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さてここからは歩きだ。両手に気合いを入れてペットボトルの残りの水を飲みきる。
3本のペットボトルを持って移動するより1本を飲んで2本のペットボトルを持って移動する方が楽だとお爺ちゃんに言われたからだ。もう野宿の教えはスタートしているのだ。
「お婆ちゃんのお墓はお寺にあるのになんで山に登るの?」
お父さんとの事も気になってたけど、これも疑問だ。お盆にお参りするお墓は別にちゃんとあるのだ。
「寺の方の墓は偽もんだ。人が女房を祀ってやろうってのに死体遺棄だの周りがウルサくての。だから一応あの墓石に遺骨を納めて、その日の夜に取り出してあの山の頂上に蒔いてやった。婆さんの一番好きだった景色だからな。儂も死んだら洋が婆さんと同じ場所に何か埋めてやってくれ」
それって相当罰当たりな事なんじゃないだろうか。剣の話といい、確かにお爺ちゃんは普通に一般人として生きていくのは難しかったんだろうな。
「お爺ちゃんは異世界に戻りたくないの? そこで産まれたんでしょ」
「今さら戻っても知り合いもおらんだろうしのう。
そうじゃ儂が死んだら婆さんと一緒にここから洋を見守っておるよ。そんでお前さんが異世界に行く時にはそれに着いて行かせてもらおう。
そうすれば婆さんにも生まれ故郷を見せてやれる。それがいい」
お爺ちゃんは自分の思い付きがよっぽど気に入ったのかウンウン頷きながら山道を軽い足取りで登っていくので着いていくので必死だ。
野宿で山登りするとは思わなかったけど、ちゃんと道があるし所々には階段もあって山登りって言うよりもハイキングみたいな感じだ。これで練習になるのか心配になったけど、そこは僕のお爺ちゃん。
「何時間もかかる訳じゃないから、道沿いの手が届く範囲にある枯れ枝を拾っておくんじゃよ」
野宿の定番の薪に使うらしいけど、携帯で時間を見ると丁度2時だった。登りきるのに1時間もあれば大丈夫らしいから夕暮れにはまだまだ時間はある。特に今は夏だから6時頃まで明るいけど、って言ったら向こうに着いてから薪を用意するのは全然遅いらしい。
「通り雨で枝が濡れるかもしれない。雲が夕日を隠したら、森の中で枯れ枝を見つけるのは至難の技だ。だから目的地に着く1時間ぐらい前から小枝を集め始めて、目的地に着いたら一晩持ちそうな太い枯れ木を見つけるんだ」
じゃぁ太いのも探す? って聞いたら「重い枯れ木を担ぎながら1時間歩きたいか?」と言われぐうの音も出なかった。
この当たりで食べられる植物や毒草と見た目が似ていて手を出してはいけない植物の話を聞いていたら1時間はあっと言う間だ。毎日学校からお爺ちゃんの家まで通って足腰が鍛えられたみたい。
「ここが婆さんの眠っている場所じゃ。綺麗なもんだろ」
山の山頂にはお婆ちゃんが好きだったらしいユリの花が一面に咲いていた。
僕はあんまりにも綺麗で見とれてたらずいぶんと時間が経っていたみたいでお爺ちゃんに言われるまま、そこを外れて火を熾すのにいい所まで移動した。
「科学最高」
沢に近く木もない開けた場所に着くといきなりお爺ちゃんが奇声を発する。物忘れじゃなくてそっち方面にボケたみたい。
「洋は魔法を万能だと思っているかも知れないが、実はそうでもない。数百人を一度に飛ばすなんて無理だし、そもそもが誰でも均一に同じ効果を得られるなんて代物ではないからな。洋、これの上を持って思いっきり押すけてごらん」
それは僕のリュックに入れてあった、変な筒だ。
「こう?…… スゴい、火が着いたよ!」
筒の上に乗るみたいに体重を掛けたら、下の方から火が着いたんだ。
「これは空気を圧縮して高温にし、下に入れた綿が燃える着火装置じゃ。子どもでも使えて雨風の影響を受けにくい。こんな便利な物は異世界ではありゃあせん。
科学は差別をしない。所詮物や法則でしかないからな。しかし魔法は才能だ。持つ者と持たざる者との間には越えられない壁がある。そんな事はどうでもいい事か、大事なのはこうやって火が着いて凍えずにすむ事じゃ」
いつの間に用意していたのかお爺ちゃんは軽く穴を掘り、石を置いた所で太い木に火が移していた。
「次は寝床の準備をしようかの。地面に直接寝る様な事をせねば枯れ葉でも毛布でもあれば寝床なんぞ無くても死にはしないが、こうやって香りの強い木の枝で寝床を作ってやれば魔物の鼻を誤魔化せるし葉が繁っていればかなり見つかりにくくなるな」
といって崖と言うよりキツい斜面に葉がついたままの枝を立て掛ける。
もっとピラミッドみたいな形のを想像していたけど、地面と枝の隙間に潜り込むぐらいのスペースしかない。
「崖崩れの可能性があるから知識がないと危ないが、これだって立派な寝床だ」
焚き火の明かりで周囲が見やすいけど闇に眼が慣れるようにちょっと離れた場所に寝床を作り、僕達は釣りに行った。
一つ言えることは僕はボウズ(釣果0)では無かった。盛んに首をひねるお爺ちゃんから魚の裁き方を教わって、貰ったナイフで内蔵を取り除いていった。ちなみにお爺ちゃんの分も僕が釣ってあげたので、2人同じメニューだった。
夕食は釣れた魚の塩焼きと野菜炒めとドライフルーツ。
自分で釣ったお魚は格別だった。未だに首をひねってるお爺ちゃんを見ながら僕は眠りについた。
寝ずの番の事を思い出したのは朝起きてからだった。