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絞首台の街、安楽死の少女  作者: 東雲佑
第二章 安楽死の少女
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■1 どうせここには誰も来やせんのだ

 旧図書館に街の福祉局から小包が届いたのは水曜日のことだった。

 蔵書整理に区切りをつけたカッコーが倉庫から戻ってくると、初老の館長はデスクに腰掛けたまま彼に微笑みかけた。


「君宛に贈り物が届いておるよ。また今年もね」

「……もう三年目ですよ?」


 カッコーは呆れた声を出して応じた。

 館長は苦笑しながら司書室の一画を指さした。

 書類収納棚の隣に、淡いグリーンのリボンを十字がけに結んだ長方形の箱が置かれていた。

 箱は花柄のラッピング用紙で綺麗に包装されており、リボンには白いメッセージカードが挟まれている。


 近寄って手にとってみるまでもなく、カッコーはそれがどういった品であるのかを理解していた。

 今日は弟の三度目の命日だった。


「いったいいつまで続くんですかね、これって」

「そうだな、私の場合には……確か五年目まで届いていたはずだよ」


 館長は指折り数えながらそう答えた。

 カッコーはため息をついた。


 別に迷惑に感じているわけではない。

 しかしそうかといって、こうして弟の命日ごとに送られてくる品々に対して、カッコーはどうしても感謝の念を抱けずにいた。

 小さな箱に込められているはずの善意と厚意を、彼はまったく持て余していた。


「私には君の気持ちがわかるような気がするよ」


 館長が不意にそう口にした。カッコーは幾分驚きを覚えながら老人に目をやった。


「おそらく君は福祉局の意図を掴みかねているのだろう?」


 館長は言った。


「なぜ彼らがいつまでも贈り物を寄越し続けるのか、君にはそれがわからない」

「……そうですね。確かにそれもあると思います」


 少しだけ考えてからカッコーはそう答えた。それだけではないような気もするが、しかし確かにそれもある。

 館長は満足そうに頷くと、さらに先を続けた。


「私もかつてそんな風に思ったことがあるよ。こんなことを続けていったいなんになるのだ、とね。贈り物が届くたびに沈んだ気持ちにさせられもした。もちろん私は娘の命日を忘れたことなど一度もない。しかしね、自分でそれを覚えているのと他人からそれを指摘されるのとでは、そこにはまた違った痛みや悲しみがある」


 カッコーは黙ったまま頷いた。

 館長の娘も絞首台を使って死んだのだということを彼は本人から聞かされていたし、館長もまたカッコーの弟が絞首台の利用者であることを知っていた。

 もっとも、館長の娘は死に際して父親の手を借りようなどとは考えなかったので、その点についてカッコーと彼には大きな差異がある。


 弟の自殺を手伝ったことについて、カッコーは館長に話していない。

 自分から話してみようという気にはならなかったし、知らないなら知らないままでいてくれればそれでいいと考えていた。

 そのほうがいくらか気が楽だと思った。


「慰めが目的だとすればそれはかえって逆効果なんじゃないかと、そんな風に感じたりもした。贈られてきた品々を目にするのが辛くて、誰かにあげてしまおうか、さもなくば捨ててしまおうかと何度も考えたよ。しかしそれは娘の死にまつわるささやかななにかをも同時に投げ出してしまうような気がして、結局出来なかった。そしてそんなことがあったあとには、他人様の善意を無碍に扱おうとしていたことに気付いて、自分のことが嫌になったりもした」

「俺はそれほど深く考えたことはありません。けど、館長の言ってることはなんとなくわかる気がします」


 口を挟んでしまったあとで、カッコーは「……すみません。続けてください」と謝った。

 館長は笑って首を振った。

 それからまた真面目な顔に戻り、さらに先を続けた。


「そのうちに私は福祉局の無神経さを腹立たしく思うようになった。福祉局には多くの恩があったしそれを忘れたことは一度もなかったが、それでも私はそうした、ある意味での『善意の押しつけ』にはすっかりうんざりしていた。彼らは私を慰め力づけることよりも、慰めるという行為そのものを目的にしているのではないかと、そんな風に感じもした」


 カッコーは再び頷いた。やはりなんとなくわかるという気がした。


「それで、館長はなにか結論のようなものに辿りついたんですか?」

「結論というにはあまりに退屈かもしれないがね」


 館長は言って、続けた。


「最終的に私はね、それでもいいじゃないかと考えるようになったのさ。たとえそれが慰めのための慰めであり、『押しつけ』であったとしてもだよ、それが善意であることに間違いはないんだ。私の所感で恐縮だが、それはいわゆる偽善というのとも違う、正真正銘のまっとうなまごころだ。そして、あるいはこれが最も重要なことなのかもしれないが」

「なんですか?」


 カッコーは先を促すように言った。

 館長が答える。


「福祉局はただ代表しているだけだということさ。彼らは街を代表して我々を気遣ってくれとるんだ。そう考えてみると、彼らの贈り物は街のすべての人々からの贈り物であり、彼らの善意は統一された街の意思であるように思えてきた。

 だとしたら、たとえそれを無責任でありがた迷惑なものに感じても、そこに込められた心はしっかりと受け止めなければならない。私はそう考えるようにした。人の想いとは本来そういうものなのだ、とね」


 館長がそこまで語り終えたちょうどそのとき、市庁舎のサイレンが街に正午を伝えた。

 甲高く鳴り響くその音を聞きながら、カッコーは館長の言葉について考えていた。


 サイレンが鳴り終わると、館長は立ち上がって書類収納棚の前まで歩いていった。


「君のような若者からしてみれば、いま私が言ったようなことは、あるいは諦観(ていかん)じみた一般論にしか聞こえないかもしれんな」


 幾分自嘲的にそう言うと、館長はカッコー宛ての小包を手に取った。

 そして無理におどけたような笑顔で彼に微笑みかけ、四つ折りにした紙幣をそれに添えて差し出した。


「明日は休館日だ。半日早いが、今から先取りしたところで文句を言う者もおらんだろう。君は普段から真面目に働いてくれとるし、どうせここには誰も来やせんのだ」

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