意味がないし、獲物を跡形もなく消し去ってしまえば食べるところもないのである。
そう考えると、今のこの砲撃魔法は実戦では使えないな。
だから今の効率でちゃんと使える砲撃魔法を見極めようとしているのだ。
そうやって、しばらく色んな魔力量での威力の変化をチェックしていたがどうも納得がいかないようだ。
何が気に入らないんだろうか?
「・・んん・・・・なんかおかしいな・・・」
しまいには妙に効率よくズバズバ決まる砲撃魔法自体に疑問を持ち始めたようで、棒を色んな角度に動かしてチェックを始めた。
俺のおかげだよ!
と心の中でドヤ顔を決めてみるも、当然主には伝わらない。
主の方も結局何もわからないのか、再び棒を構えて砲撃を再開する。
ただ、最初の印象で砲撃魔法と俺は呼び始めたが、今はどちらかといえば銃撃魔法だな。
結構な威力を維持したまま発砲音が小さくなっていて、それにともなって発生する煙の量も少なくなっている。
そのため、煙に視界が遮られずすぐに次弾が放てるようになって、今ではセミオートマチックライフルくらいのペースで撃ち込んでいる。
俺の方も魔力調整に慣れたのか、このペースでも問題なく調整できているな。
むしろ魔力量が少ない分調整しやすいので、この威力ならば毎分100発程度ならなんとかなりそうだ。
既に的代わりの金属の板に小さな穴が無数に空いていた。
さらにしばらく主が狂ったように乱射を続けていたが、何かを思いついたようで今度は棒の中の魔力溜まりの比率を変え始めた。
具体的には、砲弾代わりの大きめの魔力溜まりの濃度を変えようとしたのだ。
今までは魔力量に応じて大きさも変わっていたのが、今回はかなり大きめの魔力溜まりを作るものの、そこに流し込む量は少なめにしたいらしい。
そういった意図が伝わってくるも、主だけでは魔力量につられて小さめになってしまうようだ。
今まではそういった細かな調整は出来ていなかったのだろう、だが今は俺がいる。
主の注文は集中力の分布という形で俺に届けられ、俺もその注文に応じるように魔力溜まりを薄く広げていく。
砲弾の密度がイメージ通りのところで安定するとそれを主が察知し発砲した。
結果は一目瞭然、今までと違い着弾すると ドン! という大きな音が発生して、板が大きくへこんだのだ。
ここで俺は主が何にこだわっていたのか理解した。
今は俺の介入によりかなり効率が良くなっている。
このため威力が飛躍的に増大したのだが、同時に威力の密度が大きく変わってしまっていた。
今のままだと威力を上げれば、標的は木っ端微塵だ。
では魔力量を絞った場合どうなるか?
当然威力も下がる、が同時に魔力弾頭の密度は変わっていないため標的を貫通してしまうのだ。
これでは効率よく標的にダメージが入らないし、何より狩った獲物を穴だらけにしてしまう。
かといってさらに威力を下げれば今度はダメージがほとんど与えられない。
それは主の望むものではないのだ。
ではどうするか?
簡単だ、弾頭を貫通しないように改造してエネルギーを全て放出させてやればいい。
いわゆるストッピングパワーとかと同じ考え方である。
主が注文してきたのは、弾頭の低密度化。
これによって、標的に衝突した時に砲弾代わりの魔力溜まりが潰れて広がり、貫通するだけの威力密度が確保できずにその場で威力を放出するようになるという寸法だ。
その後何度か魔力溜まりの組み合わせを試し、主は納得の行くプリセットを見つけたようである。
弾が的に当たりバシッ、っという音が響くと
「・・・よし」
と満足そうな声を上げた。
見た感じ、デカリスを狩った時に使った砲撃魔法の威力を再現しているようだ。
やはりあのくらいの威力のほうが狩りでは使いやすいのだろう。
今では連射が効くので、多少の威力不足は問題にならないし。
その後、主と俺は様々なプリセットを試してみる事に没頭した。
密度を極限まで上げて貫通力を高めてみたり、逆に極限まで薄くしてスタン性を高めたりと様々な注文が飛んできた。
主がイメージを集中力の変動問形で示し俺がそれに答える。
一方通行ではあったものの、そこには確かな意思のやり取りがあったし、これまで何の会話もできなかった俺もこの奇妙なやり取りを楽しんでいた。
こうして俺達は、この数時間で様々な武器を手に入れることが出来たのだ。
ん?数時間?
「へっくしゅん!!」
主のなんとも間抜けなくしゃみで、俺は自分達がまた調子に乗って没頭していたことに気づいた。
すでに日が傾き始めている。
今の主は動きやすさ重視の格好をしているが、この極寒の世界で比較的すごしやすいといえる時間は正午から数時間程度。
どうやら夢中になっていた主と俺は、いつの間にかそのリミットをオーバーしていたらしい。
またもや調子に乗って、限度を忘れてしまっていた。
どうも俺も主も夢中になると色々と加減を忘れる性格らしい。
その代償ですっかり体が冷えてしまい、主が寒さで震えだしてきた。
するとそれを見計らったかのように頭から何かが被せられる、フワフワでモコモコでとても暖かい。
よく見るとそれは家の中で布団として使用している毛皮の毛布だった。
どうやら寒さで震える主を見かねた執事くんが、いつの間にか持ってきていた布団代わりの毛皮をかぶせてくれたらしい。
なんと用意がいい。
いや、熱中した主が時間を忘れて、寒くなるまで続けると判断していつの間にか取りに帰っていたのだろうな。
一体どういうプログラムを組めば、こんな気配りロボットができるのだろうか?
主が執事くんを見つめて、しばらくバツの悪そうな顔をする。
そしてちょっと恥ずかしげに顔を赤らめ、うつむきながらボソッと、
「···ありがと···クーディー」
と感謝の意を表した。
執事くん・・・いやクーディはその感謝に何も答えない。
答える方法がないのだ。
だがその視線や仕草はまるで”どういたしまして”と語っているようで、彼の思いがけない表情の豊かさに俺はまたも驚愕することになる。
そして”さあ、帰りましょう”とばかりに家の方へ誘導された。
流石に寒いので主は従うように、執事くん改めクーディと共に家に帰っていった。
ただ今回の訓練で得たものは大きい。
今の俺にできることを確認できたこと、俺がいることで主が取れる手段が増えたこと。
なにより、主のトラウマの芽を摘むことができたのが大きい。
かくいう俺も、なんとなく充実した主の姿に胸のつかえが取れた思いだ。
家から訓練に使っているこの場所までの道のりを、主がクーディにつれられて歩いている。
だがその足取りはここに来たときと違い、とても軽いものだった。
ついに執事くんの方までもが、主より先に名前が判明してしまいました。(これも予定道理)