異世界に飛ばされた俺は彼女を選んだ
俺は、あるクラスメイトの女の子のことが好きだった。
腰にまで届く艶やかな黒髪も印象的だし見ているもの全てを優しく包み込むような翠玉の瞳も惹かれるところがある。
スラっとした比較的高めな身長に、出るところは出たグラマラスなボディーラインだって綺麗であることを如実に表していた。
けれども、俺が一番彼女のことを好きになった理由はもっと単純だ。
ただ優しく声をかけてもらえた。ただただそれだけである。
別に人の温もりを感じられないような可哀想な生活を送っていたわけでもない。
だけど彼女の独特な雰囲気と語調、仕草などは一瞬で俺のハートを撃ち抜きやがった。
一目惚れだったのだ。
俺の席から斜め前の場所に彼女の机はあるため、授業中だっていつも後ろから彼女のことを眺めていられる。
例え食堂に昼食を摂りにいったとしても俺も食堂で食事を済ませればいいだけ。
掃除場所が違ったって彼女と同じところを掃除しに行けばいい。
帰り道が違ったって同んなじ道を彼女の後ろをついていけば。……まぁ流石にそこまでは無理だが。
いや、無理だったと言えばいいだろうか。
そう。俺は禁忌ともされていた究極であり極限であり普通に軽犯罪でもあるストーカーを決行したのだ!
──だがその道中、気づかれるのを恐れていた俺は三十メートルほど彼女から離れている場所である事故に見舞われた。
自動車に撥ねられたり自転車が突っ込んできて巻き込まれたとか、そういう現実であり得るような話ではない。いや現に現実で起きたことなんだが。
目覚めるとそこは緑一色の密林。蒸し蒸しとした暑さが体を溶かそうとする。
そんなついさっきまでいた日本とはかけ離れたような場所に、俺は異世界転移させられたのだ。
^^^
重たげな瞼を開けると、まず視界に入ったのは蛇だった。
それも俺が普段テレビで見るような生易しい大きさのものではない。
顔だけで普通に俺の顔面と同等かそれ以上の大きさがある。
動こうと思うもうまく動くことが出来ず、やがて視線を体に向けると蛇が絡みついてきているせいであることを知った。
いきなりなんだかよく分からない場所に来たと思ったらいきなり崖っぷち。
「とりあえず……どけッ!」
とりあえず、目の前でシャアアアと啼いている蛇を右手で一発殴った。
結構ダメージが大きかったようで、長すぎる細身が飛ぶ顔につられて解ける。
その間に立ち上がると、尻や背中がだいぶ汚れていることを体の重みで感じた。多分ここは湿地帯っぽいから泥とかだろう、足元もグチャグチャとしている。
やがて頭を上げ俺の身長を超えるほどの位置にまで顔を持ち上げた蛇は、またシャアアアと啼くとこっちに向かってきた。
正直いきなりすぎることでまだ頭の整理がついていないし、第一自分より大きな相手に勝てる気がしない。
俺はとりあえずその突進を避けるとすぐさま横を抜けて逃げ出した。
当然だ、勝てない相手に立ち向かえるほど今は余裕があるわけではない。
しばらく走っていると、いつの間にか地盤が固くなり日が差し込んできていることに気づく。
駆けながら後ろを振り向くも蛇が追いかけてきている様子はなく、歩調を緩めてしばしの間歩いた。
そうして呼吸を整えながら、俺はやがて立ち止まるとその場に寝そべる。無論、疲れたからである。
「……いきなりなんなんだよ一体。ってか、蛇が絡まってたってことはこっちに来てから少しは経ってるってことだよな」
思い出すのは彼女の後ろ姿を目で追っていた記憶。
そうして彼女が曲がり角を曲がったから続いて歩き出そうとした。
その時だった。突然地面が歪んだのは。
その歪みに吸い込まれた俺は、謎の光に包まれると気を失った。
それから目覚めるまで、少しの時間がなければあの状況はおかしい。別に蛇と一緒に飛んだ記憶は無いし、蛇が俺を見つけ体に絡んでくるまでの時間は必要だろう。
「まぁ、だからなんなんだって話なんだが」
分かることからでも状況整理を行って冷静になろうとしている自分の本心を見透かし、思わず苦笑した。
こうして彼女への恋心さえも、俺は誰にも偽ってきたのだ。あまりにも今更である。
そしてまぁ状況から察するに異世界へ飛ばされてしまったのだろうと検討付けると、そのまま組んだ腕を枕にして眠った。
無論、疲れ切ったからである。
──俺は彼女の後を追った。彼女のことがずっと好きだからだ。
──だがいくら走っても彼女との距離を空く一方で、なかなか彼女に追いつくことが出来ない。
──それぐらいにもう、圧倒的なまでに彼女の元までの距離は空いてしまったのだろう。
──段々と地面が歪んで行き、足場がなくなる頃にはもうすっかり彼女の姿が視界から消えていた。
「…………」
目を覚ますと、まず視界に入ったのはなんともない普通の太陽だった。
少し先ほどまでとは逆側に傾き始めていることから午後であることが分かる。
ポケットに入っていた携帯の時刻は十九時五分と表示されていた。そのことから元の世界とこの世界は時間が違うことを実感する。
そんなことを寝ぼけたままの意識の中で知ると、一つ大きなあくびをしてから立ち上がった。
「さて、あんまり寝れてない上に悪夢まで見ちまった。全く不吉な夢だな」
彼女から置いていかれるような夢を見た俺は、何処と無く今と同んなじような状況であると感じる。気持ちが悪くなった。
好きな子に置いていかれるというのもそうだが、夢がそのまんま今の現状を示しているような気がしたからだ。
元の世界までは圧倒的な距離があるだろう。
直線距離にしても世界を一つ超えなければいけない。その上多分この先に待っているのは長すぎる旅路だろう。異世界転移ものではそういうのが相場だ。
だからと言って俺の彼女への思いが変わることなんてない。
俺はいつまでもあの子のことが好きで、これからもずっと好きだろう。
「まぁ、そんなことは今更だよな」
当たり前すぎてなんで自分でもそんなことを思ったのか不思議だったが、今はそれよりもやることがある。
当然それは元の世界に帰ることだ。
そのためにはとりあえず何処かの街に行った方がいいだろう。人と出会わなければ情報を得られる術がない。
まだ森を完全に抜けたわけではないため危険は多いだろうが、彼女のためと思えばなんてことはない。
そもそも今まで割と冷静でいられたのだって彼女の存在が大きかったりする。
俺は彼女のまだ告白さえ出来ていない。この気持ちを伝えるまではまだ彼女の元から消えるわけにはいかない。
こっちが忘れられたら元も子もないからだ……!
「とりあえず森を出て何処かの街にでも行こう」
これからの行動を確認すると、軽く腕を伸ばしたり足をほぐしたりしてストレッチをする。これはただのゲン担ぎでしかないが。
やがて準備の整った俺は、一つ息を吐いてから走り出した。
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「いやいや、危険があるのは分かってたけど流石にこれは……」
意気込んで走り始めて数分、俺は思わず足を止めてしまう。
別に筋肉さんがこむら返ったわけでも体力が限界を迎えたわけでもない。
ただ、いるからだ。
目の前に、大きすぎる化け物がいるからだ。
さっきだって人間と同じ大きさの顔をもったデカイ蛇で勝てないと判断したのに。
今目の前にいるのは、体長が軽く五メートル近くある四足歩行の猛獣である。
鋼よりも硬そうな頑丈な爪が剥き出しで、なんでも噛み砕きそうな屈強な牙も剥き出しにしてこっちを睨んでいた。正直素直に怖い。
だが多分、この先に立ちはだかるのはこんなヤツよりも馬鹿みたいに規格外なヤツばかりだろう。
こんなヤツ一体に臆してたら、到底元の世界には帰れないだろうな。
何処かで熱が湧いたのか、こんな状況なのについ俺は笑ってしまった。
口元がにやけている。馬鹿なのか俺は、こんな勝ち目のない相手に。
「……でも早く帰って、彼女のストーカー再開しないとな」
熱の正体は彼女への思いの塊だろうか。
彼女に仕掛けていたストーカーの続きがしたいがために、命を投げ出すような真似をしているらしい。
冷静な自分がいる反面、勝ち目のない勝負をけしかけようとしている俺がいる。
これが"愛"ってやつなのかもしれない、と俺は何処かで感じた。
「こいや化け物! いざ尋常に勝負してやらぁッ!」
武器になるものなんて無い。
だが武器以前の闘志はあった。
戦うしかない。
戦ってさっさと街に行って情報を集めて、そして元の世界に帰るんだ。
俺は上着を脱ぎ捨てると、カッターシャツの袖を捲って特に鍛え上げてもいない腕を晒す。
やるしかないんだ。
「こいやァァァアッ!!」
俺の雄叫びを受け取って、目の前の化け物は倍以上の大きさと威圧を兼ね備えた雄叫びを返してくる。
俄然やる気が出てきた気がした。
そして目の前の巨体は体を弾く。地面を蹴ったのだ。
気付いた時には目の前にいて、視界の隅に捉えた銀の鉤爪が迫ってくる。
咄嗟に屈んでそれを交わすと、間髪入れずに俺は相手の足にしがみ付いた。
「傍から見ても圧倒的だわな、勝率……!」
足を揺さぶられながらも体をよじ登ると、激しく動く獣の体に体毛をガッチリ掴んで固定する。
それを繰り返して行き徐々に場所を移動していく。同じ生物なら弱点は同じだ。
今もなお化け物は頭をフルスピードで回して俺を振り落とそうとしてくる。だがそんなことで落とされてたまるものか。気持ちでは負けない自信がある。
頭にしがみつくと、頭の鬣を決死に掴んで頭の衝撃に耐えた。
やがて大きな、怒りを表すような叫びを上げると不意に体へ強い負荷がかかる。
なんなんだと思い下を見ると、地面が俺から……化け物から遠のいていた。
正確に言えばコイツが飛んだのだ。地面から。
だがこれは、逆にチャンスかもしれない。今なら急所を狙える。
鬣だけを支えにして重力に抗いながら歩き、ようやく頭の先にまで辿り着く。
例え相手が馬鹿デカくても、例え相手が屈強な存在でも。相手が生物なら急所馬鹿変わらない。
「目ェ殴れば、静かになるだろオッ!」
鬣を支えにして目元にまで下がると、見開かれた化け物の瞳に俺が写った。相手からも俺が見えていることだろう。
固く握りしめた拳を振りかぶると、俺は間髪入れずにソイツの目にぶち込んだ。
確かに感触がある。
何かが砕ける感触が。
自分の拳が砕ける感触が、確かにそこにはある。
気づくと俺は落ちていた。
獅子のような猛獣からどんどん離れていく。
拳の痛みをもろに感じながらも、やがて自分が殴ったのはアイツの頬であったと推測した。
でもなんで落ちてしまったのか。しっかりと鬣を握っていたはずだ。最後まで握っていた感触だってあった。
というか、今でも感触がある。
はァ?
俺はつい間抜けな声を上げて自分の左手を見た。
そこにはさっきの化け物と同じ色艶をした同じ太さの毛が握られている。
どうやら鬣が、抜けたらしい。
「毛の手入れぐらいしとけやァァァァアッッ!!」
絶叫しながら俺は落ちていく。
さっき覗いて感じだと軽く十メートルぐらいは飛んでいた。
そこから落下している。当然体重分の負荷が掛かっていた。だから身じろぎも出来ない。
不覚だった。もっと正しい選択肢があったかもしれないのに。
そうすれば彼女のことをずっと見ていられたのに、後ろの席からいつまでも。
あさはか過ぎた自分の考えに嘲笑を浮かべ、俺は地面に落ちる。
──だけど、そこまで痛くなかった。
いや少しは痛かったわけだけど、でも十メートルの高さから落ちた程の痛みではないだろう。そんな高さからの味わったことないから詳細は知らんが。
あまりの出来事で思わず目を白黒させていると、頭の上で人の気配を感じた。
「早くそこからどいて!」
座り直すとそこには、綺麗な金髪をした美少女がいる。異世界転移モノでは定番である、美少女がいた。
瞳は俺に声をかけたものの空中に向いている。恐らく化け物を見据えているのだろう。
ここは異世界でこんな化け物がいるということは、もしかして魔法なのか。俺が助かった理由は。
だとしたらこの子には多大なる恩が出来てしまったわけか。
そしてそんな彼女に恩を返すべく俺はこの子についていきその道中で何かに巻き込まれやがて世界規模の事件へと足を踏み入れることに──
「いいから早くどきなさいよ!」
「べらはァ!」
美少女に投げ飛ばされた。
軽く数メートル飛んだ俺は、三回転ほどしてへたり込むと彼女を見据える。
後ろ姿だけではよく分からないが、多分結構いいスタイルしてると思う。一瞬大きめな胸が伺えたからだ。
黒一色のマントのせいで今はボディーラインが上手く見えないが、きっと彼女は逸材である。何のと訊かれるとなんとも言いにくいが。
そんな彼女は、不意に上空へ手をかざした。手のひらの先にはさっきの化け物がいる。
多分何かしかけるのだろう。俺を助けてくれたような魔法で。
──空気は火となり 火はひとつに纏まる やがて炎は槍となれ──<紅炎槍>ッ!
「詠唱魔法キタァァァァァ──ッ!」
「うる……さぃッ!」
俺の歓喜が邪魔だった様子で彼女は叫ぶ。
それと同時、彼女の手のひらに浮かび上がった幾何学の魔法陣から炎の槍が出てきた。
何だか形が歪だが、けれども炎の槍というだけでなんだか頼もしさが生まれる。
頑張って美少女!
「……ありゃ」
が、彼女の生み出した槍は数秒ともたずに消えた。
彼女はあれなようだ、見習い魔法使い的な人のようだ。頼ってしまって申し訳ない。
と謝罪しているのも束の間、飛んでいた獅子が空中から地面に向けて飛び込んでくる。速度が段違いなことから、もしかしたら空気を蹴ってスピードを上げた可能性もあるだろう。
そんなもんだ、異世界は。
「ヤバ……ッ!?」
彼女は失敗を嘆くよりも先にすぐさま次の魔法詠唱へと取り掛かっていた。
迅速な対応に思わず見惚れる。ただ、魔法がちゃんと使えればもっと良かったかも。
そんな風に命の恩人である彼女に注文をしていると、彼女の周りに半透明な薄い膜が生まれる。多分防御魔法かなにかだろう。
獅子の猛獣はさっき俺に放ってきた鉤爪を振りかぶると、彼女向かって振り下ろした。
完全な敵意に思わず背筋が凍る。
別に勝負を挑んだのは彼女ではないのに、そんな彼女が襲われているのが怖かった。
火花のような輝きが飛び散ると、魔法で作ったと思われる膜が弾ける。
それと共に相手の鉤爪も弾かれ、そのまま獅子は数歩後ずさった。
俺のためにも魔法を使っていたし第一初心者魔法使いであろう彼女は、すでに肩で息をしている状態だ。
これ以上は限界かもしれない。
高さ十メートルから魔法の効力で衝撃は和らいだものの、右足に違和感を感じる。
だが命を張ってまで俺を助けようとしてくれた彼女を見過ごすことなんて当然出来ない。
またも魔法の詠唱を始めた彼女の元に歩み寄る。
「あなたは下がっててッ!」
だが彼女は、そう俺を追い返す。
どうすることも出来ない悔しさに、思わず苛立ちが募った。
──と。
「あ、ヤバイ」
突然飛ばされた異世界でまず蛇と相対。
そのあとにしばらく走って少しの睡眠を取った後、また少し走ったところで化け物と遭遇した。
元々体力が並程度しかない俺がやれることは少ししかなく、出来るだけのことを体力の限りし尽くす。
それによって右拳と右足が負傷。
そんなことの連続のせいで、もう意識がもたないようだ。
疲労がピークに達し、もう視界が虚ろとしている。
せめて命の恩人である彼女の勇姿を見守っていたかったんだが、もう限界だった。
そのまま俺は、彼女の戦いを見届けることすら出来ずに意識を失う。
意識を取り戻すと、それと同時に優しい揺りかごに入れられている気分になった。
心地いいリズムで体が揺れる。
さっきまでボロボロだった身体もすっかり痛みは無くなり、実に快適だった。
やがて目を開くとまず最初に思ったのは日が沈み始めているということ。
さっきまではまだ日中だったのに、もう随分と時間が経ったんだと気づく。
と、それと同時に頭を過ったのは俺の命を助けてくれた彼女の後ろ姿。
結局彼女はどうなったんだ。
今すぐに知らなければ。
「──ちょ、いきなり動き出さないでよ! ちょっと!」
彼女の元へと向かおうと身じろぎすると唐突に聞こえた女性の声。
顔のすぐ近くで聞こえたせいで思わず仰け反り返ってしまう。
「マジで危な──!」
彼女の注意を促す声も虚しく、俺はそのまま地面に背中から落ちた。いくら回復しているとはいえまだ痛むものは痛む。
そして痛みで伏せた目を開くと、そこにいたのは紛れもないあの時の女の子だった。
羽織っていたマントも所々汚れていて、まさしく今さっきまで戦っていた人間の服装である。
「い……生きていたのか!?」
心配のあまり口を継いで出たのはそんな単純な言葉だった。
そんなこといちいち訊かずとも目の前にいるのだから当たり前なのだが。
「はぁ? 当たり前でしょ、今目の前にいるのは誰なのよ」
半目を作って訴えてくる彼女は、一つ溜め息を吐くと腰を持ち上げる。
尻に着いた砂埃を落としてから、改めてこっちに視線を向け口を開いた。
「とりあえず状況説明するよ、あなたが混乱しないために」
「あ、あぁ……ありがとう」
懇切丁寧に説明なんてしてくれる優しい彼女に、俺はただ生返事しか返すことが出来ない。
そんな様子を見てか息を吐くと、目の前の金髪美少女は今に至るまでの経緯を語ってくれた。
「まず、結果から言って負けました。さっきのには」
「……なら、どうやって生き延びたの?」
嘲笑を浮かべながら告げられた彼女のその言葉を、俺は息を飲んで聞くと一つ質問をする。
負けたのに今生きているのはおかしい。あんな戦闘で敗北という言葉が出てくるのはどっちかが死した時だけだろう。
「いや、別に言葉通りの意味じゃないよ。ただあいつとの戦いに負けただけ、私の心の中でね」
「……つまりは、逃亡?」
「まぁ、あの状況で勝てるわけないし」
またも自嘲気味に俺の言葉に返答すると、彼女は続けた。
「多分あなた気失ってたから知らないと思うけど、あのあとにまた二体ぐらい増えたんだよ?」
「…………は?」
「は? じゃないけど……」
彼女がサラッと言ってくれやがった言葉に思わず恐怖すら覚えた。彼女が抱いていたであろう感情をもろに感じたのだ。
一体の時点で既に限界なような雰囲気だったのに、あんなのがあと二体も増えたらどうなるか。
そりゃ、当然死ぬだろう。
いや今こうして喋ってるわけだから俺も彼女も助かったんだろうけど。
というかそんな状態で今まで俺を連れてきてくれたのか?
「ねぇ、一ついい?」
「なに?」
俺は彼女に尋ねた。
「君は、大丈夫?」
「…………は?」
「は? じゃなくて、あんなの相手に戦ってくれてたのに君は大丈夫なのかなーと」
立ち上がって彼女を見据えながら言う。
おおよそ俺の足やら拳やらの怪我を治してくれたのも彼女だろう。
二人分治す余裕なんてなさそうだったし。
「別に、私は見てわかる通りピンピンしてるわよ。あ。そういうことか、私がアイツに苦戦してたから心配してくれてると」
「まぁそうだよ。というかそう言ったし」
「っ……まぁ確かに魔力が限界だったりしたけど、私には"ある力"があるから大丈夫なのよ!」
えっへんとでも言いそうな勢いで彼女は告げると、特に聞きたくもないのにその力について語り始めた。
これは多分長くなるパターンだ。
「私は体力値、魔力値のどっちかが10%を切ると自動的に全ステータスが回復するの。凄いでしょ!?」
彼女が、どうだ!と言わんばかりに自慢げな表情で言うものだから、思わず苦笑いを浮かべる。
さっきまでは凛々しい子という印象が、俺を助けてくれた頼もしい後ろ姿を見ていて感じた。
だが今の彼女は、戦いから解き放たれて素の状態に戻ったような無邪気な女の子である。
「まぁなんでそんなことが起きるのか分かってないんだけどね。でも、この力のおかげで今まで何度も助かってきたわ!」
「……通常の力で勝てないならあんまり誇らしげに言えることでもないよね」
「ちょ、気にしてることいちいち言わないでよ!」
気にしてたのか、と思いつつ俺のボヤきにわざわざツッコミを入れてくる彼女に笑いがこみ上げてきた。
さっきまでの面影が一切感じられないからだ。
それほどまでにさっきまでの彼女とは、何処か別人のようだった。今の美少女は。
「とりあえずもう歩けるなら自分で歩いて、あんまり魔力消費したくないし」
「え、まだなんか魔法使ってたの?」
「まぁね、流石にあなたぐらいの男の人はそのままじゃ負ぶれないよ。少し空気を操作して体重を私にかからないようにしてただけ、そこまで魔力は使わないけどね」
「ほう……」
またもわざわざ説明してくれた彼女に相槌を打つ。とりあえず負んぶされていたことには変わりないからだ。
男子高校生としてはちょっぴりありがたイベントだったらしい。まぁ覚えてないけど。
やがて俺の様子を見て彼女は一声かけてから歩き始めた。
そんな彼女を、俺はまるで後をつけるようについていく。
これが、彼女との初めての出会いだった。
これから長くも短いような旅を送る大切な仲間との。
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彼女との同じ旅路を歩み始めて一ヶ月ほどが経った。
彼女が魔法使いとして着実に成長する中、俺もしっかり"剣士"として力をつけている。
元々別の世界から来た俺は体内に彼女のような魔力を宿していない。
そんな俺でもなることの出来た職業が剣士なのである。剣術武術等の近接戦闘が主なものであり、魔法を使う必要がないのだ。
そして一ヶ月一緒に旅をして聞いた話だが、彼女はやはり見習い魔法使いの類に入る子だったらしい。まぁ今は十分成長しているのだが。
そもそも俺の元に助太刀しに来てくれた前にも、どうやら彼女は一つ戦いを終えた後だったみたいだ。
だから魔力がそうそうに尽きそうになってしまったらしいが、そんな中でも俺を助けてくれた彼女は今でも勇敢だと思っている。
当時の俺には、それほどまでに彼女が大きな存在に見えたし今でも頼りになる仲間なのだ。
そして今日は、ある難攻不落のダンジョンを攻略して欲しいという依頼を受けある洞窟に訪れていた。
ある街に突如として現れた、最下層の分からない謎の迷宮。
その実態を明らかにして欲しいとして、わざわざ俺らみたいな安い賃金でも依頼を受けてくれそうな人間に頼んだみたいだ。
確かに強いパーティーに依頼をすればそれなりに報酬が増す。多くなければそいつらは依頼を断るから。
だから、俺と彼女──カリエラのような誰も知らないようなパーティーに依頼を頼むのも分からなくはなかった。
けど本当にダンジョンを攻略する気なら、わざわざ攻略出来そうにない人間なんかに依頼するだろうか。
それだけが気がかりだったが、ダンジョンのせいで困っている人がいるということを聞いてカリエラは燃えていた。
彼女の正義心に火が点いたみたいだ。
基本的に、命の恩人であるカリエラには逆らわないようにここ一ヶ月旅をしてきたのだから勿論今回も彼女の意見についていく。
俺はただ彼女へ恩返しが出来ればいいのだから──
「それで、だいぶ降ってきたけど……今は何階?」
「多分15Fところかな」
「あぁ、B15」
「何か言った?」
「いや、なんも」
地下に向かっているんだからBで言ってしまうのは、まぁ日本人ならしょうがないと自分でも思う。
それにしてもこのダンジョンは、まるで人を寄せ付けないかのようにトラップが多い。
時には矢が飛んできて、時には巨大な岩石が転がってきて。
でもそんな中にもちゃんとモンスターはいて、各階軽く30は超えるほど敵がいる。
基本は俺が彼女の魔法でステータスを一時的に上昇させて戦闘。背後からも彼女が攻撃をしかけたりたまにバックアップをしてくれたり。
だいたいそんな感じの戦闘スタイルだ。
もっと仲間が多ければもっとやり様はあるだろうが、なんせカリエラは男を毛嫌いするし女も俺がいるからと入れようとしない。
気遣ってくれるならそれでいいんだけどね。今のままの方が俺にはありがたいから。
15F → 16F
階段を下ると、そこにはまたしても敵がいた。
四足歩行の、あの時出会ったヤツの小ちゃい版のようなヤツである。
だからと言って油断出来る相手でも無く、とにかくすばしっこく牙は岩でさえ簡単に噛み砕く。
捕らえられたら一発でヤバイ。
「来るよ!」
後方からの彼女の声で正気に戻ると、俺は目の前にまで迫ってきていたブラックドッグを剣で受け止めた。
あまりの衝撃に思わずヤツを弾き飛ばしてから数歩たたらを踏んだ。それほどの突進だった。
──生命に宿りし活力の源 根源より呼び醒まし 今それを解放せよ──
「って別にお前詠唱しなくても魔法使えるんだろ!?」
「ごめんつい! なんでだろ……」
「いいからバックアップしてぇええ!!」
またも突進してきたブラックドッグを剣でいなし、地に着くと同時に鉤爪を俺に立ててきたそいつを剣で両断する。
まだ剣士としては中途半端なため、こんな単純な攻撃ぐらいしか通常じゃ対応しきれない。
やがて全身が軽くなるのを感じると、こっからは俺のターンだあ!と言わん勢いで剣片手に突っ込む。
迫ったヤツの顔に剣を振るった。
だが俺の剣を牙で受け止めやがる。なんてしぶとい。
そのまま噛んでてくれるなら都合がいい、とブラックドッグを地面に叩きつける要領で剣を振り下ろす。
全身黒色の犬は顔が真っ二つになり、そのまま光の砂となって消えていく。
……なんか、何回見ても小型の動物を倒すのは気が滅入る。
「……!? ちょっ……馬鹿じゃないの!!」
ブラックドッグに心の中で追悼の意を示していると、いきなり後ろから叫び声が聞こえた。
カリエラの方を向くと、彼女の視線を辿るようにその先を見る。
そこで見た。
因縁の相手を、そこで俺は見てしまった。
「見た感じ、あの時のヤツよりも大きそうだな」
この階層は確かに入った時から天井が高いとは思っていたが、まさかこういうことだったとは。
あの時のキマイラが体長五メートルほどだったのに対し、こいつは多分八メートル近い。
それに牙も、アイツよりも数段頑丈なものになっているように見える。
「……え、アイツってまさか」
彼女の横にまで後退した俺は、カリエラが横で小さく呟くのを聞いていた。
まさか?
いやまさか、そんなはずはないだろう。
と、ヤツの前足を見た。
一ヶ月前俺の前に現れたカリエラは、俺が気を失った後もしばらく戦闘を繰り広げたらしい。勿論彼女だけが使える"ある力"を使って。
そしてその時、彼女はアイツに一撃だけ深い傷を負わせることが出来たという。
それが、前足への裂傷だった。
風の魔法で深々と斬ってやった、と彼女は結果逃げたのに自慢げにいっていたが。果たしてアイツにその傷はあるのか。
俺は思わず笑ってしまった。
「やっぱお前だったか! なら、あん時のリベンジしてやる!」
久々に心が昂ぶっているのを自分で感じている。
旅に出て初めの数回は戦いに慣れていなかったせいか、その戦闘が毎回ワクワクだった。だけど一ヶ月も経てば倒した敵も1000近い。
そんな俺が久しぶりに胸熱の戦闘が出来そうになった。それはとても、自分にとって楽しいことだ。
戦いへの前向きな姿勢は戦闘にも影響が出る。カリエラがまたも自慢げに言っていたことだ。
俺の闘志に燃えた視界に映るのは、ただただリベンジを望んでいたあの時の大型怪物だけ。
当時よりも数段デカくなり、剥き出しの牙や爪もまた見るからに違いが分かる。
まるで、俺のためにスタンバイしてきたような感じがした。
コイツは因縁だ。
俺の前に立ちはだかった強大な敵だった。
まぁ、こいつのおかげでカリエラと出逢うことが出来たんだから良かったと思えるが。
だがそれはそれだ。
カリエラだってコイツに苦戦した挙句戦う者としては恥でしかない敵前逃亡をした。アイツが敵だったからだ。
「……けど、それも俺が弱かったからだよな」
ようやく一つの目標であったアイツと戦える。
ようやくあの日の恩返しが出来るかもしれない。
そんな二つの気持ちに突き動かされ、俺は地面を駆け出す。まださっきの魔法が効いているのか体は軽い。
これならイケる。
──そんな感じで調子に乗っていたから、彼女の制止の声が俺には届かなかったのだ。
目の前のキマイラは大口を開けた。
口の周りの熱気が形を帯び、やがて口の中心へと集まり始める。
熱が形となって集合し、次第に三メートル大の大きな火の玉が生まれた。
「火ィ出すとか聞いてねーよッ!!」
駆け出した足は止まらない。
段々とヤツとの距離を埋めていく。
たじろいだせいで走るスピードも緩くなり、キマイラの足元にまで逃げ込むという作戦は潰えた。
どうすればいいどうすればいい。
必死に考える。
後ろのカリエラに攻撃が及ばない方法を猛然と考えた。
彼女のため、彼女のことだけを考えて、考えて考えて考えて。
思いつかなかった。
一ヶ月ぶりに本当の死というものを感じる。冷や汗が馬鹿みたいに吹き出して、いつの間にか立ち止まってしまった。
今動けばまだ避けられるかもしれない。
だが、無理だ。
直感で感じている。
それを裏付けるように、体が全く動こうとしない。
もう、終わりだ。
「…………──ぁ?」
けれども、俺は生きていた。
熱気から察するにもう火の玉は発射されていたはず。
なら俺は黒焦げになるか溶けて消えているだろう。
なのに生きている。
体が浮くような感覚だ。死ぬはずだったのに生きているというのは。
そして、次の瞬間知った。
カリエラが俺を庇ったということを。
確かに、今思えばこのようなことは何回もあった。それは俺が彼女と旅をし始めた頃のこと。
まだ道端の石っころ程度の力しかなかった俺を、何回もカリエラは魔法で守ってくれた。それほどに仲間思いな女の子だと知っている。
だからこれも、当然と言えば当然だ。
「……でも、お前には力があるからな」
だから心の何処かで、また彼女に助けてもらえばいいという考えが前はあった。
今はそれなりに力がついてきたから逆に守ってあげたいと思っていたが、やっぱり俺はまだまだなようだ。
しばらくすれば彼女は全ステータスが回復して復活するだろう。
あとはそれを待つだけだ。
待つだけ、なんだ。
けどカリエラは、目を覚まそうとしない。
初めて彼女が力を俺の目の前で使った時なんて、「私復活!」とか言って俺を笑わかしてきた。
それほどに自慢出来る力だろう。
「それなら、早く起きてくれ……」
早く目を覚まして、アイツを一緒に倒そうぜ。
心の中でそう思うと同時、背後にいたキマイラが動く気配を感じた。
だがそんなこと知らない。
俺は今、カリエラが目を覚ますのを待っているんだから。
けどふと思った。
目覚めるなら、別に見守っている必要はないんじゃないかと。
そんなこと分かっていた。
だけど、体が彼女を離さない。
素直に言えば、俺も彼女を離したくなかった。
「俺は、お前のことが好きだったよ」
あの時助けられた時から、あの頼もしい背中に惚れて。
それからしばらく旅をしてその中でよりカリエラのことが好きになった。
いろんな表情やいろんなことを知ったからだ。
だから親しむことが出来たし、こうして今目を覚まさないカリエラを気にする。
──あ
その時、俺は気づいた。
この世界で、元に世界に帰るために支えにしていた大切な人のことを。
この異世界に慣れ親しんで、カリエラのことを気にし始めていたから忘れていたんだ。
クラスメイトの好きな子のことを、俺はすっかり忘れてしまっていた。
思わず涙が出る。
自分が馬鹿でどうしようもなく、あまつさえ好きだった女の子のことを忘れて他の子を好きになってしまっていたんだから。
「俺ってホント、どうしようもないな」
苦笑は出来なかった。
代わりに涙が溢れてくる。
思いの内を吐き出すように。
大好きだったはずの彼女のことを、忘れるように──
あとに思えば当たり前だった。
突然飛ばされた見ず知らずの土地で、颯爽と現れた正義のヒーローに惚れないわけがない。
抱いていた恩義が、やがて恋心に変わっていたんだ。
クラスメイトのあの子とだって、元を正せば修学旅行先で迷っているところを助けてもらったことがきっかけ。
人はきっと、心に穴が空いた時にそこを埋めてくれた人に思わず心揺さぶられるのだ。
そんなことが、彼女が死んでしまった今となってはよく分かったりするのだった。
なんでキマイラの攻撃を受けて瀕死になったのにカリエラの力が発動しなかったのか、という点については何も考えてませんでした。すみません。
そもそも彼女の力自体その場のノリで付与しただけだったのでラストでボロが出ちゃいました。
まぁ……彼女の力の発動条件には感情的なもう一つの条件があるので……(後付け




