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殊葉の体を押しのけ、出来た道筋をわれ先にと下車した人々が押し合いへし合いながら息つく間もなく駅のホームに降り立ち、階段を上っていく。それはさながら黒い波のようで、しばらくすると波は引き、恐ろしいほどの静寂が訪れる。
「押しつぶされるかと思ったー」
壁から身を起こした殊葉は人々が吸い込まれていった階段に眼を向ける。左遠くからぺぇん、と鉄板が弾かれたような音がして思わず見上げれば、黒くくすんだ地下鉄のホームをちらちらと点滅する電灯管が不気味に照らしていた。接触が悪いのだろう、再び同じ音がして彼女は音から逃げるように白いスニーカーを階段へと向けた。
彼女が降り立った駅の名は四都木といい、殿朝25区の真東、地下鉄で移動可能な場所の最東端に位置する。
殿朝には鉄道と呼ぶべきものが、用途や場所に応じ、五つに区分される。中央区を鳳座というが、それを中心発進地とし縦横斜めに鳳羽東西線、上下線、南北斜軸線、環状線、大都本線が走っている。
そのうち、都鉄と呼ばれるものが東西線と斜軸線である。上下線、環状線、大都本線は線路が地上部分に露出した民間会社が運営する陸上交通網であり、一部主要な駅は四都木のように合同の駅舎を保持する。その他、バスや一部路面電車なども存在するが、交通渋滞の原因や悪化を招く要因とされ、年々縮小傾向にある。逆に観光名所や郊外といった網目の枠外に位置する場所では、それらの公共交通設備が優位に働いている。
さて、殊葉は足早に四都木駅の改札を出、そのまま地下道を南東に進む。薄暗い地下道を少し進むと、「楽しいお買い物は桧垣地下街で」と銘打たれた白い垂れ幕が出迎えてくれる。黴臭いなんともいえない独特の空気と閉塞感に耐えながら、人の流れに沿って洋服屋、こじゃれた喫茶店、本屋などを通り過ぎると円形に開けた場所に出る。休憩用の椅子や机、サービスカウンターなどが置かれている場所で、買い物に疲れた子供連れや、いちゃつく高校生などの姿が見える。
「ふわぁ。眠い」
あくびを一つ零し、殊葉はリュックの肩紐から片手を外し、目を軽くこすった。