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春明は声を上げたが濃密な闇に対する恐怖や、不可解な事象に対する驚きを浮かべたのではない。清涼の瞳にはくっきりと映る「異形の欠片」も、春明には薄ぼんやりとしか見えないのだ。
まるでフィルターで目を覆ったかのような世界。
憎まれ口に窮し、口を閉ざした相棒を清涼は勝ち誇ったように眺めそやし、閉じたばかりの扇を開いて左右にゆっくりと凪いだ。すれば、涼やかな鈴の音が何処からか聞こえ澱んでいた空気が澄み渡っていくような気さえする。
清涼の扇の先端に纏わり付いていたあの、白い靄のような塊ももはや何処にも無いのだった。
「まぁ、所詮お前には分からぬだろうよ。見鬼の才がないお前が闇狩寮で厄介になっているのは、単にあの剣に選ばれただけ、なのだからな」
「・・・・うるさい」
さくさくと歩き始めた清涼の足に迷いは無い。いつだってこの男の辞書に「迷悶」だとか言う言葉は存在しないのだから。
「私に苛立ちをぶつけたところで無駄だぞ、春明」
「そんなことは分かっている・・・。だが、急がねば」
苦渋の滲む表情でかみ締めるように呟かれた春明の言葉に清涼は片眉を上げたが、さしたる反応も見せず歩き続ける。ただ聞かずに流した代わりに、正真正銘、胸に溜めていた苛立ちを吐露した。