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絞首台の街、安楽死の少女  作者: 東雲佑
第一章 絞首台の街
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■1 ご自由にお使いください

 その朝もカッコーは絞首台を見つめていた。

 窓辺に立ち、感情のない冷えた眼差しを広場へと注いでいる。


 テーブルに置かれたトランジスタラジオはささやかな音量で朝の放送を流しているが、彼の関心がDJのモーニングトークへと向かうことはない。

 この部屋にあっては、ラジオは情報や音楽を得るための受信機ではなく、ただ沈黙を払う装置としての役割しか求められていない。

 本来は断罪を司るはずの絞首台が、それとは正反対の役割を担ってあそこにあるのと同じように。


 絞首台の周りには今朝も十人ほどの老人が集まっていた。

 第三火曜日の朝の、おなじみの光景だった。月に一度、あの老人たちは絞首台の保守点検の為にああして広場へとやってくる。

 雇用された労働者ではなく、全員が有志のボランティアとして作業に参加している。


 彼らはまず絞首台全体に傷みや破損がないかを丁寧に点検し、異常やその原因となり得そうな箇所を発見すれば役場に提出する為の書類に細かく書き込む。

 それが終わると、今度は利用者が足場に使う踏み台が十分な強度を保っているかどうかを全員が順番に乗ってみることで確認し、それから吊されたロープを新しい物に交換する。


 老人たちの作業はいかにも和気藹々とした空気の中で行われる。

 彼らが自分たちの活動に大きな自負を抱いていることは傍目にも明らかだ。


 あの老人たちに限ったことではない。たとえば夏の午後には広場の清掃活動に精を出すご婦人たちの姿を、冬の朝には濡れぞうきんを手にした子供たちの立ち上らせる白い息を、カッコーはこうしていつもこの窓辺から眺め続けてきた。


 彼の視線の先で、人々と絞首台のあいだには常に親密な空気が漂っていた。人々の誰もが絞首台に対して無条件の信頼を、あるいは親愛を寄せているのだ。

 もちろん、そうした気持ちの有り様はカッコーもまた理解はしている。

 この街の住人である以上、あの絞首台がいかに重要な存在であるかについては彼もきちんと弁えている。


 むしろその重みについてならば、カッコーは他の誰よりも強い実感を有しているといえた。


 しかしそれでも、カッコーは目の前の光景に違和感を覚えずにはいられなかった。

 絞首台のまわりに腰を下ろし談笑している老人たちの姿が、彼にはひどく歪なものに見える。


 あんたらはそれがどういうものなのか、本当にわかっているのか?


 やがて、老人集団のリーダー格が仲間たちに声をかける。

 作業を終えて休憩していた老人たちは、各々煙草や水筒をしまって立ち上がり、絞首台に最も近い園内灯の前で再集合する。


 園内灯のすぐ横には看板が立っている。

 彼らは看板に貼られていた張り紙を丁寧に剥がしとると、それを剥がした時と同じか、あるいはそれ以上に丁寧な手つきで、用意していた新しい張り紙を看板に貼り付ける。

 これをもって、彼らの活動はこの朝も終わりを迎える。


 張り紙にはたった一言だけ、いつでも同じ文言が記されている。


『ご自由にお使いください』


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