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絞首台の街、安楽死の少女  作者: 東雲佑
第二章 安楽死の少女
10/13

■5 私を弟さんだと思って、お願いを聞いてもらえる?

「……あなたは、とても良いお兄さんだったのね」


 それはこの三年間に何度となく投げつけられてきた呪詛だった。

 しかし少女の言葉に、なぜだかカッコーは不快を感じなかった。


 不快感はなく、むしろ胸をほどかれるような暖かさを彼はそこに感じた。


 一連の不可解な心の作用にひどく戸惑いながら、カッコーは少女を眺める。

 窓から最初に彼女を認めたその時点で、彼はその姿に巡礼を想起した。聖域である広場、神聖なる絞首台を訪なう巡礼を。

 その印象は時間の経過とともに、いつしか絞首台そのものの存在と重なった。擬人化された絞首台の精霊のような。


 だが今、カッコーの目に移る少女は第三の印象を纏っていた。

 そして、おそらくはそれが最終的な答えなのだ。


 ――ああ、そうか。

 ――俺は今、弟の亡霊と対峙しているのか。


 それから、カッコーは再び語りはじめる。求められたから語るのではなかった。彼の心がそれを吐き出すことを求めていた。

 さながら懺悔による告解(こっかい)を望む罪人のように、カッコーは弟を絞首台に吊った夜にまつわるすべてを語った。


 弟は最後まで朗らかだったと彼は証言した。まるでどこかに旅行に行くかのような気楽さがあったのだと。

 それから、絞首の儀式の(そうだ、それは確かにある種の儀式だったのだ)、その手順も話した。弟が台を蹴り、俺があいつを吊る。

 弟の最後の言葉、台を蹴るための合図であり遺言であり、あるいは呪いでもあった短い台詞も教えた。

 あいつを吊ったときの感触、縄を通して伝わってきた……魚のようだった。


 すべてを、すべてを語った。弟本人を前にしているかのような心地で。

 少女は黙ってそれを聞いていた。

 聞いてくれていた。


「……君は弟の亡霊だ」


 語り終えたあとで、カッコーは少女に向かって言った。そうして相手の反応を待った。

 少女はしばらく何も言わなかった。


 言いようのない不安がカッコーの心に押し寄せる。


「……素敵」


 しばしの沈黙のあとで、少女が口にしたのはそんな言葉だった。

 陶然とした、とろけるような声だった。

 短い言葉の中に夢見るような憧れが一生分も凝縮されているようだった。


 憧れ?


「あなたはやっぱり、とてもいいお兄さんだったのね」


 もう一度彼女が言った。さっきと同じ台詞。しかしさっきとは(おもむき)の異なる調子で。


 ついさっきのそれは自分の側に寄り添った言葉であったと、カッコーはそう思う。

 しかし今のは、今度のそれは、間違いなく弟の側に立って口にされたものだった。


「あなたみたいなお兄さんがいて、弟さんはすごく幸せな人だったのね」


 少女が言う。そして続ける。


「愛するお兄さんに最後の願いを聞いてもらえて。愛するあなたに、手ずから送ってもらうことができて。あなたの弟さんに、きっと他の絞首台の利用者は嫉妬してるでしょうね。羨ましい、羨ましいって、死後の世界で悔しがってるでしょうね」


 ――君のようなお兄さんに恵まれて、弟さんもさぞかし幸せだったことだろう。


 あの朝の老人の言葉が耳に蘇った。

 あの老人は俺を慰めるためにそう言ったのだ。


 だがこの少女には、そんな意図はない。

 この娘は代弁しているのだ。弟の気持ちを。弟の立場から。


 やっぱり、この子はあいつの亡霊だ。

 ……いや、本当にそれだけか?


「ねぇ」


 少女が呼びかけてきた。

 カッコーは弾かれたように、なんだ、と返事をした。

 声は自分でも驚くほど裏返っていた。自分がひどく緊張していることに彼は気づいた。


 そんなカッコーの様子に小さく笑って、少女は言った。


「私は弟さんの亡霊なんだって、あなたは言ったわよね?」

「……そうだ」


 カッコーは短く答えた。そうだ、君はあいつの亡霊だ。

 それだけだ。


「ねぇ、それじゃあさ。私を弟さんだと思って、私のお願いも聞いてもらえる?」


 少女が言った。言って、カッコーの返事も待たないで先を続けた。


「あのね、私を、あなたの弟さんと同じようにしてほしいの」

「……なんだと?」


 そこで、少女はそっとカッコーの手を取った。

 小さな手だった。両方を重ねてもカッコーの手よりも小さいかもしれなかった。


 そうして二つの手でカッコーの手を包みながら、彼女は身を乗り出して言った。


「私を、この絞首台で殺してほしいの。あなたの手で」

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